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喘息、胆嚢ポリープ、肝臓血管腫など、病名にとらわれず、自分の感覚を大切にしています

  • ( 55歳 男性 S.S.)
  • 掲載日:2010.06.07

◆公害による喘息で、将来に見切りをつけ退職する

 私は、高校の工業化学科を卒業後、昭和39年、名古屋の石油化学工場へ就職し、薬品分析の仕事に携わりました。その頃の日本は、高度成長期の真っ只中、石油化学は、輸出大国日本の花形産業で、日々目覚ましい進歩を遂げていました。そんな日々の忙しさの中でも、高校時代から続けていたバレーボール、山歩き、スキーなど青春を謳歌したという時代でありました。

 しかし、もともと人付き合いが苦手な私は、会社内の派閥や、出世至上主義の人たちとの付き合いにおいて、辛い思いも数多く経験しました。そして、就職して7年目、当時は、三重県四日市市の「四日市喘息」が、社会問題として取り上げられ、「公害」という言葉を耳にするようになった頃です。私の勤務していた化学工場周辺も、工場からの排煙による大気汚染が「名古屋市南部公害」として、問題視されるようになっていました。そんな中、私自身も喘息に悩まされるようになったのでした。このまま無理して、この仕事を続けて行っても、その先が見えないと、見切りを付け退職しました。

◆10年前のMRTとの出会い

 退職してからは、「お天道様」の下で仕事がしたい、物づくりがしたいと感じ、大工の訓練校に通った後、建設会社に就職し、現在に至っています。

そんな私がMRTと出会ったのは、10年前です。内海先生のご著書「『仙骨』に無痛ショックを与えると病気は消える」を書店で見つけ、他のご著書も全て取り寄せ何度も読み返しました。そして、その中に書かれてある、「人間は病気も含めて完全である」、「何もしないことが最高である」、「日常の生活こそが法則を理解する場である」、「生命は波動である」等の内容に、こんなにもシンプルで奥深い理論と実践を兼ね備えている集団があったのかと驚きました。

 MRTをすぐにでも受けてみたいと思った反面、書籍を拝見して3カ月ほどは、MRTへ行くのをためらっていました。今思うと、当時は、人生の全てが自分の生活意識の結果であり、その責任は自分自身にあるということを認めるのが怖かったからです。

◆他の医療とは、次元が違ったMRT良法

 そして、19992年4月、初めてMRTを受けました。当時は12指腸潰瘍で投薬中であり、疲れやすく、将来にも漠然とした不安を抱いていました。初回治良後の説明で、「元気だった頃の要素(仙骨バイブレーション)を取り戻す」という話を聞いて、現代医学や他の療法との概念の違いに驚いたのを、今でもはっきり覚えています。そして、中真感覚の学びにも参加し、そこで味わった今までにない不思議な感覚は、何だか言葉では表現できませんが、「これだ」と感じるものがありました。とにかく続けていくしかないと思い、MRTテーブルでの「ガタン」の繰り返しでした。そのMRTの単純なリーディング、アジャストの繰り返しの中、身体中に波動の広がりをはっきり感じるときは、とても快い感じでした。

◆MRTを受け6年目に、喘息発作が再発

 通い始めて6年目の夏、喘息の発作が再発しました。大工になってから、発作は治まっていたので、安心していたのですが、父親の死や長男の不登校、MRTに行っている自分のことを理解してくれない妻との関係など気付かないうちに、ストレスを溜め込んでいたのでした。

喘息発作の中、「頭で考え悩む、理屈好き」の自分が見えてきました。そして、このような喘息持ちになったことを職場や薬品、公害のせいにして、自己防衛し、逃避している自分の姿も見えてきました。MRTを受ける前は、病気を通じて自分自身を省みるということなど、思いもよりませんでした。

 「ヴウジ、クヨクヨしたわだかまり」を溜め込んで、自分自身の身体を重くし、自分の道を狭めてしまっていました。そして、自分の周りにこんなにたくさん存在する空気を自らが体の中に取り入れにくくしていることに気付きました。「何とまあ無駄な努力をしていたことか」、これでは疲れる訳です。

 RTの先生から、「身体は、いつでもその時々で、最高の状態を維持しています。その働きの中真が仙骨です」という説明を受け、仙骨の感覚を信じ、意識を中真である仙骨に向けることが大切だと理解しました。そうして、喘息発作の再発から1年間、夜も眠れないような発作はなくなりました。現在でも、たまに軽度の症状が出ることがありますが、自分に目を向けさせるために、症状が出ているととらえることができるようになって、喘息発作に心を煩わされることは、なくなってきました。

◆『センコツくん』に毎日乗るようになり、何かが変わる

 初めての治良から9年目の夏、『センコツくん』を購入し、毎日、家で乗るようになりました。『センコツくん』に乗るということで、1日で最低4分間は、自分のための時間を持てるようになった訳です。そうして、『センコツくん』に乗りながら、地球の中真を意識するようになりました。すると、今まで自分から話すことができなかったRTの先生や受付の方に、自分から話ができるようになりました。それまでは、RTの先生から、聞かれると答えるという感じで、治良を受けるとスッと帰るという繰り返しでした。

 1日のうちで、朝起きたときに一番疲労感を感じることをRTの先生にお聞きすると、「それは、1日、自分が溜め込んだ荷物を背負ったまま寝てしまっている。眠る前に全身の力を抜き、最後に仙骨の力を抜く、それを力が抜けるまで数回繰り返し、全身がリラックスできたのを確認してから睡眠に入ると良い」というアドバイスを頂き、実践しますと、次の日の朝から、疲労感が消えました。自分がいかに頭を使って生活し、寝ているときもその意識を引きずったまま眠りに入っていたということがわかりました。早速次の治良のとき、その結果をRTの先生に報告しますと、「眠るという行為は、単に身体を休めるためのものではなく、寝ている間は、意識の世界で理解をしてきている」というお話をお聞きしました。そして、朝起きてすぐ、まだ意識がボーッとしている間に、意識の世界で見てきたことをメモすると良いと教えて頂き、できる限り実践するように心掛けています。

◆10年間のMRTの実践で思うこと

 そのように、MRTで教えて頂いていることを一つずつ実践して行くことによって、内海先生からお教え頂いている「見える世界と見えない世界」、「赤いトラックと青いトラック」を行き来している自分を理解できるのではと思っています。

 MRTを受け始めてから10年の歴史の中で、人間ドックでの検診の結果、「胆嚢ポリープと肝臓の血管腫の疑いがある」との診断を受けましたが、その診断名にとらわれることなく、自分の体調と自分の感覚を大切にして過ごすように意識しています。

 しかし、実生活では、まだまだ中真の道から逸れ、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと、けっこう道草を食っているような状態であります。

そんな発展途上の私ですが、ウジウジ、クヨクヨ塞ぎ込み、自分を、そして他人をも責めていた過去の自分から解放され、自分を愛しく感じることが、とてもうれしく思います。生命の波動を感じ新鮮な日々を過ごせることを感謝しています。ありがとうございました。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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