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突発性難聴から始まり長年ステロイドを 吸引し続けていた喘息が、 MRT治良と水素摂取で奇跡的に改善

  • (MRT梅田 70歳 女性 D.T.)
  • 掲載日:2017.10.02

◆一五年前に突発性難聴で左耳が全く聞こえなくなる

 私は八年間の個人営業を経て二〇年間商品販売の代理店をしていますが、その忙しさのせいもあってか、これまでに三度の突発性難聴になりました。
 一度目は一五年前、五五歳の頃、娘のお産の手伝いで東京にいるときでした。関西に帰り入院してステロイドの点滴を受けましたが、耳鳴りがひどくて日常会話が不自由になりました。右耳は何とか聞こえるのですが、左耳は手遅れで全く聞こえなくなり、携帯電話の声も聞き取れず、悲しく思いました。
 二度目は二〇〇四年(五八歳)の秋、今度は頼りだった右耳も突発性難聴になりました。前回の失敗を繰り返さないために、早めにステロイドの点滴を受けて一時は良くなったように見えたのですが、その年の冬、今度は三回目、右耳が再び突発性難聴になりました。ステロイドの点滴を一〇日間受けて、何とか右耳は聞き取れるようになりました。

◆喘息によって血中酸素濃度が低下し体重も六㎏減って動けなくなる

 ほっとしたのも束の間、その数ヵ月後、今度は喘息になってしまい喘息の飲み薬とステロイドを吸うことになりました。それから約一〇年間、喘息の薬を使い続けて、とうとう効かなくなってしまいました。
 そして今年(二〇一六年)一月には、今まで通っていた近所の開業医から「違う病気かも知れないが、ここではわからないので、大きな病院で検査してもらってください」と言われました。紹介状を持って大病院へ行って検査したのですが、血液検査の結果はアレルギーの数値が高い以外は全て正常で、結局、病名は「喘息」でした。
 そうして全ての薬を今までのものとは違うものに変えたところ、しばらくの間は何とかしのぐことができ、半年近くは日々の生活ができました。その間、整体へ週一回のペースで通い続け、毎日温泉へ身体を温めに行っていました。ところが、今年(二〇一六年)の冬は特別寒く感じて喘息症状がひどくなり、呼吸ができずただただ苦しい苦しい毎日でした。気管を広げるというステロイドを増やしても効果はなく、すがれるのは近所の温泉だけでバイクで通いました。
 その後、他の療法(温熱療法)にも毎日通い助けて頂きましたが、その先生は私の手足がいつも氷のように冷たくて驚いていました。
 その他、漢方薬を煎じて飲んだり、良いと云われるものは何でも全てやりつくした気がします。しかし、その後、味覚障害になり食欲がなくなって、段々痩せていき四三㎏だった体重が三七㎏まで落ちました。身体が弱ってきた上に血中酸素が少なくて動けなくなり、とうとう体内血中酸素が八二%(正常は九八%)と極端に低くなってしまいました。

◆娘に背中を押されてMRT治良と水素の摂取を始めることに

 そんな中、今年(二〇一六年)の三月二六日、二七日と東京の孫達と箱根に行く予定でしたが、そのときの私は、喘息状態で身体も弱っていて、とても皆と行けるような状態ではありませんでした。しかし主人は、私が孫達の顔を見たら少しは気分転換ができて、きっと元気になれるにちがいないと思い、無理に私を東京に連れて行ってくれました。
 無事に孫達とも会うことができ、最後に皆でレストランで食事をすることになりました。ところが、食事が終わってから、レストランのある地下一階からの階段を上ろうとしたところ、ヒイヒイ、ハアハアと息が上がり呼吸するのも苦しく、その上歩行困難もあったので、ゆっくりゆっくり一段上がっては休み、一段上がっては休み、としながら階段を上らなければならないほどの状態でした。辛くて、涙が出て、それでも必死で皆について歩きました。
 そんな私を見て、娘が驚いて「どうしたの、お母さん!」と言いながら私の腕を掴みました。
 そしてその場で「娘の私の言うことは信じないかもしれないけど、とにかくMRTに行ってらっしゃい!」と娘に言われました。
 実は過去にもMRTに通うように何度か娘に言われており、六〇歳の頃、MRTに行ったことがありましたが治良の後が辛くて(逆行?)通いたくないと思いました。しかし、私がステロイドを使っていても苦しんでいるのを知り、三年前にも「MRTに行ってらっしゃい」と言われ、そのときMRTの体験談集で娘(MRT恵比寿アプリカント)の体験談を目にして驚きました。子供の頃、娘は家ではあまり自分のことを話さない子で、学校でいじめに遭っていても親には話さなかったのですが、ここ(MRT)では心を開いて自分の人生を語り、家族一緒にMRT治良に通っていることを知ったからです。

◆MRT治良を受け水素を摂取すると、鳥もちのような老廃物がドロドロと出続ける

 前回(二〇一三年九月三日)は治良をして頂いた後はしんどくなり、MRTを続けられませんでしたが、「今回は水素を吸わせて頂けるので行って」と娘に言われ、二〇一六年三月二八日からMRT梅田に通い始めました。治良を受ける度に一時間水素を摂取し、それから毎日MRT治良に通い続けました。
 治良を受け水素を吸わせて頂くと、気管に詰まっていた老廃物が、鳥もちのようにドロドロと出続けました。古い汚いものもたくさん出てきました。ティッシュでふき取っても一日中出続けました。これが収まるのには治良を受け始めて一週間くらいは掛かりました。
 今も少しずつ出ていますが初回治良の後から呼吸が普通にできるようになりました。
 MRT治良が五回から一〇回目が過ぎる頃は、それまでの約一〇年間使用していた薬も効かなくなり身体を動かすのも苦痛で、不安が一杯の生活の中で死について考えるようになっていたのが嘘のようで、これからは身の周りを整理整頓してスッキリした生活をしようと思うようになりました。
 二〇回目のMRT治良の頃、RTの先生よりお話し頂いた「相手よりまず自分を大事に」と思いながら、つい相手を優先させて動き過ぎて疲れてしまい再度喘息が出たことがありましたが、これも逆行であると捉えて乗り越えました。

◆今は歩くことが楽しく坂も登れるようになり主人は奇跡だと言っています

 長い間やめられなかったステロイドも初めてMRTを受けた三月二八日から飲む必要がなくなりました。現在も飲んでいません。長い間の念願が叶って薬をやめるという体験をすることができたことで、自分の身体に自信がつきました。歩行困難で今までタクシーばかりでしたが、今は歩くことが楽しく、坂も登れるようになりました。一日中歩くこともできます。
 主人が、「こんなに早く元気になったのはなぜかわからない、奇跡だ」と言っています。二〇一六年の誕生日(一〇月)で七〇歳を迎えました。長年仕事に没頭しとうとう動けなくなってしまい、一度は死ぬのかと思い、死ぬとはこんな感じなのかと思ったこともありました。これも外(仕事)に中真を置いた生活を続けてきた結果であることがわかりました。これからは、自分が無理をすることなく周りに恩返しできる生き方をしたいです。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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