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主人の転勤が三五年の間に一〇回もある中、MRT治良を続けていくことで、こだわりをなくし、本当の元気さを取り戻した

  • (MRT博多 62歳 女性 福岡県 Y.Y.)
  • 掲載日:2017.07.19

◆右膝の痛みと原因不明の全身のだるさを治すため、あらゆる民間療法を試みるも改善の気配なく、失意の底に...

  私は、高校、大学時代、そして社会人となり結婚してからも、ずっと硬式テニスを続けていました。その長年の無理が重なったためか、三〇歳を過ぎたあたりから右膝の痛みがどんどん増して、更には全身が重くてだるく、毎朝、布団から這い上がるようにして起きるような状態になっていました。
 これではいけないと思い、病院に行ってまずは右膝のレントゲンを撮ってもらったところ、「手術して中を見てみないとどこが悪いのかわからない」と言われてしまい、更に、このどうしようもないほどの身体のだるさが気になり、別の病院に行って診てもらいましたが、またしても、原因不明と言われて、大きな総合病院を紹介されました。その病院で、レントゲン、CT、心電図、脳波、血液検査と様々な検査をしましたが、その原因を特定することはできず「病院で出す薬はありません」と言われてしまいました。
 そこで、少しでも元気を取り戻したいと思い、鍼、灸、マッサージ、整体など、ありとあらゆる民間療法を試してみましたが一向に良くなる気配はなく、そんな私の姿を見かねた友人から、MRTを紹介してもらいました。

◆MRTに通い、一年ほどで右膝の痛みと全身のだるさがなくなった

 一九八七年に、当時住んでいた神奈川県横浜市にあったMRT能見台にて初めてMRT治良を受けました。治良は一瞬にしてあっけなく終わってしまい、いったい何が何だかよくわかりませんでしたが、その後に全身が温かくなって、どうしようもないほどの睡魔に襲われ、家に帰ってすぐにそのまま朝までぐっすり眠ってしまいました。
 その体験からMRTはこれまで受け続けてきた治療法とは全く次元の違う治良だと感じ、その後、MRTに定期的に通い続けたことで、一年ほど経った頃には右膝の痛みや、どうしようもない全身のだるさも次第に消えていき、しばらく遠ざかっていて再開した趣味のテニスでも、主婦対象のテニス大会に出場できるまでになりました。

◆子供の頃から溜めていた父への想いが、精神的な逆行として出てきた

 ところが一九九〇年の夏、主人の仕事の関係で横浜から大阪に転勤になり、MRT梅田に通い始めました。そして治良を続ける中で、それに比例するかのように、いつもじっと心を閉ざして我慢ばかりしていた子供の頃のことが、鮮やかに蘇ってきて、急に気持ちが落ち込み始めてしまいました。
 小学生の頃、私はピアノを習っていて、そのレッスンはとても楽しく、どんどん上達していきましたが、もう一つ上のクラスになったとき、ピアノの先生から「このクラスでレッスンを受けるには、ピアノが必要です」と言われ、家に帰ってそのことを厳格な父に話したところ、「おまえはピアニストになるつもりなのか!」とひどく叱られ、ショックを受けました。父に対して何も言い返すことができなかった私は、心を固く閉ざして我慢するしかなく、その後ピアノはやめてしまいました。その頃から、誰に対しても心を閉ざしてしまうようになり、今にして思えば、心に蓋をしてしまって我慢するよりほかに、自分を守る術がなかったのだと思います。

◆父親の死を切っ掛けに心境が大きく変化した

 その後、主人の転勤に伴い、岡山市、広島市、福岡市へと引っ越しを繰り返しましたが、MRT治良を続けていくことだけは怠らず、淡々と治良を受け続けていくことで、あれほど強固だった父に対する心の中の壁がいつの間にか崩れ落ち、気が付けば、何のこだわりもなく父と話せるようになっていました。
 そんな中、MRT博多で治良を受け始めた翌年の二〇一〇年に、父が八七歳で他界しました。父がこの世からいなくなってしまった寂しさはありましたが、その死を引きずることもなく、淡々と葬儀を終えることができました。
 父の死に、不思議とも思えるほどに冷静でいる自分に対して、「娘として冷た過ぎるのではないか?」と疑問を感じてしまったほどでした。そのことについて質問すると、RTの先生を通して師尚より「それで良いのです。こだわる必要はありません」との御言葉を頂きました。
 MRTに長年通い続けてきたことで、いつの間にか人の死に対する恐怖心や想いがなくなり、人は肉体のみの存在ではなく本体は霊魂という神の御仕組みを識り、互いの確執がきれいに消え去った後に、父との別れのときを迎えることができたことが大変うれしくて、父への「ありがとう」という感謝の気持ちでいっぱいになり、胸が熱くなりました。

◆転居が重なっても、MRTに通うことが生活サイクルの一部になる

 その後も主人の転勤が繰り返される中、一時的に治良の間隔が空くことはあっても、定期的にMRT博多に通い続けることが、もはや私の生活の一部となっていました。
 そして、二〇一六年の二月には、再び福岡市に戻れることになり、喜び勇んで福岡市内のマンションの物件を探したところ、なんと二年半前まで住んでいた当時のマンションの同じ部屋がちょうど空室となっていて、その住み慣れた部屋に再び住むことができるようになり、夫婦二人で喜びました。これも偶然ではなく、MRTを続けていこうとする自分の意識がこのような展開となったのを感じました。

◆仙素、酵素、水素の三本柱で、若い頃の体力が戻ってきた

 今回、再び福岡市に住むようになってからは、自宅マンション近くの大好きな公園を毎朝散歩して、定期的にMRT治良を受けています。
 そして、今年(二〇一六年)の五月には『水の妖精』を購入し、毎日、水素を摂取することが日課となりました。特に朝の散歩の後に水素を摂取すると疲れがスーッと取れて、身体が軽くなります。更に、MRTの『不思議の国 酵素F3』を毎日飲むようになったことで、身体がより一層軽くなってきていることを実感しています。
 MRTに通い始めてほとんど良くなっていた右膝も、ここ数年、無理をすると時々痛みが出るようになっていたのですが、MRT治良を受けながら、酵素、水素の摂取を始めてからは、どんどん良くなってきました。歩きなれた公園の外周を、三周(約六キロメートル)一時間掛けて早足で歩いても膝は痛むことなく、若い頃の体力が戻ってきています。
 また、夏場でもどうしようもなかった足先の冷えが消えたり、時々出ていた不整脈や胸の苦しさもなくなったことに、最近気付きました。

◆こだわりをなくし、元気で生き生きとした人生を歩んでいく

 今は、精神的、肉体的に特に気になることもなく、何事に対しても「なるようになる」「なることも決まっている」と素直に思えるようになり、結果に対するこだわりがなくなってきています。
 これからも淡々とMRTに通いながら、仙骨のバイブレーションを常に高め、よく歩き、MRTの酵素と水素を摂ることで、心身共に調え、元気で生き生きとした人生を歩んで行こうと思います。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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