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両肺の肺マック症(非定型抗酸菌症)になり、体調不良でいた私が、MRTに通い元気を取り戻した

  • (MRT浜松 58歳 女性 静岡県 K.K.)
  • 掲載日:2017.03.26

◆肺マック症になっていた

 私は、肺マック症を発症して二五年になります。
 一九九〇年(三二歳のとき)、主人の転勤で当時住んでいた新潟県から茨城県へ引っ越すことになりました。四歳の幼稚園児と二歳になる双子の三人の子育てと家事をやりながらの引っ越しの準備を一人でしなくてはならず、荷作りした箱は一〇〇個以上となり、なんとか入居したときのように掃除も済ませました。
 そして、引っ越し先の借家は入居してみると、壁や床は文字が書けるほどのカビでひどい状態でした。その後ひどい咳と痰が出始めました。しばらくして咳は治まりましたが、依然として痰は続いていました。そんなある日、子供の健診で行った保険センターで結核のポスターを見て、一年も続く痰が不安になり受診したところ、肺マック症と診断されました(肺マック症はカビが原因ではありません)。肺マック症は人には移りませんが、特効薬がないので抗結核剤を三種類と胃腸薬での治療が始まりました。
 最初は下痢や発疹が顕れ、しばらくして発疹はなくなりましたが、下痢、食欲不振、だるさ、口の中の苦みが続きました。当初、感染はノドだけでしたが、三年後には片肺に広がり体重は五㎏も減り、ひどい寝汗もかくようになりました。

◆検査をしたことで感染が両肺に広がってしまった

 一九九八年、義父と同居するため、今度は静岡県に引っ越しをすることになり、転院先に詳しい検査結果を持っていくために内視鏡検査を受けました。
 検査は二人の医師で行われ、主治医が操作しました。感染がある肺の検査が終わると、感染していないほうの肺へそのまま器具を入れようとしたらしく、その際、一人の医師が感染が広がってしまうことを指摘したにもかかわらず、主治医が「そうですね」と言っただけで、そのまま続けられました。会話は聞こえているのに何もできなくて、強い不信感と不安が湧いてきました。その後転院し、間もなく感染は両肺に広がっていきました。
 二〇一〇年に肺の影が大きくなったことがわかり、両肺の手術を受けることになりました。病巣を減らせば薬の効果が上がり、良い経過が期待できるという説明でした。
 この頃の私は、車で出掛けて行先が一瞬わからなくなったり、全身にジンマシンが出たり、ひどいめまいがしたり、人がいない家で叫んだり、本を引き裂いたりしたこともあり、身体も気持ちも一杯一杯の状態でした。

◆手術の失敗からストレスが増していった

 手術は、検査をした病院とは別の、実績が豊富でスタッフがそろっていると言われた病院で受けました。
 難しい手術ではないと聞いていましたが、一回目の手術後、肺からの空気の漏れがなかなか治らず、やっと退院したものの、一週間で再入院となり、その後再手術を受けました。空気の漏れは肺の中の手術の傷が閉じなかったからで、その理由を医師から説明されましたが、「きれいでくっつかない肺ではなかったが、身体の中の留めてあった物が外れたのだろう」という、まるで失敗を曖昧にしたような説明でした。
 更に、「術後はどちらが楽だったか」と聞かれました。二回目だと即答しましたが、手術がうまくいかなかった患者に心ない質問をした医師の言葉に傷つきました。また、後になってから、この病院では肺マック症の手術を受ける患者はとても少ないこともわかり、実験台にされた思いでした。
 退院後は地元の病院へ戻りましたが、主治医は替わっていました。その医師によると、「両肺に感染がある場合は、通常は手術はしない」と言われ、このとき、もう片方の手術は受けないと決めました。
 体調はなかなか回復せず、整体に通ったり、宗教にも入りました。体重は三二㎏まで減り、呼吸は思うように吸い込めず、ストレスになりました。物が持てないし、腹圧がかけられない、声も思うように出せないほどの状態でした。
 こんな状況が一年以上続いていたある日、知人からMRTを紹介して頂き、知人の体験やMRT治良の話を聞いたり、冊子を見せて頂いて行ってみようと思い、二〇一二年の一月からMRT浜松に通うことになりました。

◆MRT治良を受けてからの変化

 通い始めてしばらくは、MRT治良後にとても眠くなり、車の運転中には信号待ちで目を閉じてしまうほどでした。
 一ヵ月経った頃、久しぶりに会った友人から、「とても顔色が良くなった」と言われたことで、短期間で変化があったことがわかり、MRT治良で良くなるかもしれないと思い始めました。
 症状はありましたが、気持ちは徐々に前向きになり、二〇一二年八月には手術前と同じ職場で週二回の仕事を再開できるまでになりました。二年間のブランクがありましたが、何のためにどう動くかに集中できるようになり、以前よりもむしろ段取りが良くなり、間違えるということも少なくなりました。RTの先生から「MRT治良を受けていくと、日常で自然と中真感覚が使えるようになる」と聞いてはいましたが、これが日常で中真感覚を使っていることなのかとわかった気がしました。
 MRT治良に通い始めてから現在に至るまで、いろいろな変化がありました。腰痛、右足付け根の痛み、左足のしびれ、胃痛、逆流性食道炎、胸やけ、腹痛、偏頭痛、動悸、めまい、寝汗と多々起こりましたが、いずれも出ては消えていきました。中でも顔の左右で汗の量が違ったり、MRT治良を受けて一年が経過した六◯回目の頃には、右耳の真珠腫など新たな症状も出てきました。真珠腫は、耳の中でむき出しになってしまった骨に浸出物を付けたままにしておくと骨が溶けてしまうもので、医師からは「よくある病気だが、治らない」と言われましたが、現在は「骨の露出が少なくなり、非常に良い状態になっている」と言われるまでになりました。
 手術後から低血糖のような症状や、下り階段でどちらの足を出すのかわからなくなることがありましたが、それも、徐々に少なくなっていきました。
 一番効果を実感できたのは、双子の出産のあとから続いていた右足付け根の痛みと足全体のだるさが、いつの間にか消えてしまったことです。治良に行く度に、その都度、RTの先生に状態をお話しさせて頂きながら身体も少しずつ自信がついていきました。
 家族とは疑問を持ったまま会話を続けることが少なくなり、的外れな返事や指摘が少なくなりました。ぼんやりと感じていたことも伝えることで、会話が深まりました。
 MRT治良を受け始めた頃は四種類の抗生物質、胃薬、骨粗鬆症の薬を含め七種類もの薬を飲んでいましたが、RTの先生から薬についての説明を聞いて不安ながらも減らしていき、二〇一五年の六月からは全ての薬を飲むことをやめました。薬なしで不安になるときもありましたが、以前にも増して身体は楽になってきていますし、MRT治良と水素のはたらきを信じて薬に頼らずに今日まできました。

◆変化した自分に気付けるようになる

 MRTに通い始める前の私は憎しみに近い感情を持って生活をしており、それが病気を引き寄せてしまった原因の一つだということに、今は気付けるようになりました。
 RTの先生が、「新たな経験をしたときに、変わった自分に気付く」とお話ししてくださったことが印象に残っています。この体験談を書くことで、今までの自分と現在の自分を比べることを自然にしていました。過去にあった様々な出来事を、今の自分だったらどうするかを考えることでも変化した自分に気付くことができました。
 手術はうまくいきませんでしたが、だからこそ、MRTに出会うことができました。治良の度にRTの先生にいろいろな変化を話させて頂くのですが、どんな話をしても、いつもなるほどと気付かせて頂いて、前向きになれるようにお話しして頂いています。MRTに四年九ヵ月通い、穏やかに過ごせるようになれましたことに、心から感謝しています。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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