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頭痛専門病院に通うが治らず...。MRTに通って薬を手放すまでになる

  • (MRT浜松 69歳 静岡県 M.M.)
  • 掲載日:2016.09.22

◆三七歳から病院通いの日々が始まった

 健康だけが取り柄だと思っていた私でしたが、一九八四年の三七歳の春のある日、左乳房に小さなしこり(米粒大)があることに気が付きました。すぐに近くの外科で受診したところ、医師から「あなたの場合は痛みがあるから癌ではありません。心配ないです。リンパ腺の腫れでしょう。もし心配であれば、三~四ヵ月に一度診療にいらっしゃい」と診察の結果を言い渡されました。
 それから三ヵ月ごとに通院して一年以上経ったある日、しこりが小豆粒くらいに大きくなっていることに気付き、すぐに医師に伝えましたが、医師はいつもの通りに、「乳腺炎か、リンパの腫れでしょう、問題ありません」と言いました。私はしこりが大きくなっていたことにどうしても納得がいかないので、総合病院への紹介状を書いてくれるようにお願いしたところ、医師はイヤがって書くことを渋っていましたが、ぐずぐず言いながら渋々書いてくれたことで紹介状を持って総合病院に行きました。
 総合病院の医師の診断結果は「教科書に出てくるような悪性腫瘍です。いつ入院されますか? 入院手続きをしてお帰りください」と言われました。私は考える時間もなく、頭の中がまっ白になり、どうやって家まで帰ったのかも覚えていません。その夜夫に全てを話し、二人で手を取り合って泣きました。翌日からは他の総合病院めぐりをしましたが、何ヵ所回っても答えは同じで、乳房摘出手術しか方法はないとのことで観念しました。

◆生きていることさえ、めんどうくさいと思うようになる日々が続く

 一九八六年(三九歳)に心配していた手術は無事に成功しましたが、今度は「再発」「転移」の予防のため抗癌剤の使用が始まり、その後いろいろな副作用が表れてきました。頭痛、吐き気、耳鳴り、食欲不振、多汗、冷や汗、目まい、無月経、月のうち一〇日も起きていることができません。家の中もはいつくばって移動する日々が何年も続き、人が良いという薬、サプリメント、占い、お守り、お参り、ありとあらゆることをしました。
 そんな中で一九八九年(四二歳)に、再発を心配した医師の考えで、子宮卵巣の全摘手術をしました。このときには生きていることさえ、めんどうくさいと思うようになり、体重も一〇㎏以上減り、元の体重まで戻るのにそれから三年も掛かりました。
 それでも五〇歳を向かえる頃には、少しずつ体調も良くなり、ひどい頭痛以外は、なんとか克服の兆しも見え始め、気持ちも前向きになってゆきました。でも多少復調しただけで、高血圧、コレステロール、不整脈などの薬は手放すことはできず、中でも頭痛は大変でした。季節の変わり目、気圧の変化、雨の降る前など自分ではどうすることもできないくらい重くなります。内科のかかりつけの医師もいろいろと薬を変えて様子を見てくれるのですが、一向に良くなる気配もなくますます重症化していきました。頭の中に腫瘍でもあるのではないかとMRIを三回も受け、頭痛専門病院にも通いましたが全然変化はありません。ずっと苦しんで苦しんでなんとかしたいと思っていましたが、どうすることもできずに毎日薬を飲む生活をしていた今から二年ほど前の六七歳のときに、ふと手にした雑誌にMRT浜松を見つけました。

◆MRT浜松を訪ねて、どんなことをするところなのか話を聞きに行く

 なんとなく目にして、今までいろいろなことをしても駄目だったのだから、今度も期待しても無駄だろうが、だまされたと思って行ってみようと、たいして期待もせずに話だけでも聞いてみようと行ってみました。
 RTの先生から仙骨と自分自身の身体が持っている治そうとする力のこと、自分の心の持ち方、考え方などを話してくださいました。「仙骨がどれだけ大切なものか」MRTを訪ねるまでは仙骨のことは何も知らないでいましたし、自分の身体のことを何も知らなかったのだと改めて思いました。自分の中で少し信じてみようかなと思う気持ちが出てきて、頭痛、肩凝りの改善を目的にMRTに通ってみようという気持ちになりました。

◆仙骨の動きをよくすれば良くなると信じて通い続ける

 二〇一五年四月八日に初めてMRT治良を受けましたが、帰りには腰が重くて張ったようになり、左側の腰・足がだるくなりました。疲れが出てきて肩凝りが強くなりましたが、効果が出ているのだと気持ちは軽くしていました。
 五回目のときは頭痛は全く変化がなく、とても頭が重く治良後には寝込んでしまうほどの頭痛が起こりましたが、腰が痛かったり重いときがあったりと変化していることがあるなかで、仙骨の動きをよくしていけばきっと良くなると信じる気持ちが強くなっていきました。
 一〇回目の頃は、むくみとだるさもあり、今は悪いところが全部出てきているような気がしました。それでも頑張って治良を続けたらきっと良くなると信じて週二~三回の治良を続けました。
 二〇回目の頃は一〇回目から一ヵ月が経過しても症状は軽くなることはなく、ますます頭痛の回数も痛みもひどくなっていましたが、それでも今を我慢して通えばきっと良くなる日がくると信じてMRTに通いました。
 その後も大きく好転する変化はありませんでしたが、三〇回目の七月一五日を過ぎた頃に、初めて楽になっていると感じて薬を飲まない日がありました。そしてその日から後も今日までずっと薬を飲まないでいます。
 八月三一日に『アップル・センコツくん』を購入し、自宅で毎日乗るようになり、九月一六日には三八.五度の熱が出ました。風邪をひいたと思いましたが、RTの先生から「高い熱が出た後に良くなる」とお聞きしていたので逆行であると信じていました。
 九月二一日に三六回目の治良を受けた後に実家のことで自分の時間が取れなくなってしまい、MRT治良を休むようになり、ようやく今年二月一〇日に治良を再開しました。季節は冬でしたが例年のように風邪をひくことはなく身体が変化していることを感じましたが、だるくて寝苦しい日が続きました。
 現在は、今年二月一五日に水素発生器『水の妖精』を購入し、一日三回三〇分ずつ水素を吸入後に『アップル・センコツくん』に乗ることをセットとして使用し続け、週一~二回MRT治良を受けています。

◆一年間、頭痛薬を飲まないでいられた

 頭痛薬は昨年の七月に飲まなくなってから一度も飲むことなく一年が経ち、薬を飲まないでいられることだけでも凄く変化してきていることがわかります。睡眠も短い時間でぐっすりと眠れるようになりました。
 最近は、「あれ!どうしたんだろう、私の身体の中で何が起こっているの?」という感じで、いつの間にか笑顔が増えて、考え方が前向きになり希望を持って生きています。もう少し、もう少しと思ってMRTに通い続けているうちに、いつの間にかあんなにひどくてどうしようもなかった頭痛も薬を手放すことができ、血圧とむくみの薬を飲み忘れる日が増えてきました。
 こんなに元気になれたのも、MRTに通ったことでわかったことですが、仙骨の治良で痛みが楽になってきたのは神経の流れが良くなったからにほかなりません。神経という言葉から、今までは神との繋がりが細く、離れ掛けていた私の命を仙骨さんがなんとか繋ぎとめてくれて、乳癌も頭痛も他の症状があっても仙骨さんのおかげで生きてこられました。
 そして、MRT治良で神との繋がりが太くなってきたことを感じ、身体が回復し今を生かされていることに感謝して、しっかりと前を向き、これからもMRT治良を続けたいと思っています。MRTさんありがとうっていつの日か笑って言えるように、明るい未来のために。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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