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生まれたときから一度も注射を打ったり、薬を飲むことなく、MRT治良を続けられたのは両親の理解によるもの。自分の人生も理解しての歩みを続けます

  • (MRT浜松 21歳 男性 静岡県 R.H.)
  • 掲載日:2015.07.29

◆幼い頃からMRT治良だけをしてきた

 私は、生まれる前から親がMRTに通っており、母のお腹にいる頃からMRT治良を受けていました。
 MRTに登録したのは生後一〇ヵ月の頃ですが、生まれたときから、一度も注射を打ったり、薬を飲んだり、手術をしたことはなく、今日まで病気に左右されることなく過ごしています。
 自分の記憶にはありませんが、私が四歳の頃、溶連菌感染症という症状らしいということで、顔の肌が全部皮剥けするほどにまでなったことがありました。そのときは病院に連れて行かれて医者の診察は受けたものの、MRT治良に通うだけで薬などは使わず、一ヵ月ほど経って自然に治ったそうです。病院の治療を受けないことから、両親は親戚からいろいろと言われて大変だったようですが、MRT治良のみで良いとわかっていましたので、 絶対に医者がする治療法を受けには行かなかったと聞いています。
 また、小学校の頃から友達が風邪をひいただけで病院に行って薬をもらったり、私が体調を崩したときに「病院に行った?」「薬は飲んだ?」と周りから聞かれたりしましたが、そういうことをしなくても治るのは当たり前にしていましたので、皆が病院に行くことや薬を飲んでいることを不思議に思ったこともありました。
 今となっては「人の身体は完全にできており、よけいなことをする必要がないのだ」と改めて感じるとともに、病気という現象に囚われずMRT治良のみを続けてくれた両親に感謝しております。

◆理解を深める機会が訪れる

 私が高校二年生(二〇一〇年)のとき、RTの先生が父を通して私におっしゃられたのが切っ掛けで、『中真感覚の学び』(道術の稽古)に参加させて頂くこととなりました。
 最初は特に力ずくでやろうとしたり、相手の方によってやる感覚が違ったりして全くわからないことがあり、結果が出ないことに囚われていましたが、とにかく「力を抜いて仙骨(せんこつ)を意識する」ということを中真にして稽古を続けていました。最近は、自分の思い込みでやったり、逆に力が入っているのではないかと動けなくなっている自分が出たときは、「自分が出ているのだな、ゼロになり中真を意識すればよいのだな」と日常で使うようにして理解に繋げていくようにしています。

◆学生生活から理解したこと

 私が小学生の頃は、今では意外に思われるほど活発で、長野県から浜松市の小学校に転校しても誰とでも仲良くなり、目立とうとかよけいなことは考えずに過ごしていましたが、中学生の頃は、人と人との関係が自分も周りも一番複雑でした。当時は、「あんな人とは関わりたくない」とか「なんて悪い奴だ」とか、とにかく自分を差し置いて相手が相手がという想いが強く、そういう想いで逆に相手を自分の近くに置き、不自由になっていたことが多かったのですが、今ではそういったことに振り回されず、相手は自分の写し鏡であり、そういった人も自分のためにいるのだという意識に変わりました。
 私が浪人していた頃は、勉強もあまりやる気が起きず、かと言って大学へ行くよりほかはないと思っていたので、この先どうしようかと思うようになっておりました。
 あるとき、そんな私を見て親に情報専門学校はどうかと勧められました。専門学校についてよく知らず、なんとなく印象は良くなかったのですが、いろいろと調べてみたところ、専門的にやれるのは自分に向いていそうだと感じ、専門学校に入ったところ、自分に向いていることがわかり、今まで考えられないくらいに積極的に勉強に取り組むようになりました。それまで、大学以外に道はないと思い込んで力が入っていましたが、そういった考えに縛られず、もっと自由自在に動けるのだと感じました。とは言え、高校生のときに勉強をあまりせず遊んでいたことが浪人という形で顕れ、中途半端なことをしていたからそれが結果として出たのだということも同時に感じています。
 そうして就職活動の年になり、最初はなんとなく説明会に行ったり条件の良さそうな所を探したりしていましたが、決まらずに時間が過ぎていきました。自分で何とかしようとせずに※宇司露の方にお任せすればよいと思ってはいましたが、早く決めてしまいたいという想いもあり、ストレスを感じていました。そしてあるMRT治良の日に就職の話になったとき、RTの先生が「自分のやりたいことは何か...」ということをおっしゃられ、そこでハッとなりました。職種は絞っていても、仕事の中で「何をやりたいのか」を曖昧にしたままとりあえず決めようとしていたのですが、その核、中真をしっかり持つところからであるということに気付かされました。
 それからは、面接で何を訊かれても頭を使わずにスッと答えられ、最終的に自分が納得した場所であるソフト開発会社に決まることとなりました。

◆日常の生活から理解に繋げる

 自分の理解が進むにつれ、父親との関係も変わりました。昔から父親には厳しく育てられ、当時はなぜこんなにも言われなくてはならないのかと思っており、話を聞くのもイヤで避けているところがありましたが、自分の理解が変わるにつれ、父親が中真のことを話しているということが以前よりわかるようになり、自分が認めたくないと想うようなことを言われても、そういうときこそ自分に目を向け理解に繋げるようになりました。
 また、父親とだけでなく、日常で何かが起きても自分自身に目を向けるようになり、今までの自分なら、自分に都合が悪く思えてしまったり、善悪に分けて考えるようなことであっても、今ではその現象を通して中真を理解することが大事であるということがわかるようになり、その現象に囚われることが減り、またそういうときにも自分の想いを祓うようになりました。
 昔は休日に親の車で治良に連れて行ってもらっていましたが、高校生からは自分の足でMRTに行き、アルバイトを始めてからは自分でMRT治良のお金を出せるようになり、自分の意識がより中真に向かうようになりました。また、高校、専門学校、就職先がいずれもMRT浜松に近い場所にあることにも意味があると感じ、これも宇司露の方の働き掛けなのだと感じています。
 これから社会人になり、より自分が鍛えられることになっていくと思いますが、今後も仕事、『中真感覚の学び』(道術の稽古)、そして日常生活を通じて種観霊をし、理解を深めて参ります。

※ 宇司露...四方を顕わに司られる存在のことであり、自分の背後の神霊のこと(守護霊、守護神、指導霊、主護霊、主護神)。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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