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変形性股関節症のひどい痛みが改善し、家族も劇的に変化した

  • (MRT姫路駅前 60歳 女性 岡山県 Y.M.)
  • 掲載日:2015.04.17

◆近所の方の紹介で娘のためにMRTに通い始めた

 私は産まれてから身体が弱く、三〇代から喘息や椎間板ヘルニアなどの持病に加え、身体が重く、特に下半身のだるさは身の置きどころのないほどでした。とうとう五四歳(二〇〇八年)頃には歩行中に左足がまっすぐ前に出せないほどの違和感が出てきました。それから二~三ヵ月経つと、特に左股関節に骨が突き刺さったような痛みに変わり、車の運転を三〇分以上できないほどになりました。病院に行くと「変形性股関節症」と診断されましたが、痛み止めの薬では根本的に良くならないと知っていましたので薬は使わず、リハビリに半年ほど週一回のペースで通いました。しかし一向に良くならず、その後整骨院に一年半くらい二週に一度のペースで通いましたが全く良くなりませんでした。そうこうしているうちに歩くことや座ることがどんどん不自由になって、「この先さらに歳を重ねていったらどうなるのか?」と不安で一杯でした。そうして何軒も病院に通ったことで病院での治療は対症療法だと感じるようになり、ずっと根本的治療を求めていました。
 MRTを受ける切っ掛けは、今も親子三人でMRTに通っておられます近所の方からの紹介で、引きこもっていた私の次女にMRT治良を受けさせたくて、二〇一二年七月に主人と私と次女でMRT姫路駅前に行ってみたのです。
 初めは次女の付き添いのつもりで主人と私がMRT治良を受けようという気持ちはあまりなかったのですが、実際にMRT姫路駅前に着いてみるとオフィスの雰囲気からなんとなく良さそうに思えたので、主人と私も次女と一緒に初回治良を受けました。初めてMRT治良を受けた後は、仙骨(せんこつ)の辺りがゆらゆらとしている感じがして、その日はぐっすり眠れたことを覚えています。
 主人のほうは三〇年ほど前に左股関節を人工関節に置き換えて、左右の足の長さが大分違って釣り合いがとれずに歩いていたのに、初めてのMRT治良後にその場で足がスッスッと前に出てスムーズに歩けるようになり大変驚きました。主人はその一回しかMRT治良を受けていませんが、その体験に夫婦で感動し次女だけではなく、当時同居していた長女もMRT治良に連れて行こうということになりました。また、その後私が『センコツくん』を購入するときや、MRTに通うために車を購入するというときにも、いつも私のしようとすることに反対する主人がすんなり賛成してくれたのです。

◆精神面から大きく変わり、若い頃の健康な身体を取り戻しつつあります

 以前から私は、他人からの頼まれごとを断ることがイヤだという性格で、それどころか「私はできません」と言う人のことも嫌っていましたので、自分がしたくないことでも引き受けてきたせいか、仕事上でも次々と人のイヤがる仕事を押し付けられてきたのです。
 しかし、MRTに出会って、それが間違っていたことがわかりました。RTの先生からは「女性は重い物を持たないほうが良い」とお聞きして、二〇一二年八月には重い物を持つことが多い仕事を辞め、MRT治良に専念するようにしました。そのお陰でMRT治良を受けて順調に変化していったのだと思います。
 二〇一二年一〇月(治良一五回目)頃に、首に何かで殴られたような衝撃が走り、その後痛みが続きましたが、これは、過去に整骨院に行って首をボキボキと治療していたことが思いあたり、逆行して私の細胞がやり直しているのだと理解しました。その後の二~三回のMRT治良で良くなっています。
 また、二〇一三年夏頃から胸骨がひきつけを起こしているような痛みが少しあり、これは、その後の大きな細胞の修復の兆候だったのだと思います。二〇一三年一二月(治良四〇回目)頃からは、口の奥から始まって、顔、胸骨、気管支とひきつけのような痛みが続き、特に朝目が覚めたときには、「私は一体どうなってしまうのだろう?」というほどの大変な状況でした。「細胞の修復工事が始まったのです」というRTの先生のお話を思い出し、エネルギーをほかに使わないように症状のひどかった三週間は仕事を休んだことで順調に身体の治しが捗り、三~四ヵ月でほとんど治りました。振り返りますと、二〇一〇年頃の大きなストレスを抱えていたときに似たような状態だったことがあり、このときの逆行だったのだと気付きました。この逆行のあと、顔の左右の眉や目の高さが大分整いました。その後もときどき逆行があり、段々と整ってきています。
 現在、股関節の状態は忘れた頃に左右交互に少しだけ痛みが出る程度で日常生活には全く支障がなくなりました。また、三〇代の頃から朝起きたときには三〇分くらい背中の痛みに耐えてゴロゴロしていたこともいつの間にかなくなって、若い頃の健康な身体を取り戻しつつあります。「やっと自分の望んでいた本物の治良に出会えた」とMRTに感謝しています。

◆自分の身体だけではなく、家庭の雰囲気や家族全体の人生が劇的に変わった

 私と次女だけではなく、長女、三女、孫もMRT治良を受けるようになり、家庭の雰囲気や家族一人一人の人生の流れまで変わって来ています。
 長女は三五. 六度だった体温が治良三回目頃(初回治良から二週間後くらい)には三六. 五度くらいまで上がりました。また暑い夏の日にはよく熱中症になっていましたが、MRTを受け始めた二〇一二年の夏には熱中症になりにくくなって、それ以降の夏にはほとんどならなくなっていました。二〇一四年一〇月の現在は、結婚して家を出てから妊娠し、MRT治良を受けながら体調を整えて生活を送っています。
 MRTを受ける切っ掛けとなった次女は一七回のMRT治良を受けたあとMRTをお休みしていますが、少しずつ元気が出てきて現在は彼氏もできています。このように生きる希望が出てきたのは一七回とは言えMRT治良を受けたことと、MRTを続けている家族のバイブレーションが作用したのだと思います。
 三女は妊娠中の二〇一二年一二月にMRT治良を受け始めて、つわりと腰痛がすぐに改善し、元気な女の子を授かりました。その孫には生後七ヵ月からときどきMRT治良を受けさせています。
 息子はMRT治良を受けていませんが、外に出て暮らしていたのが家に帰ってきて再び一緒に生活するようになりました。以前の私は息子とまともに話すことができないでいたのが、普通に話せるようになっていることに気付きました。これは私の変化だけではなく、やはり家族の仙骨(せんこつ)バイブレーションが息子にも作用しているのだと思うのです。
 私はと言うと、MRTに出会う前は例えて言えば、太平洋の真ん中で溺れまいと必死にもがいていたような状態でいたのが、現在は、自分が意図してないことでも次々にスムーズに人生が運ばれているという感じに切り替わって来ています。
 このように私の人生だけではなく、家庭の雰囲気や私の人生が「あれよあれよ」という間に大きく変わりました。「家族も大きく変わりました」とRTの先生にお話ししたところ、「それはY・Mさんが大きく変わったからですよ。良いことも悪いことも全てY・Mさんの反映です」と言って頂いたことが印象に残っています。
 これほどまでに変化した私と家族の現在に感謝して、MRT治良を続けていきたいと思っております。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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