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MRT治良によって二〇年来の思い込みが自分自身を不自由にしていたことに気付き、今はとても快適な日々を送っています

  • (MRT梅田 74歳 K.Y.)
  • 掲載日:2015.02.23

◆二〇年間通った整体師の先生に言われたことで歩道を歩くのにも気を遣っていた

 私がMRTに出会ったのは、二〇一二年の七二歳になる前日でした。以前よりMRTに通っている知人から仙骨(せんこつ)の治良に誘われていたので自分の誕生日の記念に行ってみることにしました。
 一九九二年、五二~三歳の頃、五〇肩を痛めて夜も眠れないときに出会った整体師の先生のところに、二〇年近く一週間に一回くらいの回数で、身体のバランスを整えるためにずっと通っていました。保険は効かず、それでも直接手で施術する治療法は良いのだと思い続けていました。
 その先生からは「二〇代のとき足を捻挫した後遺症のために左の足が短い」と、常に言われていて、左右の足の長さを揃えるために左足の靴に中敷きを敷き、いつも短い左足が歩道の高いほうになるように、歩く道の高さまで気にして歩いていました。それでも年月を経るにつれて腰が痛くなりましたが、今考えると整体の先生の言葉は深く私の意識の中に入って行き、私は捻挫の後遺症で左足が短いからと何の疑いもなく信じ込んで治療院に通いながら生活していました。しかし、段々二階へ上がるのが苦痛になり、階段を降りるときは、一段降りると足をそろえてまた一段降りるという、人には言えませんが「もう歳なのかなあ...」と思っていたときのお誘いでした。

◆治良当初はとにかく眠く、段々と身体全体に強い痛みが出てきたがまっすぐ歩けるようになった

 初めてMRTに行き初回説明のときにいろいろとお話しする中で、RTの先生から「Yさんは睡眠不足ですよ」と言われました。「初めてお会いしたのになんでそんなことがわかるのか」と思いました。そして「今までの身体のケア(治療)は一度やめておきましょう」とも言われ、治良直後はよくわからなかったのですが、何か「この治良を続けてみよう」と思いました。初回治良後の変化としては、身体が軽くなり姿勢が楽になりましたが、その日の夕方には、骨盤の真ん中に圧迫感を感じました。そして治良当初はとにかく眠たくなり、よく眠りました。
 しかし、一ヵ月が過ぎた頃から段々と腰や身体全体に痛みが出てきて、じっとしていられなくなりました。御著書や『月刊MRT』の体験談では、皆さん「良くなった」と言われているのに「なぜ私は良くならないのだろう?」と思いました。RTの先生からは「いろいろと治療を重ねてきた人は、仙骨(せんこつ)の治良を始めると強く痛みが出ることもあります」と言われましたが、その痛みはとても苦しく、治良回数が三〇回、四〇回を過ぎても続きました。けれども気付いてみると、不思議なことに痛みがあっても歩くのが楽になり、二〇年来あれだけ道の高さを気にして歩いていたのに、意識せずにまっすぐに歩けることがうれしくて、痛みも段々楽になってきたこともあって、「きっと良くなる」と信じて、一週間に一度の治良を続けていきました。

◆初回治良から一年二ヵ月後に起きた緊急入院も今までの人生を振り返る大逆行だったと気付く

 初回治良から一年二ヵ月過ぎた二〇一三年一〇月のある日、自転車で転び身体が一回転して道路に叩き付けられるように倒れました。そのときは何事もなく帰りましたが、その後、物が二重に見えたり、上まぶたが重く、また身体がどことなく重く一度検査を受けてみようと思い、全身のCT、胃腸の検査、頸椎のレントゲン、血液の検査を受けました。その中の血液検査で医師から「尿に糖が降りているので一度専門的に診てもらいなさい」と市民病院を紹介されました。そして二〇一三年の一二月二六日に、市民病院で検査したところ、「今日は帰ってはいけません。即入院して治療しないと大変だ」と言われました。検査結果は※ヘモグロビンA1Cが正常値の二倍の一一・三で糖尿病という病名を付けられて即入院となりました。今まで私は病気の予防のためにお金を掛けてきて、健康については大丈夫と思っていたので大変ショックでした。しかし、ベッドの中でMRTで常々お聞きしていたことを思い返し、日々を振り返ったとき、外食も多く、間食に甘いものを買っては食べていたこと、またしっかり噛んでなく、早食いであったと生活習慣を見直す良い機会になったと思いました。
 結婚して五〇年、初めて家族と離れての入院生活です。ベッドの中で振り返りますと、今までも何気なくやってきた親戚との付き合いも「本家だから」と仕方なくしていたことに気付きました。自分の気持ちに蓋をして、お正月、お盆と大勢の人を招待していたことも、「もうイヤ」と身体の中から拒否するのです。今まで仕方がないと「ええ格好」をしてきたことを、入院したことでもうやめようと思うことができました。自分が「こうしたい」とか、今まで断れなかったことも勇気をもって言うようにしました。そのときは大変でしたが、今から思えばMRTで言われている逆行であり、その間に本来の自分自身の中真が明確になったのだと思います。入院中にいろいろなことが整理でき、「これからはこうして行こう」と決意するよい機会でした。そうして、入院時に四〇〇あった血糖値が低い時は一三〇までになったことで二週間の入院生活を終え退院しました。

◆病院の言う通りにするとかえってしんどくなったことで気付いたこと

 生まれて初めての入院でしたが、病院の先生は常に「こうしなければいけない」と断定的に言われます。例えば「一生薬は飲み続けなければならない」「食事は何をどれだけ食べて、食べ過ぎはいけない」と、さらに退院後は糖尿病の料理教室を紹介されました。しかし、それをキチッと守ると身体は今までよりもしんどいのです。それを周りの人に話すと、「神経質になりすぎて自分から病人になっている」と言われました。MRTでは「食べたいものを食べれば良い」と言われているので、どうすれば良いかと一時は苦しみましたが、MRTに通い『月刊MRT』の師尚の御話を読み、RTの先生と話すうちに「自分の身体なのだから、自分が責任を持てばよい」と思うようになり、徐々に自分が食べたいものもちゃんと取り入れた普通の食事にしていきました。すると、身体も元気になっていったのです。

◆MRTに通うことで病気とはとても大切なもの、より深い人生を生きて行くためのものであると思うようになった

 退院してからの私は変わらず一週間に一度のMRT治良は続けています。生活習慣を見直し、人に出会うことに意味があることに気付いたり、うれしいこと、また自分が変わっていくことに驚きながら、MRTで教えて頂いた自分の後ろの存在を感じています。今までの頭でああでもないこうでもないと思うクセも、やめようと決めた今、毎日がとても自由で楽になりました。糖尿病の薬は退院後六ヵ月飲み続けましたが、副作用と思われる症状が出てきました。そのときに、医師から「Yさんはひょっとしたら自力で病気を治せるかもね」と言われた言葉を思い出し、思い切って薬をやめました。そして今は歩くことと筋力をつけるため、ストレッチをやっています。毎日がとても快適です。そしてMRTに通うことで、病気とは私にとってとても大切なもの、自分自身に気付くものであったこと、そしてより深く人生を生きて行くためのものであると思うようになりました。
 七四歳を過ぎた現在、毎日テキパキと頭が働き、二〇年近く捻挫で左足が短いという言葉を信じて足りないことばかりに目を向けてきた自分が、今、街を歩くのも以前のように左右に揺れることなく、気兼ねなく大股で歩いている自分に出会えたことに感謝しています。
 縁ある人達に支えて頂き、乗り越えてこれたことに感謝して、これからもMRTを信じ自分を信じ、より深い人生であるために通い続けていきます。

※ヘモグロビンA1C:ヘモグロビンA1Cの基準値は四・三~五・八%『ヘモグロビンA1C』は血中のブドウ糖と結びついたヘモグロビン(血色素)で、現時点より過去一~二ヵ月間の平均血糖値を反映しているため、糖尿病患者の生活や症状を把握するためには欠かせない検査とされる。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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