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MRTを識り、「中真感覚」の言葉にひかれてMRTを続け、現在では、中真感覚を活かしながら、仕事を通して理解を深める

  • (MRT恵比寿 48歳 男性 S.T.)
  • 掲載日:2014.01.22

◆MRTとの出会い

 私が高校生のとき(一九八二年)、柔道の練習中に相手の指が左目に入ってしまい、それから段々と見えなくなっていってしまいました。
 五、六年もするとほとんど見えなくなり、医者からは「角膜が変形してしまっているので、レーザーで焼いてコンタクトを乗せましょう」と言われましたが、なかなか手術のタイミングが合わず、そのうちに現代医学ではなく、民間療法などに興味を持ち始めました。そして一九九一年のある日、書店で『医者がお手あげの病気は「仙骨(せんこつ)で」消せ!』の御本と出会い、MRT恵比寿にて治良を受けることにしました。
 初回説明のときに、症状が改善されるかどうかということよりも、「中真感覚」という言葉に強くひかれ、そして早速、当時週に一回開催されていた※1『自由自在教室』に参加させて頂くことにしました。初めて御聞きする師尚の御話は、とても難しくわからないことばかりでしたが、「自分はこれがやりたくて生まれてきたのだ!」と魂が喜んでいる感覚があり、毎週開催されている火曜日が来るのが待ち遠しくてたまりませんでした。
 「自由自在教室」に参加してからしばらくして、「左目は治りますか?」と師尚に直接御聞きする機会を得ましたが、そのときに「あなたは理解したから片目だけで済んだのですね。今やっといろいろなことに気付き始めたのですから、その気付きを大事にするように」との御言葉を頂きました。その「理解したから...」という御言葉に、もっと真剣にMRTを学びたいというスイッチが入りまして、※2『MRT中心学校』への入学を決意しました。私の家は町工場をやっているのですが、当時から私も一緒に働いていました。慢性的な人手不足に苦しむ家族を尻目に、学校に行きたいと伝えるのはとても辛いものがありましたが、これ以上何もわからないまま人生を進めていくことはそれ以上に辛く、怖さも感じましたので、数年間の葛藤の後、一九九五年にMRT中心学校第六期生として入学させて頂きました。

◆MRT中心学校で学ぶ

 MRT中心学校では、現代教育によって身につけてしまった既成概念を取り去り、元々備わっている感覚を蘇らせようと、一年間「ゼロの感覚」を学ばせて頂きました。学校では中真に向けて様々なカリキュラムが組まれていましたが、中でも印象に残っていますのはレントゲンの授業でのことです。学生は入学時と卒業時に骨格のレントゲンを撮り、治良効果や意識の変化による身体への影響を確かめるのですが、ある学生のレントゲンをご覧になられた師尚が、「この人はここの箇所のバランスを取るのに、かなりエネルギーを費やしてしまっています。だからきっと今はジーッとおとなしくしているのではないですか? でもそれはそのままでいいのです。MRT治良を続けて整ってくれば、その分のエネルギーが外に向かっていきますから」とおっしゃいました。
 その学生は自分でも積極的に行事などに参加できないことに悩んでいましたし、周りももう少しやってくれたらなという想いを持ってしまっていました。しかし、この御話を御聞きしたことで、本人も周りも納得し理解することができ、根本的に解放されてしまいました。自他ともに自由にしていく中真感覚に触れさせて頂いて、卒業時には、何か人生のリハビリにきたような感覚がしたことを覚えています。

◆元の仕事に戻り、中真感覚を活かしながら、大きな変化に向けて捨てることから始める

 その後は元の仕事に戻りましたが、日本経済の悪化に伴ない、日々世知辛く、厳しくなっていく社会情勢に呑みこまれ、ストレスから体調を崩すことも多くなりました。そして凶悪な犯罪が増え、戦争やテロ、次々に起こる自然災害など、どんどん混迷していく人間社会に、何か大きな不安を感じていました。しかし中真感覚という絶対の基準を識り、MRT治良に通わせて頂いていることが、自分自身の大きな支えとなっていました。
 そして丁度その頃に地球がこれから大きな変化を迎えようとしていることを知りました。いよいよ霊止に孵っていく時期にあることは自分でも十分納得できましたが、そのためにまず最初は捨てていくことこそ大切であると御聞きしました。しかしこの捨てるということがなかなか難しく、最初のうちは何も実践できずに焦る日々が続きました。RTの先生に相談しますと、「捨てるということにあまり囚われずに、目の前のすぐにでもできる小さなことから手を付けていきましょう」と指導をしてもらいました。そこでまず災害救助やキャンプなどの体験教室に参加したり、食べ物をドロドロになるまで噛むことや、バイクの免許を取ることなど、とりあえずそんなに負担にならないところから、一日一ミリでいいから進んでいこうと、とにかく実行していきました。
 また、『講話』にも参加させて頂くようになり、少しずつですが、今捨てていくものと、このまま続けるべきものとの違いが自分の中でハッキリとしてきました。その中には因縁があり、現象的にはどうすることもできないものもありましたが、ただ、そこから理解するだけでよいと自分自身が変わることで、意識の上では着実に自由自在へと向かっていることを観じました。
 そして一応の区切りとして、二〇一二年の年末を迎えました。物理的な準備こそしましたが、いつも通り普通に仕事をしている自分の姿がありました。自分の中では決して「お任せの境地です」とまでは言えないものの、一〇年前、初めてその日を知ったときよりも、はるかに現象を何とかしようとする気持ちは薄れており、ただそこから神を識り理解していこうとする気持ちのほうがいつしか強くなっていました。そしてこのときまでという区切りがあったからこそ、自分のような怠け者でもここまでこれたことを実感致しました。

◆金属加工の仕事を通して理解する

 現在は日常生活を通して理解を深め、霊止に孵ることを実践しております。私が従事しています金属加工の仕事は図面に指示された寸法に対して、ひたすら誤差がゼロであることを目指していく工程の積み重ねです。まず図面を十分に理解し、実現しようと努力しますが、全てがイメージ通りに誤差がゼロでできあがるということは、まずありません。そこでその歪んでしまった箇所に対して、「ああ、ここの締め付けをもっと強くしよう」とか、「ここの前にこの箇所を仕上げておこう」などとうまくいかなかった原因を探り、与えられた環境の中でそのときのベストを尽くしながら、己の腕を磨き、高め上げていく仕事です。決して機械が古いからなどと、外にだけその原因を求めていたら、それ以上伸びることはありません。
 先日、肉薄のアルミの丸物の第二工程目を担当することになり、プラスマイナス〇・〇五ミリの寸法を出すことに四苦八苦しました。一〇〇台ほど加工しましたが、基準となる第一工程目の加工が正確であれば、第二工程目もほぼ正確に仕上がります。
 しかし、ほんの少しでも第一工程目に歪みがありますと、第二工程目では何倍も歪みとなって寸法に影響が出てきます。そのことから、自分が日常に何を基準に人生を送っているかによって、大きな歪みを生み出してしまうことが見えてきました。
 もし中真という絶対なる基準でなく、染脳によって取り入れた既成概念を基準に生きていけば、人生もこの品物のように目茶苦茶になってしまうのだと、この仕事を通して気付くことができました。
 また、わずかに寸法の出なかった品物も根気よく修正をして、何とか規格内に納めるのですが、その際に最初の歪みはどこまでいっても消えることがなく、あまり使用上影響のない場所に移動させて逃がしていくだけです。人間も溜まったストレスはレジャーなどで発散させますが、それで良しとしていれば何も気付くことはなく、元に目を向けて返っていくことはますます困難になります。せっかく、理解のために歪んでいるのですから、一ミリでも種観霊で既成概念を捨てていき、元々の基準を表せるように心掛けて参ります。
 人生も霊止として神の基準そのままで生かされていれば自由自在で快適なものになるのでしょうが、そこから外れてしまっている部分は必ず不調和な現象として現れてきます。そのときにこそ御指導頂いておりますように、自分自身に目を向けて、神の基準にひたむきに合わせていこうとする自分でありますように、与えられた御縁に感謝しながら、これからも霊止乃道を歩いていきたいと存じます。
 今後ともどうぞよろしくお願い致します。

※1 自由自在教室:種観霊を学ぶための教室。一九九〇年から一九九五年まで開催されていた。

※2 MRT中心学校:MRT治良を実践するリーディングセラピストを養成するためだけでなく、MRT治良、道術、種観霊の三本柱を総合的に学ぶ一年制の学校。一九九〇年から一九九七年まで開校されていた。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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