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母の症状を改善したくてMRTに出会う 今では自分自身が中真感覚を高めるためにMRTに通っています

  • (MRTアリオ蘇我 43歳 男性 U.K.)
  • 掲載日:2013.10.22

◆母の症状を改善したくてMRTに出会う

 一九九七年頃から、母の体調がすぐれず、高血圧や胆石などの症状があり、徐々に衰えていく母の姿を見て、何か良い治療法はないかなと思っていた二〇〇八年三月一四日に、買い物に行ったショッピングモール『ららぽーと東京ベイ』でMRTの存在を知りました。
 スタッフの方から説明を受けて、その場で母に治良を受けてもらうことにしました。
 母はMRTを始めてから、気になっていた血圧が下がり始め、二ヵ月半後には二〇年近く飲み続けた血圧の薬三種類を全てやめることができたのです。血圧の薬をやめることを医者に言ったときには、「血圧の薬を飲まないと、どうなるかわからないぞ」と怒鳴られましたが、その後も現在に至るまで血圧の薬は一切飲んでいませんが、二〇〇もあった血圧がMRTを受けた一〇ヵ月後の二〇〇九年一月には、何と一二〇にまで下がったのです。これには当事者である母も含めて私もとても驚き、仙骨(せんこつ)の力をまざまざと実感しました。
 その後も七〇歳になる母は血圧の薬を一切飲んでおらず、血圧も安定していることから、仙骨(せんこつ)を調整することによって、身体のバランスが取れたのだと理解しています。
 今でも、薬をやめたときのことを思い出して、「医者からきついことを言われたけど、めげずに薬をやめて良かったね」と母と笑って話しています。
 そして、母が治良を開始したことで、私も治良を受けることにしました。私は、元々ストレスを感じやすく、胃の調子が良くありませんでした。また、当時は司法試験合格を目指して日々ハードな受験勉強に明け暮れており、かなりのプレッシャーがありました。

◆初回治良後に仙骨(せんこつ)の辺りが暖かくなり、MRTの効果を実感する

 二〇〇八年三月二四日に初回の治良を受け、治良直後から仙骨(せんこつ)の辺りが暖かくなり、身体が軽くなりました。
 更に時間が経つにつれて気分が爽快になり、自然と明るい気持ちになってきたことで、まだ漠然とではありましたが「MRTで何かが変わるのではないか!」という期待を持ちました。
 また、RTの先生から、「日常生活で常に仙骨(せんこつ)を意識して過ごしてください」と話して頂いて、仙骨(せんこつ)を意識するようになってから、全身が暖かくなり、仙骨(せんこつ)には不思議な力があることを感じました。
 精神面では、イライラが増してきましたが、それは今まで自分が想いを吐き出さずに溜め込んだものであることがわかり、どんどん吐き出していくうちに、以前よりも落ち着いて物事に取り組めるようになっていったのです。
 治良開始から五ヵ月を過ぎた頃、額の生え際に虫にさされたような赤い斑点が出て、どんどん大きくなっていきました。大きくなった赤い斑点を見ながら、五歳くらいの頃、妹と家の中で追い掛けっこをしていたときにサイドボードに頭をぶつけて出血したことが思い出されました。今回の赤い斑点は、何かに夢中になりすぎて周りのことが見えなくなる自分に、古傷が示してくれたのだと理解し、実際に一ヵ月後にはきれいになり、細胞のやることは間違いなく、細胞に任しておけば良いことを実感しました。

◆MRTによって、精神面で大きく変化する

 私は、完璧主義で神経質な面もあり、細かいことにこだわって不自由していましたが、どうすれば良いのかがわかりませんでした。
 しかし、MRTに出会って、「なるようになる」というお任せする気持ちになり、肩の力が抜けて楽になっていったのです。時には中真を外したことですら、中真を得るためには必要なことであったと受け入れられるようになり、失敗を失敗と捉えなくなりました。
 また、自分が長年目標としてきた司法試験に対しても、囚われがなくなり、結果的に不合格になりましたが、自分でも不思議なくらいに全く後悔することなく、その結果を受け止めることができたのです。むしろ、落ちてすがすがしい気持ちになり、自分で自分の変わりようにとても驚きましたが、これは自分が執着心を手放せたからであり、そのときに捨てるという感覚がわかりました。

◆母との関係から理解を進める

 司法試験が不合格となった二〇一〇年頃から母に認知症が現れ、その後、母の介護をしてきました。二〇一三年二月に母がデイサービスで転倒して、頭を打ってしまい、その二週間後から歩行困難となり、よだれが出たりする異変が起きました。神経内科を受診したところ、「リハビリが必要な緊急状態です」と言われ、その翌日に母の容体が悪化したので緊急病院に入院させました。入院後、リハビリを開始して、病院スタッフの方々が献身的に介護してくれましたが、神経内科がなかったことから、一ヵ月後に転院を決めました。
 しかし、転院先の病院では、担当の医師がリハビリは不要と判断し、ベッドに寝たきりで、鼻からチューブで流動食を摂取する状態になってしまいました。そこで、自分でできることをしようと思い、リハビリマッサージを毎日する日々が続きました。担当の医師にリハビリを頼んだところ、拒否されたことで、段々と怒りの感情が出てきて転院してきたことを後悔しました。
 今、思うと転院手続きのとき受付の人の応対に違和感があったのですが、「専門の治療を受けたほうが良い」という思いで転院させたことが悔やまれ、あのときの違和感こそが中真からの声であり、その声に耳を傾けられなかったことを後悔しました。そして、母の介護が忙しく私自身がMRT治良を二ヵ月間受けておらず、仙骨(せんこつ)バイブレーションが下がっていたことがこの状況を引き寄せてしまったと感じて、すぐにMRT治良を受けて、状況をRTの先生にお伝えしたところ、「ご自分のバイブレーションを高めることでお母さんの良い転院先が見つかるかもしれませんね」と話して頂いて、その言葉に希望が持てました。
 そして、「ご自分の体調はどうですか?」と聞かれて、身体も疲れていて精神的にも苦しかったのですが、自分のことを後回しにして状況を変えることばかりに意識が集中していたことに気付いたのです。
 MRT治良を受けた翌日、母の見舞に行き、いつものようにマッサージをしていると、私から頼んだ訳でもないのに、看護師さんのほうから「主治医にリハビリをするように頼んでおきますね」と言われてとても驚いたことがありました。結果的に担当の医師の承諾は得られませんでしたが、MRTによって自分の仙骨(せんこつ)バイブレーションを高めていくことの重要性がわかり、それからは定期的に週一回のペースでMRT治良を受けています。

◆中真感覚の学び』で中真を意識することで母の転院先が見つかる

 『中真感覚の学び』に久しぶりに参加したとき、RTの先生が「自分から中真を取りに行くという気持ちでいかないと、中真は取れないですよ。状況を待っていたのではいつまでも実現しないのです」と言われて、自分と担当医との関わり方が中真からずれていたことにハッと気付いて、そのときに自分の意識が大きく変化したのを感じたのです。母の担当医がリハビリをしてくれない状況で、自分は力ずくで解決しようとしていて、気持ちで負けていた自分の姿がハッキリと観えて自分が中真を外していたことに気付いたのでした。
 『中真感覚の学び』に参加してしばらくしてから、「ここだな」と感じる転院先が見つかったのです。ホテルのようなきれいな病院でしたが、それだけではなく、「リスクを背負ってでもリハビリをしましょう」と話してくれましたので、即座に転院を決断しました。転院後、主治医やスタッフの方々と話をしますと、よく話を聞いてくださり、家族の意向を尊重する姿勢を感じ、安心して任せることができると思いました。
 今回の体験から、自分のバイブレーションが高まり、意識が変わると、自分の周りの環境も大きく変わるということを実感したのでした。

◆自分の意識が整うことで仕事も見つかる

 もっと学びたいという意識から『やさしいMRT説明会』に出席した帰宅途中に、中学時代の友人から電話があり、「仕事の面接を受けてみないか」と突然言われました。その後、トントン拍子で仕事が決まり、自分の意識が整うと、周りの環境も自然と整ってくる展開の早さに驚きました。その仕事は、法律の勉強と母の介護の経験を活かすことができる職場で、母のことが落ち着いたタイミングで働くことができるようになったのです。
 久しぶりに仕事をすることには不安があり、そのことをRTの先生にお話ししましたところ、「仕事は、神に御仕えすることですよ」と今後の心構えを示して頂いて、与えられた仕事に一所懸命に励んでみようと思っています。これからも自分を中真にして人生を淡々と進んでいこうと思います。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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