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慢性膵炎、胃潰瘍、胃腸炎、甲状腺機能亢進症、不眠症...など、まるで病気のデパートのような私が、これらの現象から理解し自分を中真にして生きられるようになりました

  • (MRT浜松 62歳 女性 O.E.)
  • 掲載日:2013.09.09

◆MRTのことを知った頃は、自分の時間がなかった

 一九九二年一二月、当時勤めていた会社で資材部から総務部に異動になり、そのときの部長が毎日のようにMRTの話をしてくださいました。ご家族が、奇跡のように病気を手放された話や中真感覚のお話をお聞きしましたが、ただ、私は仕事を覚えるのが手一杯でなかなか中真まで響いてはきませんでした。その頃、給料担当の人が突然辞めることになり、総務部に入ったばかりの私が担当することになり、その引継ぎも一通り前任者と給料ソフトを触るだけで、次の月からは一人で給料計算をやらなければいけなくなりました。また、総務部の女性の人間関係が最悪で、課長には「あなたが入ってきてから人間関係が悪くなった」とも言われてしまい、今まで女性関係のもめごとなど経験したことがなく、身に覚えのない私には中傷に耐えるしかありませんでした。毎日のこのようなストレスの中でも、不思議に部長のMRTのお話は、オアシスのような癒しでもありました。
 一九九三年五月、母が入院先の病院で危篤状態になり、一週間有休を取り、母の付き添いをしました。ベッドサイドで次にやらなければいけないボーナスの入力の取扱説明書を読みながらも、部長から頂いたMRTの『初めての方へ』のパンフレットを何度も何度も読んでいました。どこをどう見ても嘘のない内容。カラー、フォント、挿絵、用紙の大きさ、パンフレットにこんなに魅了されるのは初めてで、いつかは行ってみたいと思っても、母の介護、仕事、当時は私の両親と高校生の長男、中学生の次男、小学生の長女、そして主人の七人家族でしたから、自分のためにMRTに行ける時間はありませんでした。


◆MRTの治良を通して自分を中真にする生活に変わる

 一九九四年三月頃、母の容態も落ち着いて自宅介護も慣れた頃に部長がこんなことをおっしゃいました。「MRT治良のとき、RTの先生に心の奥まで見透かされてるみたいで、満月・新月(当時)が休みだし、不思議なところだよ」なぜかその言葉で不思議好きの私はMRTに行くことを決めました。何かを治すというよりも好奇心のほうが強かったのです。
 初めてのMRT治良は、正直よく覚えていません。そのとき、RTの先生に言われた一言はそれまでの生き方のベクトルが変わるほど強烈でした。家族の話をする私に、先生はこのようにおっしゃいました。「ご家族のことはわかりました。自分自身はどうなのですか?」ドキッとするお言葉でした。自分を後回しにすることが当然の生き方、病気をたくさん抱えていても寝付くこともないし薬を飲んでいればいいと、自分をないがしろに生きてきたことに気付かされたのです。
 また、心の奥底では「薬じゃない、人間には凄い力があるはず」という声が聴こえてきたのも確かでした。
 一回目の治良後、家に帰って倒れこむように地に吸い込まれるような、体験したことのない眠りでした。次の日は、一日中細胞がズンズンと動いている感覚があり、熱でもあるような悪寒がしたり、身体が忙しく動いているのがわかりました。一回のMRT治良で慢性膵炎や胃潰瘍の大量の薬はもう必要ないと思えたので全部捨て、何回目かの治良の後、腸がゴーゴーと大きな音を立てて外からでもわかるくらい大蛇のようにしばらく動いていました。さすがに横にならなければ耐えられなく、ソファーに寝ていると、主人が「凄いなー」と言ってましたが、長年の無理で腸の形も歪んでいたのでしょう。この逆行であたりまえと思っていた胃腸の不快感がなくなり、これが本来の自分の姿なのだと知りました。
 次々と病気・症状が消え、気が付くと総務部の女性達が出産や育児などの理由で辞めていき、私一人になっていました。MRT治良によるバイブレーションは、自分の環境までも変えていく力があることを知りました。

◆母のリウマチ、拡張型心筋症が改善された

 MRT治良を受ける目的の一つは母の病気をなんとかしたいということもありました。母は、膝のずさんな手術により、両膝に人工関節の手術を余儀なくされ、そのストレスでリウマチになり、強い薬の副作用もあり、拡張型心筋症になっていきました。その入院治療中に利尿剤の大量投与で急激な体重減少、血液が濃くなり脳梗塞を起こしましたが、その担当医は次の日に転勤になったようで姿を消してしまいました。右半身マヒ失語症、当時朗読奉仕をライフワークにしていた母にとって、これ以上の失意はなかったと思います。       
 私の体調がどんどん良くなっていくので、母もMRT治良を受け、母は一度のMRT治良で、一日中痛がっていたリウマチの痛みが消えてしまい、また、手の関節の浮腫は何回かのMRT治良で消え、元の関節に戻っていました。拡張型心筋症も治良の度に良くなり、発症当時は医師から二年しか生きられないと言われましたが、心エコーの先生から、「拡張型心筋症というよりも、老人性の多少拡張している程度の状態だね」と改善されていることがわかりました。理解力もゼロに近いと言われた母は、治良を重ねる度に失語症の改善は完全には良くならないまでも、大好きな本を読み、テレビのチャンネルを自由自在に変え、半身マヒはあるものの、私にとっての元の明るい母になっていき、母は、何度も「MRTで痛みが取れて良かったわ」と、言っていました。

◆忙しさで甲状腺機能亢進症になるが改善した

 その後の数年間は、病気が消えたことでMRT治良の間隔が空いてしまい、疲れたときにだけ受けようとするMRT治良でした。当時、私の勤めていた会社では、通信カラオケが主力製品で、増産増産で気が付くと、仕事中心の生活となって毎日が残業、朝早くから夜遅くまで緊張の連続でした。そして二〇〇一年、深夜すごい動悸がして救急車で運ばれ甲状腺機能亢進症と診断されました。休みも十分取らずに仕事に復帰し、その後二度も救急車のご厄介になるという、何の理解もないままに日々を過ごしていましたが、MRTに毎週通うことと、内科の薬の服用とで二年ほどで改善されました。

◆不眠症になったが薬を手放す

 主力製品の通信カラオケが韓国生産となり、二〇〇七年三月に工場が閉鎖となり、本社に移るか早期退職かとの選択で、母の介護も手が掛かるようになり、早期退職を選ぶしか選択肢がありませんでした。退職後、親戚の慶事などが重なり、忙しい日々が過ぎた一一月、気が付くと眠れなくなっていて、少しウトウトすると、胃のあたりをドスンと殴られるような感覚があり「気付け!」という強い声がどこからともなく聞こえてくるのです。何度も何度も...一人でいるのが怖くなり、誰かと話していないと落ち着かないようになり、とうとう内科に行き、睡眠薬を処方してもらいました。薬を飲むと頭の中はボーッとしているものの、恐怖心は消え、なんとか家事をこなすことはできるのですが、なんとかしたいと焦りMRT治良を週二回受けましたが、何の変化もないまま数ヵ月が過ぎていきました。あるときRTの先生からこんなことを言われました。「睡眠薬など飲んでいると神のはたらきを邪魔することになりますよ」そのお言葉がスッと中真に入り、睡眠薬を捨てることができました。

◆「中真感覚の学び」に参加し中真を保てるようになる

 そんな中、息子を通じて「お母さんも『中真感覚の学び』に出るといいですよ」とRTの先生のお話を聞き、母の介護があるからとても時間が取れないと思っていたのですが、主人の協力で学びに参加できるようになりました。中真感覚を学ぶようになって私の意識は一八〇度変わって行き、中途半端な宗教観、医者とか宗教という染脳がどんどん祓われていきました。「気付け!」というあの言葉は、私の中真の言葉だったのです。
 「中真感覚の学び」を始めて、私の長い間の癖が次から次へと出てきました。すぐに結果を求めて焦る、力を入れて物事を片付けようとするなどでしたが、段々と中真感覚を日常に使えるようになり、力を抜くことができるようになり、力が入ったなと気付くとスッと中真を意識し、中真を保つことができるようになりました。
 どれだけMRT治良を受けても日常生活に無理をしていれば、すぐに仙骨(せんこつ)は歪み、病気現象は手放せない、長い間、中真感覚、自由自在を理解しているつもりで過ごしていましたが、全ての現象は自分が起こしていると理解できるまでに時間が掛かりましたが、やっと気付くことができました。
 今はまだ眼の症状がありますが、その理解を通し、さらに中真感覚を磨き、自由自在の道を歩んで行こうと思います。
 どうぞこれからもよろしくお願いします。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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