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様々な出来事から長年宗教に縋ってきた人生をMRTによって自分に取り戻すことができました

  • (MRT梅田 65歳 女性 H.U.)
  • 掲載日:2013.09.09

◆様々な病気や結婚、離婚と再婚を経て

 思い返せば幼少より薬とは縁が切れない弱い身体の自分でした。
 また幼少から男性に纏わることも多く、結婚、離婚、再婚、再々婚と外から見ると派手で、自分は悩みの中にありながら、女性の嫉妬や羨望、中傷の的にされ、それがイヤでイヤでたまりませんでした。小学校時代からキリスト教会に通い、高校一年生の頃に洗礼を受けましたが、高校三年の不祥事(人工死産)があって、牧師の蔑むような言動を何となく感じ大学二回生のときにはキリスト教をやめました。
 その後、継母との長き確執、最初の主人との間に生まれた一人息子とのこと、金銭的な苦痛から、「これが因縁なんですか」「どうして私だけが」と、御仏様にも縋り、「霊能者になれば因縁解消ができる。ある宗教団体しか救われる処はない」と言われ、子供が四歳の頃に入信しました。
 身体的には、三三歳の頃に肺炎で長期(四ヵ月)入院しました。四七歳の頃には突然血便が出て大腸癌の症状があっても、知らぬ間に腫瘍やポリープが消えていたことがあり、四八歳で胃癌を疑われても検査拒否したり、五二歳のときに胆石で入院手術を指示されても上手に逃げたり、いつ頃からか病院嫌いでおりました。三五歳のときに一人息子を産むときも全前置胎盤で血圧が四○まで下がってしまい、病院始まって以来の奇跡と評されてこの世に息子を出させて頂きましたが、息子が生後八ヵ月の一九八三年に息子の実父とは離婚しました。その後、見合いをして再婚(一九八七年)しましたが、夫の暴力(息子にも)により一九八九年から五年間の別居を経て離婚しました。
 阪神淡路大震災(一九九五年)のときに、息子と二人暮らしだった私は、恐ろしくて住んでいたA市から小学六年生のひとり息子を連れて実家のS市に帰ってきたのですが、継母が世間体が悪いと、私達を放り出しに掛かりました。そんな中で、ある日、実家に電話を掛けてきた知人男性が、自分の友人が離婚して一○年も独りでいるし、真面目な奴だから会ってみないかと勧めてきましたので、継母からの仕打ちに耐え切れなかった私は、継母から逃れたい一心で見合いをしました。その男性は私を気に入って、堺市に住んでくださるとの条件で結婚しました。
 継母からは「子供は置いて、お前だけ出て行きなさい」と言われて、私は息子を実家に置いて同じ小学校区に結婚した彼が借りてくれた貸家に住むことになりました。私は継母にイヤがられても毎日毎日実家に足を運び、朝は必ず学校へ行く息子を送りに行きました。それでも辛く寂しいので、犬を二匹飼って暮らしていましたが、結婚するときに宗教団体の霊能者に言われたとおり、相手の男性は仕事の休みの日は、朝から酒を飲み、仕事から帰っても酒を飲み、最初は一緒に行ってくれていた宗教団体も行かなくなり、「俺の金を持って行っている。通帳を見せろ!」と暴力まで振るい出したので、離婚を決意し一駅離れたマンションに移り一九九七年に離婚しました。

◆MRTとの出会い

 二○一一年六月九日に、二五年間所属していた宗教団体の大祭へ向かうバスの中で、たまたま隣に座られた御婦人の信徒からMRTという処のことを簡単ではありましたが聞かせて頂きました。お名前だけお聞きして、彼女にお礼を申し上げて早々とお別れしましたが、当時、私は二○一○年一一月九日に実家の継母が死去した後の相続の件で、腹違いの弟との間でとても胸を痛めておりました。
 そんなときに出会った紹介者の方は、私が余りにも悩みを負いげっそりしていたので、御心配でお声を掛けてくださったのでしょう。MRT梅田には、一日も早くと予約の電話を入れさせて頂き、前夜は眠れぬくらい、心わくわくして二○一一年六月一四日が訪れました。

◆MRTに通うようになって医者との縁が切れました

 何回となく医師からMRIや手術を勧められた高校生からの腰痛(死産の後遺症?)も、MRT治良のお陰で少しずつ減ってきています。整形外科も同窓生の医院に行っていたので、「注射はイヤ!低周波治療もしない」と言い分を通しましたが、今はその医院に足を運ぶこともありません。宣伝販売の仕事柄、喉、声帯が薬も届かない処が侵されていると、もう二○年も前に大病院で言われ、近くの開業医に慰め程度に喉にお薬を塗って頂き、吸引器を掛けるだけで、そこへもMRT治良に初めて行かせて頂いた日から行っていません。どうしても医師の許に行かざるを得ないと周りが勧める高血圧さえ、MRT治良を受けるようになって一ヵ月後には通院をやめて薬も飲まなくなりました。コレステロールの薬も与えられましたが飲んでいません。眼科も以前のように手術ばかり強要したがる医師とは縁が切れ、新しく通い始めた眼科では白内障も緑内障も見当たらないと言われました。
 MRT治良を受け始めてから、八ヵ月ぐらい経ったとき、寒冷の二月にカイロも着けていないのに仙骨(せんこつ)が、ほんわかと温かく私を包みました。RTの先生に「不思議なんです。私の仙骨(せんこつ)辺りが台所に立っていると、温かいんです!」と申し上げると、「普通はそうなんですよ」と言ってくださいました。正直うれしかったです。咳が毎晩出て血痰が出たときもありましたが、MRTに通っているうちに症状は消えました。
 幼少より薬とは縁が切れない弱い身体ですが、今の私には常時服用の薬はありません。昨年ゴールデンウィークの前に隣家の腹違いの弟が、私に断りなしに植木屋に撒かせた消毒薬で顔面がかぶれ、湿疹が出て化膿し、特に口唇やその周辺の皮膚が鏡を観るのも哀れな姿になり、三ヵ月近く食欲もなくなり夜も眠れず、痛痒くて泣いて通しました。そのときだけはどうしても早く治りたくて、RTの先生の言葉に沿えず皮膚科の扉を叩きました。
 しかしそこで頂いた内服薬で眩暈、嘔吐、胸の圧迫感、歩行困難を起こしたので服用をやめ、MRTの『黒砂糖石鹸』『マヌカハニー』『ドクターウオーター』を購入し、自分の時間とお金をMRT治良に費やしました。その間は仕事もできませんでしたが、今ではあの苦しい三ヵ月余りの私はありません。口唇は今でもカサついていますが、宣伝販売で立っていてもお客様がきれいなお顔をされてますね、お肌がとてもツルツルしていると仰ってくれます。

◆襲ってきた大きな逆行を理解へ結び付ける

 昨年の一二月二一日のゴミ出しの日に、両手にビニール袋を持って、継母が遺したつっかけを履いてガレージの前で転倒し、顔面を強打しました。顔面血だらけとなり、前歯は半分近くまで折れてしまいました。二○日から体調が悪く、身体が倒れそうで仕事を休みましたが、「二一日には出れます」と電話で言った都合、当日もまだ異常を感じてはいても、生活のためと、仕事に行く前に急いでゴミを出した末の出来事でした。「ああやっちゃった!」と流血の中、携帯電話で一一九を呼びました。「先日MRTに行ったばかりなのに何故?!」「無情!」救急病院から二つの仕事の予定にお断りを入れましたが、一箇所の仕事はマスクを着けて仕方なしに全うしました。またしても顔のケガ...。
 実はMRT治良を知る前にも、通り魔らしき東南アジア系の二人連れに仕事帰りに塩素系の薬品をスプレーされたことがあり、警察署に飛んで行きました。頬や口唇に薬品による軽い火傷をしましたが、幸いにも失明は免れました。肩を骨折したこともありそのとき顔(特に左側)を強度に打撲して、今も左目下は右頬より隆起しています。
 RTの先生より「自分の投げたエネルギーが還されたのですよ」と教えては頂いても、腑に落ちなくて相手を憎んだりして心乱れもしますが、『センコツくん』に毎日三回くらい乗って、『安眠CD』を聴いて眠りました(最初は聴くと泣いてしまいました)。MRT治良に何とか行かせて頂き、過去生のエネルギーの働きであると、顔のことも中真に向けて行けました。そうして少しずつ理解をさせて頂いていると思います。

◆今まで縋ってきた宗教とも縁が切れました

 息子が四歳のとき一日置きに鼻血が出たので、もしかしたら別れた主人の長兄(一八歳でK医大のモルモットのようになって死去)みたいに白血病の兆しかと懸念し、ある宗教団体は週刊誌で芸能人が入信しているのを見たこともあり、藁をも縋る思いで入信し精進させて頂きました。しかし女性特有の一言では言えない宗教団体の空気がイヤになりました。そして入信から二五年経った二○一一年六月一四日に、仙骨(せんこつ)無痛調整に胸のときめきに伴われて出会わせて頂きました。
 MRTに通うようになってからはある宗教団体に行くことがなくなり、縁を切りましたのは、二○一一年のある日、RTの先生に「何故、私は普通の女性みたいに幸せになれないのですか?」と尋ねましたところ「Uさん、人生は幸・不幸ではなくて理解するためにあるのですよ」と言われました。しかし、まだまだ事あるごとに、「どうして私だけが」という想いが出てしまいます。
 私は毎日三回ぐらい『センコツくん』に乗ります(私の宝物です)。夜、眠るときは"安眠CD"を聴きながら、眠りの世界に落ちています。幸い今の私は金銭的に貧しい生活ですから、病院に検査も診察もいけないですが、たとえお金があっても、病院には近づきたくないです。もうすぐ六六歳ですが、仙骨(せんこつ)調整という師尚が拓かれたこの素晴らしい治良に巡り会えたこと、ご紹介くださいました方に心から感謝しています。MRTに通うようになって、熱き血潮がたぎっていた私も以前より淡々とした心境になり変わってきていることを感じます。あと何年生きられるかも知れませんし、丈夫でもありません。片付けることも多々ありますが、これからは自分に中真を向け、大切な生命を愛おしみながら生きていきたく思います。

◆前世から引き継がれた因縁を受け止めて

 MRT一筋で治良させて頂き、自分自身を中真へ向ける「やさしい九つの約束」「私という中真からのメッセージ」(メッセージは目で読んだり、声にすると泣いてしまいます)。是道術也はいつもリビングで私を支えてくれています。MRTでなければ自分に向けて行くことは決してできないでしょう。仕事は神に仕えることと『月刊MRT』で読ませて頂いています。就職もこの年齢では難しいですが、私はMRTの帰りに宣伝販売の仕事の電話が掛かったり、デパートで販売されている方に、お声を掛けて頂いたりして不定期ではありますが、仕事に就かせて頂いています。
 昔の私でしたら、相手に悪いと思ってイエス、ノーがハッキリと口に出せないことが多くありましたが、今はかなり言えているようで、知人が「今まであなた辛抱してたの?強くなったね、前よりも明るくなって元気だし」と言ってくれます。RTの先生から最初に「『霊止乃道』を何回も読んでくださいね」と教えて頂きました。師尚の御著書は全て読ませて頂いています。
 御眞言は私は怖がりですし、危ないことに出会うと必ず声に出して真剣に唱えます。守護乃神霊にも師尚が書いていらっしゃる通り、「よろしくお願いします」と唱え、一人息子のためにも代わって唱えます。息子は一度MRT梅田に連れて行かせて頂きましたが二度目は行けていません。親心がわからないのか、私自身が親に反発していましたし仕方ないと思います。過去生で投げたエネルギーも息子から怒鳴られて返ってくるばかりです。直感でこの男、この女と思っても違う面があり、入り込んでひどい目によく遭いました。しかし、引き継がれた因縁を受け止めて、自分が迎えなければならない死に向かって淡々と治良に来させて頂きます。
 中学生のときにレコードが磨り減るほど聴いていた「ラベルのボレロ」の曲が「『霊止乃道』に載せられていたのは、何かしらの縁を感じずにはいられません。ご紹介させて頂いた方々が、どうぞ仙骨(せんこつ)無痛調整を続けていかれますようにと祈っています。縁としか言いようがありません。自分に向けてできる限り、不安や悩みを頭脳で考えず(MRTがなければ死にたくなるでしょう)、直感、仙骨(せんこつ)を意識して仙骨(せんこつ)と仲良しになって、自分の仙骨(せんこつ)をいとおしく抱きしめて余生を送らせて頂きます。
 梅田MRTオフィスのRTの先生、スタッフの皆様に感謝致します。仙骨(せんこつ)無痛調整に巡り合えた私は満足です。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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