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一生、薬を飲み続けないといけないと言われたバセドウ病から半年のMRT治良で解放された

  • (MRT京都 41歳 女性 S.Y.)
  • 掲載日:2013.08.06

◆昔から頑張ってきた

 幼い頃からよく胃が痛くなるので病院に行きましたが、その度に「原因不明ですが、この薬を飲んでください」という対応に不信感を抱いていました。病院に行くと、余計に具合が悪くなることもあり、極力病院以外の鍼治療・カイロプラクティック・整体など民間治療を探してはいろいろ試してきました。
 振り返ると幼い頃から、「人は何で生きているのだろう」という疑問を抱いてきました。答えは見つからないまま、その答えを見つけるために、何事にも一生懸命取り組んできました。そのためなのか慢性的な体調不良である頭痛・胃痛・腰痛・坐骨神経痛等を抱えていました。
 何しろ自分はバリバリ働くキャリアウーマンに憧れましたし、誰にでも平等にチャンスがあるように見えたアメリカにも憧れを抱いていたのです。それが家庭の事情から私が世帯主となって、母と弟と暮らすことになり、「私が外で稼いでこなければ・・・」とより一層仕事に打ち込み始めました。しかし、ただでさえ不調なところに無理な生活が続くわけもなくどんどん身体は重くなり、慢性的な症状も強くなっていったのでした。

◆試しのつもりで受け始めたMRT

 MRT治良は上司の紹介で知りました。とにかく自分の重くて辛い不調に「これ」という治療がなく、「まあ試してみよう」という軽い気持ちで二〇〇二年三月にMRT良法を受けることにしました。
 よく皆様が体験談で書いていらっしゃるような顕著な逆行というものは特に現れなかったのですが、治良後は身体が暖かくなりました。「九ミリだけ細胞が動きたい方向へ仙骨(せんこつ)をアジャストするだけで、全く痛くない」ということが理にかなっていると感じ、「これは本物だ」と直感致したのです。しかし、自分は大した病気ではないと思っていましたので、MRT治良も不定期で、あいかわらず仕事を中真の生活をしていました。
 そしてついに、二〇〇二年の夏に動けなくなり、病院でバセドウ病と診断されたのでした。
 甲状腺ホルモンが過剰に出て、寝ている間も肉体が働き続けているため、全く身体が休まらず、疲れ果てていく病気と聞き、そのときの自分の意識をそのまま顕したような病気であると今の自分ならわかるのです。
 最初はMRT治良と病院で処方された薬と両方していましたが、薬に対する拒否反応(ジンマシン)が身体に出始めたので、医者に相談したところ、そのジンマシンを止めるための薬を処方され、病院は単に出ている症状を抑えるためのことをしているに過ぎず、病気になった根本に目を向けていないことがハッキリとわかったので、そのときから薬は一切口にしなくなりました。
 そして、RTの先生のアドバイスもあり、二〇〇二年の秋には仕事を休職して、週一回のMRT治良に専念した結果、薬も飲まずになんと約半年で、血液の数値が正常に戻り一生薬を飲んでくださいと言われていたバセドウ病から解放されたのです。

◆無理をしないとわかっていたつもりが...

 「もう無理はしない」と心に決め二〇〇三年の春に元の職場に復帰しました。
 しかし、「何故病気になったのか?」という根本的な理解が薄かったために、徐々に疲れが溜まっていき、気付かぬうちにまた頑張ってしまう癖が出てMRT治良も不定期になっていたのでした。
 そして、二〇〇六年の冬に、下腹部に激し痛みが走り、病院では子宮内膜症と診断され、卵巣が五から六センチ腫れていると言われました。
 もちろん私は、もう無理はしないとわかったつもりになっていましたが、文字通り「つもり」だったために、同じことがくり返されました。再び自分の生活を見返し、半年間の定期的なMRT治良によって、下腹部の痛みが消えてしまい、卵巣の腫れは小さくなっていきました。
 そんなときに師尚の御著書『霊止乃道』を読ませて頂き「理解のためにこの世はある」と子供の頃から「何で生きているのか?」という問いにズバリ答えを頂きました。また、病気も含めて、そのままで「完全・完璧」であると御教えを頂きまして、自分が不完全で外から持ってきた何かで埋めなければと思い込んでいたからいつも力が入っていたのだとわかったのです。

◆一〇ヵ月動けない中で理解したこと

 相変わらず忙しい毎日でしたが、元気になった私は不定期ながらMRT治良を受け、なるべく細胞の声を聞くようにしてなんとか過ごしていました。それが二〇一〇年になって、イベント関係の仕事で責任ある立場となりました。その重圧と期限のため、抜けられない休めないギリギリの状態になり、このままでは動けなくなるとわかりながらも頑張りました。同年の一〇月、ついにイベント終了後に本当に動けなくなってしまったのです。原因がわかっていたので慌てることはありませんでしたが、病院では治らないことをわかっていましたので、病院には行かずに自宅で静養をすることにしました。ですから、病名はわかりませんが、なんと一〇ヵ月も動けなくなっていたのです。
 一〇ヵ月動けない中で、同じことを繰り返していた私はどうしても前世からのことで理解しなければならない気がして、床に就く前に「前世からのことで、私が理解しなければならないことがあれば、どうか夢で御押し絵ください」とお願いして就寝しました。何度か試みるうちに目覚めたとき、上掛けのシーツが首に巻きついていたときに、前世で自殺したことを感じて、そのようなことをしたのだと納得致しました。と同時に今生では石にかじりついてでも同じことは繰り返すまいと心に決めました。
 仕事も辞め、お金もなくなり持っていたもの全てを失いましたが、今まで自分が支えていたと思っていた親にお金を借りながら生き続けるという体験をして、多くの理解を得ました。いつも自分で自分を励まし一人で生きていると思っていたこと、そして自分は生きているのではなく生かされていることに弱っている自分は深く気付いたのです。

◆新しい土地で新しい理解を得た 

 その後、身体が少しずつ動くようになってきたので、新しい仕事を探し始めると京都で見つかりました。今までの自分と区切りをつけたいと感じていたので 、東京から京都へ二〇一一年一〇月に引っ越しを致しました。
 京都で新しい仕事に就いた自分は、今までとは違い昔の自分なら簡単にできていたはずのことが全くできず、「もっとできる」と上司から指摘されても、それを受け入れることができずにいました。
 苦しみの中で改めて「自分って何だろう」と自分に目が向き、他人から言われたことを素直に「はい」と受け入れられない「我」があることに気付きました。他人や会社に評価されたいという気持ち、善い人でありたい、善い行いをしようという気持ちが強く、認めてもらえないことに対しての不満も同じだけ積もっていました。昔から「人に認められたい」という人に中心を預けた想念を溜めに溜めて自分を縛っていたことにやっと気付いたのです。過去の自分の発した想念に囚われ苦しんでいたのですから、因縁のある土地から離れ新しい土地に移動したことも、中真の自分が望んだことと思うのです。新しい土地で古い自分の中のものを吐き出し、新しい理解を得られているように感じます。
 そして、理解が進むに従って力が抜けてきたのか治良を受け始めてから一〇年掛かってやっと逆行も出るようになってきました。最近は治良のあとに、顔全体というか額関節がよく動きます。無理をし続けていた二〇代の頃に毎日のように歯ぎしりをしていたこと、もっと遡ると幼年期に歯の矯正をしたことも思い出され、やっと「素」に戻ってきていると感じています。他人にばかり中真を預け、自分をないがしろにしてきた自分に気付き、自分自身に申し訳なく感じています。これからは中真の自分の声を聞き、今度こそ自分を大事にします。
 今後ともよろしくお願い致します。


バセドウ病:甲状腺ホルモンが増加する甲状腺機能亢進症の代表的な病気。何らかの原因により、甲状腺が過剰に刺激されることによってホルモンが増加します。甲状腺の腫大、頻脈や動機、目が飛び出てくる(眼球突出)といった特徴的な症状のほか、手の震え、発汗異常、体重の減少、下痢や倦怠感が続くといった症状がみられることもあり、また、落着きがなくなり、イライラし不眠になるなどといった精神症状がみられることもあります。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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