体験談のご紹介

最新の体験談

東日本大震災レポート ~MRT仙台アプリカント全員無事を確認~

  • (MRT仙台 リーディングセラピスト 伊藤賀康)
  • 掲載日:2011.10.27

◆ドーンという音と共に始まった

二〇一一年三月一一日一四時四六分、ドーンという音と共にそれは始まりました。
ちょうど、MRT仙台のフロアにあるトイレに入ったところでした。急いで出ると、受付の女性スタッフがスリッパのままオフィスから踊り場に飛び出してきました。真っ青な顔で「先生、地震です!」と叫ぶと、しゃがみこんで動けずにおりました。
隣の店舗からは、女性が裸足のままヨロヨロと四つん這いになって出てきて、階段の手すりにしがみつきました。私は「エレベータの部分は一番丈夫に作ってあるから、そのままいるように」と二人に伝え、MRTオフィスの中に戻って、受付スタッフの靴と、裸足の女性に貸すためにスリッパを取り、私自身も自分の靴を履き、床に散乱している商品の中から『防刃グローブ』だけを握って再びエレベータのある踊り場に出ました。上の階から降りてきた女性も交えて、階段を下り始めました。ミシミシと建物が音を立てる中、ほとんどまともに歩けない状態で一階に降りると、先に行く女性二人がそのまま入り口から飛び出ようとするのを押し止め、上着を頭に掛けて上からの落下物に気を付けるように伝えました。
私と受付スタッフは『防刃グローブ』で頭を守りながらオフィスビルを出て、とりあえずオフィス前の大通りの中央分離帯に避難しましたが、同じように集まった多くの人の悲鳴と「おお!」という驚きの声が響き騒然とした状況でした。目の前の道路では走っている車の後部が踊るように跳ねて急停車したり、信号機はガタガタと揺れ今にも落ちそうで、上を向くと 八階建ての向かいのビルが、うねうねと上下左右にうねっていました。

◆震災直後にスズメやカラスが...

地震が落ち着くと、にわかに雪が降りだし、その後三〇分ほど経つと今度は晴れてきました。「ずいぶん、おかしな天気だな」と周りを見回しました。今までに何度か震度六の地震を仙台にて経験したときは、カラスもスズメもいなくなっていましたが、今回の地震後には不思議なことに、そこここにカラスやスズメがいるのです。地震直後に海の近くにいた方からも、同じように「カモメが海岸から逃げもせずに、突然押し寄せる津波に驚いていた」との報告もあり、「今までの地震とは何か違う」と感じておりました。後日、師尚より「テレビで観た今回の地震発生時の情景で、海岸で海鳥が普通にエサをあさっていたのだが、野生の鳥や獣が自然に起きる地震を事前に感知しないはずがない」とのご教示を頂きました。

◆真っ暗闇の中で

地震直後から信号は消えたままでしたので、受付スタッフを明るいうちに帰宅させ、余震が続く中、オフィス内の簡単な整理を行い、自分自身も自宅のマンションを目指して歩き始めました。元々、地震に備えて低層マンションの低い階に入っておりましたので、地震の被害はほとんどありませんでしたが、マンション一階に集まっていた人からは「避難所は、○○小学校です。移動してください」との指示がありました。しかし、何かあれば、すぐに政府に頼ろうとする、依存心の強い人間の集団であるとスイッチが入りましたので、私は避難することなくマンションに留まりました。そして、「普段なら染脳されないような人でも、大きな現象でショックを受けて中真がうわずっているから、安易に染脳されてしまう」と種観霊が立ち、同じ被災地にいても中真を取られ大きな不自由を掴む人間と、不便であっても不自由しない人の違いを感じました。
当日の夜は電気と水はもちろん止まって使えませんでした。ロウソクがありましたが、あのビルのうねりを見てしまっては、とても怖くて使う気にはなれず、私のマンションにはMRTで販売している※『ナイトスターライトⅡ』という懐中電灯を常備していましたので、それを使用しました。普通の電気のある生活では『ナイトスターライトⅡ』は光が弱いと感じますが、停電の真っ暗闇の中では、全く気にならず、電池もいらず、落としても多少の衝撃では壊れることもないので大変重宝しました。また、災害時に電池は貴重品になりますが、この懐中電灯に関してはその心配もいらず、一人に一つ持っていたほうが、心理的にも余裕ができます。アプリカントの方からは、電池式の懐中電灯を準備していても、震災で机の上から落ちて、明かりが点かなくなったとの報告を受けています(震災後しばらくは、家電量販店もコンビニエンスストアも営業しておらず、電池の入手は困難でした。一ヵ月以上が経過し、やっと購入できるようになっています)。

◆MRT創立三〇周年記念式典に向けて

三月一一日の地震発生より、二日後の一三日のMRT創立三〇周年記念式典に参加するため、携帯電話メール以外、電話は一切通じないので歩いてJR仙台駅まで行き、当分の復旧の見込みがないことを確認し、所有している軽自動車のジムニーで仙台から羽田空港を目指すことにしました。
このジムニーは「これからの変化に備え、小回りが利き、いざとなればオフロードにも対応できるジムニーが良いのではないか」と師尚より御教示頂いたことから、実家が中古車販売業ということもあって、早速父親に程度の良いジムニーを探してほしいと依頼したところ、二月の終わりの日曜日に突然、普段私のマンションに来たことのない父が、トラックにジムニーを積んできたのです。そのジムニーがあまりに古くてボロボロだったので、購入を断ったのですが、不思議なことに「新しい車が見つかるまでそのまま乗っていたらよい」と言って、商品である車を置いて帰ったのです。羽田空港に向かう準備をしながら、そのジムニーを前にして、まさにMRT創立三〇周年記念式典に向かうために用意されたものであると観じました。
荷物は下着と薄い毛布、水、携帯トイレ、飴、電池、『マヌカハニー』と、途中歩かなければならないことも想定し、本当に最低限のものに絞りこみました。
ところどころ道路が陥没している道や、車が落ちるほど大きな穴がある場所、段差があり、パンクした車がそのまま放置してあるところ、橋の崩壊している場所などをラジオで情報を得ながら迂回しつつ、まだ信号機の明かりも点いていない道路を南下しました。そして、他のオフィスの先生方に携帯電話で導かれ、約一〇時間掛けて、どうにか運転を再開したJR宇都宮駅にたどり着き、次の日の三月一三日の朝、羽田空港発の朝一番の松山行きの飛行機に乗ることができたのです。

◆MRT創立三〇周年記念式典の御講話にて

被災地から会場までようやく駆けつけた私は、意識がうわずった状態にありましたが、御講話が近付くにつれて、自分の意識がスーッと収まっていくことを観じ、師尚の御講話が始まるのを、これまで観じたことのないような高揚感に包まれて待っておりました。
御講話では、今回の地震は、まだまだ序の口であり、人間でいる以上は神の道に沿っておらず、それを人間に気付かせるためにこのようなことが起き続けるということ、これは日本人だけでなく世界人類に向けて「種観霊しなさい」と申しつかったとのご教示を頂きまして、今まで以上に、多くの種観霊をしなくてはならないことを深く中真に収めたのです。
(MRT三〇周年記念式典につきましては、月刊MRT二六一号、一一頁をご覧ください)

◆震災後の仙台

MRT創立三〇周年記念式典を終え、飛行機で羽田空港まで行き、そこからバスにて大宮へ。大宮駅より新幹線は通っていないため、約二時間掛けて宇都宮駅まで移動し、そこから再び車で仙台に向かいました。福島原発を避けて山側を大きく迂回し、ときどき、窓を少し開けては放射能測定器で安全を確認しながら、ほぼ一〇時間を掛けて仙台に辿り着きました。やっとのことで辿り着いた仙台中心部は既に明りが点いていたので、通ってきた被災地の深刻さから、早い普及に大変驚きました。
地震後の仙台中心街の様子は、昼は人の通りも多いのですが、夕方になるとほとんど人がいなくなるといった状態でした。仙台駅前のアーケード街はまだまだシャッターを閉めたところが多いのですが、少しずつ開いている場所ができていました。震災直後はドラッグストアに行列ができていましたが、一週間もすると今度は靴屋に人が集まっており、長靴がよく売れているとのことでした。
アーケード街の路上ではおにぎりや果物、お菓子、米や野菜が陳列してあります。おにぎり一個二〇〇円、リンゴ一個二〇〇円で売っているところもあり、かなり遠くから、買い出しのために多くの人がリュックや紙袋を持って訪れておりました。
MRT治良にいらしたアプリカントの方の中にはスーパーに入るために四時間も並んだという方もいらっしゃいました。三週間経った頃には、どの店も並ばずに入ることができるようになりましたので、物資は徐々に届いているものと思われました。
通常時、なんでも売っていて便利だったコンビニエンスストアは、ほとんどが営業を再開しておらず、開いていても営業時間は短縮され、商品はほどんど陳列されていません。
また、近郊のガソリンスタンドは開いておらず、ガソリンスタンドの周りには車が数十台も放置したままでした。震災から二週間後には、仙台市の隣の塩釜市の製油所が稼働し、関西よりガソリンは届いているというニュースもあることから、約一ヵ月も経過してガソリンが出回らないことが不思議です。今はまだ鉄道が再開していない分、バスのほうは多くの臨時便が出ていますが、これは、いざ戦争になったときに、どのように国民を統制していくかの実験をしているようにも観えました。

◆アプリカントの方は、同じように被災しても違う理解が...

震災後にMRT仙台に登録していらっしゃるアプリカントの方々に連絡して安否確認をしております中で、テレビで見る被災者の方とは違う反応が返ってきています。多くの方が被災していらっしゃいますが、実際にお話をしてみて、一般の人とは全く違った雰囲気を観じております。例えば、「周りは慌てていますが、自分は来るものが来たという感じで、落ち着いていられるのもMRTのお陰だと思います」と言う方や、皆さんお元気で「一日も早くMRTに通いたいと思っています」とおっしゃる方が多く、声も明るく感じられました。現在テレビなどでは、泣いている被災者の映像を流して見ている者を暗い気持ちにさせる報道ばかりしておりますが、アプリカントの方のご様子は、そのようなものとは全く次元が異なっております。テレビの報道はヒューマニズムの観点で流しているように見えて、実際にはその裏で人間を人間のままでいさせようとする力が働いていると観じました。

◆導かれるように難から逃れ、MRT仙台に通っていた方は全員無事

そして、MRTを受けた多くの方が、何かに導かれるかのように地震や津波から逃れているという事実があるということです。
例えば、津波で家が流されたのに、ちょうどその日は新潟にいて難を逃れた方や、陸前高田市出身で現在仙台市に住まわれている方からは、家族全員が津波にやられたと思っていたら、両親は宇都宮にいて、祖父母は、津波が押し寄せてくる中、車で高台まで逃げて家族全員無事であったとの報告を受けました。また、地震の当日、沿岸部のかまぼこ工場で働いており、地震が来て、まずいと感じ、急いで小高い山に走って逃げたところ、今までいた場所が津波に飲まれ、自分が逃げた山も水で囲まれたため二日間、山の上で過ごし、その後、助けが来ないので、胸まで水に浸かりながら脱出したという方もいます。
そして、三〇周年記念式典に参加されたある方は、震災当日に、まさに水没する数時間前に仙台空港から飛び立ち、松山空港について地震を知って、非常に驚くと共に、仙骨(せんこつ)のお導きを感じたとおっしゃっております。
師尚からは、「これらは全て、バイブレーション(波動)の御仕組みである」とのご教示を頂きました。
普段から、仙骨(せんこつ)を調整され"感じる"機能を高めていたことで、自分で気付いていなくても自然にその場から離れることが皆できたのです。阪神大震災のときも、多くのアプリカントの方が被災されましたが、全員無事であったという事実があります。そして、東日本大震災より約一ヵ月後の四月一六日に、MRT仙台登録者数二二三名全員の無事が確認され、亡くなった方がいないだけではなく、大きなケガをした方も一人としていないことがわかりました。
(月刊MRT二六二号より)

◆いよいよ始まったのだと観じた

今回の大震災における仙台周辺の状況やアプリカントからの報告を先月号(月刊MRT二六二号)でお伝えしましたが、今回は、地震を体験して間練んだこと、理解したことを書かせて頂きます。月刊MRT二六二号も合わせてお読みください。
私は、仙台市より北へ五〇キロの遠田郡涌谷町というところで生まれ育ちました。小学校六年生のときに宮城県沖地震(震度五)を体験し、また、一九九八年に仙台市にMRT仙台をオープンしてから、二〇〇三年には一日に三度も震度六の大地震に遭遇するという体験をしてきました。そのせいもあって、数年前から、堅固な道路の上を歩いているときでもフッと、神の身震い一つで、この安心と思っている道路も、壊れないように見える丈夫なビルも、いつでも簡単に崩壊してしまうということを感じて、背筋が寒くなることがありました。
二〇一一年三月一一日、午後二時四六分、今まで経験したことがない長く大きな地震(震度六強)をMRT仙台オフィスで体験しました。その揺れの中で「『霊止乃道』の御本に著されていることが、いよいよ始まったのだ」と観じ、自分で自分に"大丈夫"と言い聞かせながらも慌てている外(肉体次元)の自分と、その自分を冷静に見て、観じている内(中真)の二人の自分の存在を今までで一番ハッキリと観じられました。そして、外の自分だけでは、不自由する、普段から中真の自分を意識して生きることが最も大切なことであると、この数秒の間に実感いたしました。

◆頼れるのは中真感覚のみ

以前から、師尚より「大変化が必ず起こる」と何度もお聞きしておりましたので、そのことをアプリカントの皆様にお伝えすると同時に、自分のマンションにも水、食料の備蓄、防寒対策はしておりましたので、地震による停電やこれからのことについて、何一つ不安に思うことはありませんでした。
しかし、地震直後から電気、ガス、水道は使えず、固定電話はもちろん、携帯電話も繋がりにくい状態でした。他のオフィスのRTの先生を通して師尚に自分の無事をお伝えすることができましたが、その後は、繋がっても数十秒で切れてしまう状態で、地震の規模や被害状況などの情報もその場にいると何も手に入らないのですから、本当に中真感覚が試されていることを観じました。そのような中でふと「もしかしたら遠く離れた大阪や博多に連絡をすると通じるのではないか」とMRT梅田、MRT博多に連絡すると、中真感覚で観じた通り電話が繋がり、地震による被害状況などを知ることができました。そして、同じ道を歩む同志の声を聞くと、自然に緊張が解け、とても得難くありがたいことと思いました。

◆中真の道を進もうとすれば道は開ける

三月一一日の東北地方太平洋沖地震の翌日に、三月一三日開催のMRT創立三〇周年記念式典に出席するため愛媛県に向かい出発しました。頭で考えれば、大地震の次の日に仙台市から四国に出掛けることなど、到底できるはずがありません。飛行機、新幹線や在来線の電車、バスなど交通機関は一切動いておらず、高速道路も閉鎖となり、一般道もズタズタに分断されている中、数週間前にそれも神計らいと思えるような形で手に入れたばかりの車を使い、全国のRTの先生方からの携帯電話やメールにて導かれて四国に入ることができました。これは、中真を歩もうとする者には、必ず導きがあり、道が開かれるという申し示しであることを深く観じ、自分がMRTを識り今日まで師尚より多くの御指導を頂きましたこと、全国のRT、スタッフである同志、そして自分の※宇司露の方に深く深く感謝致しました。

◆福島原発の種観霊

師尚より既に「原子力は、まだ人間の理解力では扱えないものである」と御教示頂いておりましたが、「安全、安全」と言いながら首都圏に原子力発電所を作らず、遠く離れた福島県に作ったことからも、既に事故が起こるもの、起きても首都の機能に影響のない地方に作っていることが観え、電力会社の「今そのとき電気が使えればよい」、受け入れ側の「補助金が出るから原発を作ることに賛成する」という中真を外した人間の想念のエネルギーが、今回の地震を呼び起こし、津波となって原発を襲い、爆発事故によって放射能がまき散らされるという現象で顕れてきたと種観霊が立ちました。

また、「原子力は悪」「原子力は怖い」という報道ばかりですが、師尚より「『原子力が怖い』といっても、その恩恵を受けている。原子力に賛成であろうとなかろうと、全ての人がその力を利用している」そして「原子力を理解することは、原子力に働いている法則を識るということであり、法則を識るということは神を識ることになるのである」との御教示を頂き、やみくもに怖がったり、拒絶するのではないことがわかり、今回の事故も、多くの人が、法則について真剣に識るためのものであると理解しました。

◆この世に人間が作ったものなどない

四国より仙台市に帰ってすぐは、JR仙台駅は崩壊中であり、コンビニエンスストア、スーパー、百貨店は閉まっていました。師尚より「人間の力などは、たかが知れており、人間は魚を取ることはできるが、魚を一匹でも作り出したことはない」との御教示を頂いておりますが、原子力発電所で発電される電気も、神が作った電気を人間が利用しているだけであり、利用しておいて、自分がさも電気を作ったかのように生活をしていれば、このように取り上げられてしまうことが現実として起きていました。この世には人間が作ったものなどなく、全て神が用意してくれたものを人間が利用しているだけであるから、謙虚に感謝して過ごさなければならないと理解でき、全て神に繋げて捉えることが、人間から霊止に孵っていくことになると観じました。

◆地震によって安定した

師尚の御指示により震災当初から、登録アプリカントの方への安否の連絡を行なっておりました。津波に襲われた場所がたくさんあり、阪神大震災ではアプリカントは誰一人として亡くなっていないと聞いておりましたが、「今回の震災では巨大な津波もあり、もしや亡くなった方がいるのでは?」とチラッと心に浮かびました。四月初めには、陸前高田市、東松島市、相馬市、南相馬市など沿岸部で津波に襲われた方々から次々と連絡が入りました。中には電話口で涙ぐまれ、ご自身の体験を話される方もいらっしゃり、私自身も胸が熱くなることが多々ありました。そして、四月中旬には全員の健在が確認できただけでなく、あの津波で多くの方が家を流されている中で、大きなケガをされた方もいなかったことは大変にうれしく、驚きでもありました。これこそまさに※宇司露の方から守られている証拠であると観じ、自然に感謝の気持ちが出てきていました。日々坦々と仙骨(せんこつ)バイブレーションを高めていることが、頭では理解しがたいことが起きたときに、大きな力を持つことを実感いたしました。
また、多くのアプリカントの方から、自然に難を逃れた話や、例えば、地震によって自分のいろいろな迷いが祓われているように感じたという方や、遺産相続で争っていた家がなくなり却ってスッキリし、ケンカしていた弟さんと仲良くなったと言われる方など、地震によって中真が安定したというお話を聞く度に、アプリカントとそうでない方では今回の地震に対する受け取り方が、大きく違うことに大変驚きを感じました。同じように地震や津波に遭遇しても、普段から仙骨(せんこつ)バイブレーションを高め現象から理解しようとする人は、大きく不自由することがないことからも、そのような生き方が、法則に則っていることが深く理解できました。

◆混乱期だからこそ、MRT治良を

津波によって、多くの方が亡くなった場所に、仕事のために出掛けてから身体が重くなった方がいらっしゃいましたが、MRT治良後「フー」と大きくため息をつくと「すっきりしました」と、先ほどまで顔色が悪かったのが、まるで別人のように血色の良い色に変わられました。以前、師尚より「まだ自分が死んだことに気付いていない人は、苦しいままの状態で生きていて、その辺をウロウロしていて、憑依することがある」との御教示を頂いたことがあり、まさにパッとその場の雰囲気が変わる様子を見せて頂きまして、今は大変な状況でも、坦々と仙骨(せんこつ)を整えることで、必ず周りも整っていくことが観え、とても安心したことを覚えています。また、「地震後、身体の中にある不安が出ていることがわかる」という方もいらっしゃり、「仙骨(せんこつ)が整うとスーッと納まります」と話されることからも、このような混乱期だからこそ、MRT治良によって仙骨(せんこつ)のバイブレーションを上げていくことが不可欠であると実感しております。

◆「復興」ではなく「理解」する

震災より約二ヵ月が過ぎ、現在、仙台市の街中では「復興、復興」とさかんに言われておりますが、師尚より「今、東北地方では、『復興、復興』と言っているが『また今までと同じようなことをやるのだな』というように聞こえる。『復興』ではなく『理解』をしなければならない。自分が不自由することが次々に起きるということは、『神が何を言わんとしているのか』に気付かなくてはならないということである」との御教示を頂き、何も理解しないまま「復興」すれば、それは、出てきた病気や症状を薬で無理矢理に抑えることと同じであり、いずれもっと大きな災害として顕れてくることが観えてきます。
今、大きく地球が変化し、またこれからも変化していくことをわかって、ここで大きく理解を変えて、人間から霊止へ孵ることを意識していかなければならないことを、今回の地震を切っ掛けに、深く観じることができました。そして、地震を経験し、また奇跡的に助かった方の姿を拝見し、自分の中真感覚を使い、『霊止乃道』を歩んでいれば、自ずと道を歩むための環境が整い、なだらかな道が開かれていくことを観じております、
これから更に、大きな現象が起きても、中真を取られることなく、理解に繋げて参ります。

※宇司露...四方を顕わに司られる存在のことであり、自分の背後の神霊のこと(守護霊、守護神、指導霊、主護霊、主護神)

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

よく読まれている体験談

東日本大震災に関連する体験談

体験談の検索

体験談のご紹介

  • 体験談のご紹介
最新の体験談
634件の最新の体験談をご紹介します。
体験談の検索
登録されているすべての体験談を、キーワードにより検索できます。
良く読まれている体験談
体験談の中でよく読まれているものをご紹介します。

関連する情報

こんな方にお勧めです
過去36年以上の治良実績から、難病、奇病、精神病など、ありとあらゆる病気・症状の多くの方が来訪されています。