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大震災を茨城県で経験したが、無事に東京に戻ることができ、地震を通して多くの理解を得て、二日後のMRT創立三〇周年記念式典に無事参加できた

  • (MRT恵比寿 43歳 男性 Y.S.)
  • 掲載日:2011.10.27

◆仕事の営業先の茨城県で大震災を経験する

三月一一日、大地震が来たとき、私は茨城県竜ケ崎市にある自動販売機を製造している会社で、親しい商社の営業マンと一緒に営業活動をしておりました。
建物の玄関を入ってすぐの廊下でお客さんと話をしていたときに建物全体がガタガタと揺れ出したので、「地震が来たな」と思いましたが、なかなか揺れが収まらず、どんどん揺れが酷くなってきたので出口を確保しなければと思い、同行していた商社の人と二人で玄関のガラス張りの大きなドアを開けて外に出ました。だだっ広い会社なので上や横から何かが落ちてくる心配はなかったのですが、生まれて初めて味わう大きな揺れに「とうとう来たか」と思うと同時に、どんどん激しさを増す揺れに対して恐怖を感じました。そのうち肚の中から『霊止乃道』の御著書に書かれている「御眞言」が湧き上がってきて自分が安定してくるのがわかりました。冷静になって周りを見渡すと、事務所や工場の中からダーッとたくさんの人が出てきて、悲鳴を上げている女性や腰が抜けたようにしゃがみ込んでしまっている女性が多く見受けられました。
最初の長い揺れが収まり、会社や家族に電話で連絡を取ろうとしたのですが、全く繋がらず、メールはしばらくしたら使えるようになり、MRT中野の親しいアプリカントへ安否確認のメールを送ることができました。これは後でわかったことですが、ドコモの携帯を持っている方からは比較的早く「無事だ」というメールの返信が来ましたが、ドコモ以外の携帯を持っている方には私のメールがすぐに届かなかったようで、何時間も後に無事の返信が来ました。また、携帯からの電話も繋がらないからといって一度で諦めずに、何度も掛けていると突然繋がることが何度かありました。
地震直後は激しい揺れのために地面から土埃が舞い上がって茶色い靄が掛かったようになり、大勢の従業員や出入りの業者の方も入り混じって、「えらいことになったぞ」と騒然とした雰囲気になりました。カーラジオでおおよその情報は入ってきましたが、何度か訪れたことのある会社にもかかわらず、そこの地理を良く知らなかった私は津波が心配になり、同行していた商社の人に「津波は大丈夫か、海からどれくらい距離があるのか?」と確認したのですが、「海からは距離があるから津波は大丈夫」といった大雑把な回答しか得られず、これからは自分の行く場所の海からの距離や標高などは、おおよそ把握しておくべきだと思いました。
その後も、大きい余震が続いておりましたが、同行していた人は「仕事を続ける」というので仕方なくその人の車に同乗して他の会社を何件か回りました。しかし、まともに仕事をしているような会社があるはずもなく、挨拶をしてそこの被害状況などの確認をするぐらいのことしかできませんでした。
そして、訪問を予定していた会社を一通り回ったので、同行していた人の会社に行くためにつくば市へ向かいました。私はそこに自分の車を停めておいたのです。道中、竜ヶ崎市内は停電で信号機が全く機能しておらず、ところどころ一部の交差点だけ警察官が交通整理をしているような状態で、ほとんどの交差点では他の車の様子を見ながらそろりそろりと交差点を渡ることになりました。そのとき、私は運転しておりませんでしたが、こういうときにこそ、中真感覚が活きてくるのだなと観じました。
また、車から見た町の様子はあれだけ酷く揺れたにもかかわらず、大きく建物が損壊したようなところはありませんでした。二〇〇八年に起きた中国四川省の地震は、今回の地震と比較するとかなり小さい地震であったにもかかわらず多くの建物が倒壊したことを聞いておりましたので、日本の建築技術の高さに感心致しました。


◆地震の後、大渋滞の中、無事に東京へ戻ることができた

夜の七時頃にやっと自分の車に乗り込み、途中で食糧を買い込んで東京を目指して走り出しましたが、道路はものすごい渋滞で、普段でしたら五分ほどで走れる距離を二時間以上もかかってしまうようなところもあり、東京都大田区にある会社に戻るのは何時になることやらとうんざりしました。
こんな状況の中で一人車を運転していても、MRT中野や他オフィスの親しいアプリカントの方々とのメールのやり取りはできましたので、それらの方々との一体感が感じられ、大変な状況下だということには変わりはありませんでしたが、孤独感や不安感を感じるようなことはなく、仲間の存在のありがたさを感じました。そして、途中二度ほど休憩して、次の日の昼の一二時頃無事に会社に帰着することができました。

◆地震を通して、多くの気付きを得て、守られていることを実感する

帰社途中、いろいろな気付きがありました。一つは私の車に関してですが、この地震が来る数ヵ月ほど前から、高速道路走行中に車のタイヤがパンクする、あるいはトランスミッションが不能になってアクセルが効かなくなる、一般道路を徐行中によそ見が原因でガードレールの柱に車をぶつけるなど、故障や事故が続いており、その都度パーツの交換修理をしておりましたことから、これらの出来事が目の前の危険を知らせる予兆であったのだと観じました。
また、地震があった当日の出発時、燃料メーターを見るとガソリンは三分の二ぐらいは入っており、いつもの私でしたらそのまま出発してしまうところなのですが、その日は珍しくスタンドに寄って満タンにしていたことなどが思い起こされ、被災に合わせて車のメンテナンスをしていたのだなと観じました。まだまだ霊止乃道を歩むのに地に足が着いていない状態で守行の足りない私ですが、守護乃神霊が守ってくださっていることが観じられ感謝の念が湧き上がりました。
振り返りますと、帰社途中に短い仮眠を二度取りましたが、深い睡眠を取ることはできず気分が高ぶっているような感じで、夜通し車で走っていたにもかかわらず走行中もあまり眠くならなかったことに気付きました。
運転中は空腹感もあまりありませんでしたが、体力を落としては良くないと、頭を使って無理して食べて、かえって身体の調子を悪くしてしまいました。このことから、今回は大きな事故には至りませんでしたが、もっと切羽詰まった状況になったときに感覚基幹ではなく頭脳回路を優先して使ってしまうと、命を落とすことになりかねないことが観えて参りました。
後日、『旧一門会』の集まりがあり、師尚よりお話を頂く機会を得ました。そのときに「被災直後はアドレナリンが分泌されてしばらくは食わず眠らずでも身体が動く」と御教え頂きました。平時とは違う感覚基幹の働きを識ると共に、人体の完全性に感服致しました。

◆震災後、無事にMRT創立三〇周年記念式典に参加できた

車中ラジオでは、地震の影響で津波が発生してたくさんの方が亡くなり、また一時期交通機関も麻痺していることを聞いておりましたが、何の不安を感じることもなく、二日後のMRT創立三〇周年記念式典に無事に参加することができました。また、RT、スタッフの方々の非常に親身なるアドバイス、MRTを通して知り合った仲間の力添え、そして、後になって守護乃神霊による加被力によって守られていたことがいろいろと観えてきました。まだまだ本当に甘いですが、神顕に霊止乃道を歩もうとしている私の志を観て道を歩ませてくれていることを観じます。
今回震災の影響で非常に困難な状況の中で式典に参加された方、あるいは参加できなかった方々からも、私に代わって困難な状況の中での中真感覚の使い方を身をもって見せて頂きました。それらの方々の体験談をお聞きすると、まだまだ自分には隙が多く、自分に甘い部分もあることが観じられ、もっと気を引き締めて霊止乃道を歩んで逝かねばならないことがわかります。
今回の震災を無駄なものにすることのないよう同志及び自分の体験をしっかりと中真に納めて参ります。また、これからますます激しさを増すであろう地球の大変化に対し物心両面において備え、霊止に変容するべく歩んで逝く所存であります。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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