体験談のご紹介

最新の体験談

人智の及ばない力の影響を感じた、中真道講話の帰路での「出来事」

  • ( 43歳 男性 H.O.)
  • 掲載日:2010.06.23

◆その日の「出来事」の流れ

①今年の4月5日土曜日、MRTでの講話終了後、車で帰路につき、途中から高速道路を利用して、インターチェンジで降りた後、10分ほど国道を走らせた頃、タイヤと路面の音が少し大きくなったのを感じました。

 最近の道路は、速度が出そうな箇所の路面に凹凸を設けてあったり、また路面の状況が悪いときなどは、タイヤ音が大きくなったりすることがあるので、このときも最初はそういった道路状況によるものと思い、そのまま1、2分走らせていたところ、どうも路面状況によるものではないと感じ、「タイヤがパンクしたのではないか」と急に思いつき、すぐさま車を道路わきに止めようと判断。

 車を止めようとして左前方を見たとき、すぐ路肩に退避スペースがある箇所が目についたので、そこに車を寄せて停車した。片側2車線の国道の右側を走行していましたが、車を寄せるとき、幸いにも隣の左側レーンに車が来てなかったので、すぐに路肩の退避スペースに止めることができました。

 もし車が来ていたら、もうしばらく走ってからでないと、路肩に寄せることはできず、また最初に目にした退避スペースにも当然止められなかったでしょう。国道は車の通りが激しくスピードも出しているので、退避スペースでない単なる路肩に止めるのは、危険きわまりないのです。

②車を止めた後、降りて見てみると、後部右側タイヤがペチャンコにつぶれていました。どうしたものかと思案しながら、予備タイヤに交換してこのまま家路につくか(家までは車であと30分くらいかかります)、どこかの店でタイヤ修理をするか思い巡らしていたところ、通り過ぎてきた50メートルほど後方の道路沿いに、ガソリンスタンドがあることに気付きました。

 歩いてそこに行き、事情を説明して協力してもらい、タイヤを予備タイヤに交換し、そのガソリンスタンドに車を移動させました。

③比較的大きなスタンドで、タイヤの販売も扱っていたので、そこでパンクを直せるかみてもらったところ、「(穴のあいていた箇所は)タイヤの側面と路面に接する面(溝のある面)とのちょうど境目の角に当たるところで、うまく行けばゴムと接着剤で穴を塞ぐことができますが、タイヤの角の部分なので、また裂けるおそれもあります」ということでした。

 走行中に裂けても困るので、4本全部新しいのと交換してもらうことにして事務所で待つことにしました。

④事務所で待っている間、ここまでの一連の出来事を思い返しながら、タイヤ音の異常に気付いてから、何事もなく冷静にきて、そんなに大事には感じなかったのですが、ふと、どれかひとつでも間違っていたら大変なことになっていた可能性もあるな、という思いが頭をよぎりました。

◆そこから気付いたこと

①大事に至らなかった事情がいくつも重なって、ひとつでも違っていたら、大きく違った展開になったであろうこと、また事後処理の流れの良さにも、いろいろな事情が重なったと感じます。

・ ちょうど高速道路をおりた直後の国道でしたが、これがもし高速道路だったら・・・。
・ パンクに気付いて車を止めようとしたときに、すぐに路肩スペースがあったこと。また、止めようと思い立ってハンドルを切ろうとしたときに左側レーンに車が通っていなかっこと。
・ ガソリンスタンドのすぐ近くであり、かつ営業時間内であったこと。(午後九時少し前でした)
・ パンクが後部タイヤであったこと。前輪だったら、パンクした瞬間にハンドルが取られて危険な状態になった可能性があります。
・ タイヤの異常音にすぐに気付いたこと。いつもは車を運転しながらテープやラジオを聞いたりしますが、このときは何もかけておらず、外部音が聞きやすい環境でした。車内で音を鳴らしていたら、振動音で気付く可能性はあるものの、気付くのは多分遅れたはずです。

②タイヤを全部新しいのと交換するということを修理の人に言った後、交換費用の約3万5千円があったかどうか不安になり、財布をとりだして確認したところ、約4万数千円ありました。

 ふとその日の朝、家を出る前のことを思い出すと、財布の中が2万数千円でした。とりたてて大きな出費をする予定もなかったので、追加しなくてもいいと考えて、一旦財布を閉じましたが、直後に、「入れるだけ、入れておこう」ということで2万円追加して入れていました。

 ちょうど、この何げなく財布に入れた追加の分があったので、タイヤの代金を支払うことができ、さらに当初の予定だった、その後の本屋での買い物もできました。

 多すぎもせず、少なすぎもしないその金額に気付いたとき、まるでその金額が必要になることを、あらかじめ承知していたかのような感じがよぎりました。

③この日のちょうど一週間前、冬用のスノータイヤを普通タイヤに付け替える作業をするにあたり、普通タイヤが4本ともかなり擦り減っていて、新しいタイヤを買うかどうか迷いました。しかし、まだ使えるのに換えてしまうのはもったいないという思いもあり、もう一シーズンだけ使おうと考えて、今までのタイヤを装着していました。

◆先の危険を、最も安全な形で回避

 結果を振り返ってみると、何らかの働きかけによって、ほぼ強制的にタイヤを新しいものと交換させられた。しかも最も安全な形で、という感じがしています。

 もしタイヤの溝の面に穴があいていたら、修理のみで交換することはなかったでしょうし、側面であればタイヤを交換することになったでしょうが、逆に走行中により危険な状態になっていた可能性があります。

 また、もしタイヤがこのときパンクしなかった場合や、お金が足りずにタイヤ交換しない、あるいは4本全部を交換することをしなかった場合、そのまま古いタイヤを装着して、以後車を走らせることになっていました。

 今までのタイヤをそのまま装着していたら、将来起こりえたであろう何等かのアクシデントを、未然に防止するためにこのタイヤ交換に至ったという流れに気付きました。

 したがって、パンクの箇所、パンクした時期、時間、その他全ての事情が総合し収斂して、タイヤ交換というひとつの行動、結果を生ぜしめたということも言えますし、逆にひとつの要素でも違った形になっていたら、同じ結果になっていたかどうか?ということも言える訳です。いずれにせよ、このようなことは頭で考えては絶対にできないことです。

◆感想:人智の及ばない力の影響

 この一連の出来事が、自分の中真からの働きかけによるものであるか、あるいは何かに守られた形で成り立ったのか、もしくはその両方にかかわるものなのか、実感としてはハッキリとこれだというものはありませんが(何となくそうかな、という思いはあります)、少なくとも、「自分の頭で考える」という次元では、絶対に対処することは不可能であることはハッキリと納得できるものでした。

 日常の出来事の中でも、これは人智の及ぶ範囲ではない、ということが最近ときどき見えたりして、以前とは少し違った認識になってきました。

 この出来事で特に強く感じたのは、財布へのお金の補充という行為で、一見何の関係もない自分の行動が、将来の出来事を先取りしている、あるいは準備しているように見える現象で、このようなものがひょっとしたら意識の働きと言われるものなのかも知れません。

◆意識が行動として顕れる

 この後、一度だけこの「行動の先行性」とでも言うような出来事がありました。

 ある朝、会社へ出かけようと、玄関のドアを閉めたその直後、何も思わずに、カギをまた開けて部屋の中に入っていく行動をとっていました。

 カギを開けて玄関に足を踏み入れた直後、頭に「ストーブを消し忘れたかも知れない」という思いが湧いて来て、中に入って見てみたら、本当にストーブのスイッチを消し忘れていました。

 このとき、「ストーブを消し忘れたかも知れない」という考えが先にあって、その目的のためにカギを開けたのではなく、何も思わずにただカギを開けて中に入ろうとする行動が先にあり、その一瞬後に「何か忘れ物をしたか、消し忘れたか」という思いが後から出てきたものです。

 ですから、カギを開けてドアを開けて中に入ろうとするまで、自分自身が何でこんな行動をとるのかな、と思いつつ動いていました。

 こんな感覚の行動は、今までなかったので、少し戸惑ったのですが、先ほどのタイヤのパンクのことを思い出し、「このようなことがあるのだな」と感じがしました。

 今まで自分の意思で行動してきた、と思っていたものが、実はそんな自分の意思とは関係なく、もっと深い別のレベルにおいて行動を起こさせるものがあって、それによって人は行動している、ということの一端を体感した感じがします。

 何かをしようという「想い」の前に、すでに「意識」が働いているということが、実感として少し感じられました。

◆道術でも感じていた、「意識が先」

 これと良く似たことで、道術のときの体験を思い出しました。中真を取られて、「中真に来た」という感覚と共に、自分の身体が動き出しますが、これも「中真に来た」と感じた後に動くのではなく、「中真に来た」と頭で思い始めたときには、既に身体は動き始めています。「感じ」が頭に浮かんでくる前に、すでに勝手に身体が反応しているということが、道術のときにはよくあったことを思い出しました。

 霊的感覚というものについて、自分はきわめて鈍感なほうであると認識していたので、意識とか霊と言われても、今一つ実感としてよくわからないところがあったのですが、これらの体験を通して、少しだけ気付きました。

 霊的というのは、一般にイメージされているような幽霊的なものではなく、もっと何げなくさりげなく顕れるものであって、頭で考えたのではない行動をしたときのような感じが、ひょっとしたら霊、意識というものに関わるポイントではないかという感じがします。

◆「何かに守られている」ことを実感

 タイヤパンクの出来事が、「事件・事故」という結果によるシミュレーションではなく、単なる「出来事」によるシミュレーションになったということは、いわば「大難が中難に・・・小難が無難に」といったことの顕れでもあるのではないか。これを思うと、やはり、「守られている」のかな、と思うと同時に、「守られていなかったら死んでいるな」ということも実感として湧いてきます。

 現に、今まで運転中の居眠りでヒヤッとする場面が何度となくあり、そのどれもがひとつ間違えると大きな事故になりえたことを考えるとき、自分の意思だけでは到底安全に生きていくことはできないことを思わざるを得ません。(この部分につきまして、内海先生より「危ないからヒヤッとするのではなく、霊が知らせるためにヒヤッとしているのである」とのご解説を頂いております)

 あの日は、タイヤ修理の後、帰り道にある本屋に寄って本を買って帰宅しました。一見、いつもと同じように何事もなく普通に帰宅した感じですが、実際は、特別なことが起こりえた要素をはらんでいた。

 このことを思うとき、日常の何げない出来事の中においても、常に大事が起こりうる要素が背後に存在していて、それらを確実に回避して生活していっている。それだけで、ある意味すごいことだと思いました。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

よく読まれている体験談

東日本大震災に関連する体験談

体験談の検索

体験談のご紹介

  • 体験談のご紹介
最新の体験談
692件の最新の体験談をご紹介します。
体験談の検索
登録されているすべての体験談を、キーワードにより検索できます。
良く読まれている体験談
体験談の中でよく読まれているものをご紹介します。

関連する情報

こんな方にお勧めです
過去38年以上の治良実績から、難病、奇病、精神病など、ありとあらゆる病気・症状の多くの方が来訪されています。