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日常で中心感覚を使う重要性を実感。MRTに通うことが生活の一部になりました

  • (MRT梅田 48歳 男性 H.O.)
  • 掲載日:2010.06.23

◆呼吸法により、下腹部に熱感、不快感が発生する

 私は、以前から、中国の仙道の概念や道(タオ)の思想が好きで、それらに関する行法として、呼吸法などをやっていました。

 しかし、その行法を続けているうちに、下腹部に不快な熱感や違和感が出てきました。その行に関する説明の中では、「行法を行って発生した熱の塊を意識でコントロールしていく」とあるので、最初はこれで良いはずだと思っていたのですが、次第にそれらの不快感が非常に気になってきました。

 ちょうどその頃、内海先生のご著書『「仙骨」に無痛ショックを与えると病気は消える』を書店で見付けて興味を持ち、早速MRT梅田で治良を受けることにしました。

 初めて治良を受けた日、帰宅してすぐに、尾骨の部分が痛くなり、その後、熱を伴った痛みが断続的に起きました。特に腰を曲げようとするときに痛くなることが多く、その瞬間は身体を動かせないほどでした。しかし、気分的にはそれほど不快に感じませんでした。

 私はMRTを受ける2年ほど前に、スキーで転んで、お尻を強く打ち、尾骨にヒビが入ったことがありました。MRTに来る前は、その尾骨の痛みも全然なかったので、もう治ったものだとばかり思っていました。

 しかし、MRTを受け、また同じ箇所が痛み始めたのです。最初は「スキーの打撲がそんなにひどかったのかなあ」という程度に考えていましたが、あまりにも長期間痛みが続くので、それ以前を振り返ってみると、やはり思い当たることがありました。私は小学生の頃に鉄棒で遊んでいて、飛び降りたときに尻餅をついたことが何度もありました。

 今考えると、そのときに尾骨に非常に負担がかかっていたのだと思います。そしてMRT治良で、仙骨が動き出したことにより、小学生の頃まで戻って、逆行として現れたのだと思います。

 その断続的な痛みは、その後約2年もの間続いてから、ようやく収まりました。

 尾骨の痛みの他、喘息の逆行も出ました。私はMRTを受ける5、6年前に喘息の症状がひどく出たことがありました。

 そのときは、薬を飲んで症状は収まっていたのですが、MRTを受けるようになってからのある日、突然、喘息の症状が出て、朝方の約1時間、呼吸困難の状態を何度か繰り返しました。そのときは、自分でも逆行現象だと自覚していたのですが、それでも非常に辛かったことを覚えています。

その他にも、十二指腸潰瘍の痛みや、捻挫したときの痛み等、思い出せないくらい、たくさんの逆行がありました。

◆肉体的な逆行の後に、昔の境遇、意識を思い起こす

 私の場合、実際に逆行が出ている最中よりも、逆行が収まってから、「この痛みは、あのときの逆行だ」と確認することが多くあります。そして、そのようなときは、肉体的な症状、痛みだけに目が行くのでなく、自然と傷めた時期の自分の境遇や意識も思い起こすようになります。

 痛みや症状は辛いものですが、その時点で外に向いていた意識を内面に向けさせる、良いきっかけであると思えるようになりました。

 そして、もっと広い目で見ると、身の回りに起こる全ての現象がそうなのだと思います。

今でも、時々、逆行で発熱し、このときはボーッとした感覚になるのですが、その状態が心地良く、自分では結構気に入っています。

◆ケガをしたから不自由になったのではなく、元々、自分の中にあったものが現象化しているということに気付く

 私は、小学生のときにケガをして以来、右足に義足を履いています。それが原因で、学生の頃は非常に力の入った自意識を持って生きていたように思います。

 「自分の足が悪いのを人に見られたくない」、「他人と同じようにできるんだ」、「ハンディがあるということで、特別扱いされたくない」という思いで、学校の体育の時間なども、足が痛いときでも、我慢して、皆と同じようにやっていました。

 社会に出てからも、仕事や社会の仕組みがある程度わかってからは、専門知識や得意分野を身に付けて、バリバリと仕事をこなすのを是として、そのように仕事のできる人を評価し、色々と屍理屈をこね回していました。 ただ、その間でも、精神的なものや、道というものには興味があり、色々とかじっていて、それがMRTへの一つの伏線になったように思います。

 今になって、その頃の自分の内面を振り返ってわかったことは、周りの目を意識しながらも、他人を受け入れようとせず、自分を疎かにしていたということです。自分では他人に頼らず、独力でやっているつもりでも、実際は周りに迷惑や心配をかけてしまい、結局は他人に依存してしまっていたのです。

 ここまで文章を書いてきて、このようなかたく頑なで不自由な意識というものは、実はケガをしたからではなく、それ以前より、自分にあったから、そのような生来の意識が現象として現れたのだと気付きました。

 今は、以前ほど肩に力が入らず、自分の意識に従って、行動がスムーズにできるようになりました。精神面では、意識の中で何か引っかかりがあったときに、その不自由さをはっきり感じられるようになりました。

◆道術の稽古を通して、日常生活での気付きが早くなる

 現在、私は『ZERO中心会』と、MRTで開催される『中心感覚の学び』に通い、道術の稽古をしています。

 最初の頃は、MRTを病院の代わり程度にしか考えていませんでしたので、道術のことを聞いても、何か武道のようなイメージがするだけで、治良とは全く関係のないことだと思っていました。しかし、治良に通ううちに、道術にも多少興味が出てきて、稽古に参加することにしました。

 稽古に通い始めた頃は、何が何だかよくわからなかったのですが、統けていくうちに、自分の中心を取ってもらうと、とても心地良く感じることを経験しました。それは今までに体験したことのない気持ちの良い感覚でした。また、道術の稽古は、実際に自分の肉体を使って体感できるので、きれいに力が抜けているかどうかが、はっきりとわかるのです。

 治良だけを受けていたときは「RTの先生に調整してもらっている」という受け身的な概念で、意識が症状の変化に向かいがちでした。しかし、道術を始めてからは、MRTオフィスでの治良のときだけでなく、自分から積極的に仙骨に意識を向けるようになりました。そのようなときは、不思議と身体の症状が気にならなくなり、気が付くと症状が変化していたり、消えていることがありました。

 そして、次第に、日常生活でも中心感覚を使い出すようになり、物事のとらえかた、考え方が変わってきました。

 私は不動産会社に勤めているのですが、以前、スーパーを誘致するプロジェクトにおいて、2つのスーパーの会社のうち、どちらを推薦するかということで、会社の上司と意見が食い違ったことがありました。

 そのとき、上司は人間関係(情の部分)を重要視し、A社を推していたのですが、私は客観的にその会社を見て、誘致することが不安でしたので、別のB社で押し通そうとしていました。お互いに言いたいことはよくわかっていましたので、感情的な対立はなく、業務上、どのように進めていくかという葛藤がありました。

 そのような状態が1ヶ月ほど続き、私はそれ以上自分の意見を主張し続けることが精神的に重荷に感じるようになりました。そして、「もうこれ以上自分の意見を押し通すのはやめよう。方針を上司にまかせ、その中で自分の仕事をしていこう」と意識を切り替えました。

 それまでの「何とかしよう。自分の主張する方向へ持っていこう」という想いの力がふっと抜けたとき、事態は新たな展開になりました。最終的には、お互いが推していたA杜でもB社でもない会社を選ぶことになり、それが結果的には最善の展開となったのです。

 道術の稽古で腕を掴まれた場合、自分で無理に動かそうとすればするほど、自分の方が不自由になりますが、自分が力を抜き、ゼロになると、相手が自然にスーッと動き出します。

 前述で「B社で押し通そう」という想いの力が抜けたときは、まさに道術で身体の力が抜けたときと同じ感覚でした。

 また、他にも似たような経験が私の父親との関わりでもありました。

 私は家族にMRTのことを一切話していなかったのですが、今年の6月に実家に帰ったところ、以前から糖尿病だった父が、今では失明寸前の状態であることがわかりました。

 以前の私であれば、ここで父親をMRTに誘っても、なかなか受け入れられないのではないかという考えになっていたと思います。しかし、父がどう思うかということに比重を置くのではなく、自分が今までの6年間、坦々とMRTに通って確実に変化している事実に目を向けるように意識を切り替えました。そうすると、自信が持て、自然に説明することができました。そして、父からは意外にも「1度行ってみる」という答えがスンナリと返ってきたのです。

 その後、父はMRTと並行して、眼科医の治療に通い、手術も受けました。以前でしたら、「せっかくMRTに来ているのに手術なんて...」という思いにもなったと思います。

 しかし、今では、行動の是非は全て自分が選択して決定するものだと思い、余計な心配をしなくなりました。

 私が、この一連の流れの中で感じたことは人を言葉で無理やりに説得しようとしなくても、自分が理解していれば、伝えるべきことはきちんと伝わるし、何よりも自分が楽であるということです。

 このように、道術で学んだ感覚を日常の中でもっと使えるようになりたいと思います。

 最近では道術を通じて、親しい友人達が出来ましたし、何よりも道を求めるという共通のものがあるが故に、会話をしていても、お互いの中心に響いているということを感じます。

 言葉ではうまく表現できないのですが、以前は、MRT治良を受けても、ただアジャストしてもらっているだけという感覚でした。しかし、今ではその一秒が非常に重要なものに感じられるようになりました。それは、細胞がちゃんと、自分のために何が大事であるかを知っているからだと思います。

 私が、MRT治良、道術に通い、症状が良くなっても、MRTに通うことをやめようと思わなかったのは、そのためだと思います。

 このように、MRTに通うことは自分の生活の一部となっています。これからも、より自分の理解を深めるために、MRTと関わっていくことになりそうです。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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