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原因不明の『リント症候群』に数十年間悩まされた私が、MRTに出会って母親と共に得た自由自在への道

  • (MRT梅田 58歳 男性 I.S.)
  • 掲載日:2010.06.28

◆発端は柔道部のケイコで意識不明になったこと

 MRTに出会うまでの数十年間、私が悩まされ続けていた『リント症候群』ですが、発病したのが20か21歳のときでした。

 私は大学時代に柔道部に入っておりまして、あるとき、風邪でかなり体調が悪かったのに、合宿の猛練習に参加し、投げられて意識不明になったのです。一晩くらいは意識が戻らず、どんな状況だったのか全く記憶にないのですが、記憶が戻ってからは、風邪のような症状が一層ひどくなって、前頭部が締めつけられているような状態になりました。喉の上の方から、タンと鼻汁が出てきて、「何かおかしいな、はやく休まないといけないな」と思いながら合宿を終え、阪大病院で全身を診てもらいました。そこでは「鼻に少し異常はあるが、たいしたことはない」ということでしたが、頭は痛いし、何の意欲もわかず、今までに感じたことのない、けだるい身体の状態でした。

 それで、鼻の骨と粘膜を削る手術や、蓄膿の手術も受けたのですが、全く良くならずに、身体は一層悪くなっていって、本当にもう地獄でした。いつも熱っぽくて前頭部が痛く、何ごとにも集中できなくなり、頭を押さえながら本などを読もうとするのですが、もう、全然読めなくて...。

 ともかくこの状態では就職することもできないということで、大学を1年留年することにしました。それから後は、家業の酒屋を手伝っていたのですが、いつも頭痛がしていて、頭を押さえながら店番をしておりました。

 そんな状態が30年近くも続いたのです。

◆大学病院で診断名は付いたが、治療の決め手はないと言われる

 その間、大学病院へ通いながらも、ありとあらゆる療法を試しました。そして、発病して8、9年目くらいに、色々な神経症状があるということで『リント症候群』と診断されたのですが、「治療法に決め手がないので、患部の治療だけをする」ということでした。

 しかし、それからも回復の兆しは見えず、本も集中して読めないし、仕事もまともにできず、「このまま廃人への道を進んでいるのだろうか...」と、不安はつのるばかりでした。

 鍼治療に通っていたときなどは、鍼の先生から「あなたの身体は(悪いところだらけなので)どこへ刺しても正解だ」などと言われていました。また、友人の紹介で、断食道場に行き、断食を2週間したこともあります。

 あれこれ治療法を試し、痛みは1ヶ所から散るようになったのですが、熱っぽいのは少しも変わりません。胸が締めつけられるようになったり、気管支炎を起こしたり、下痢になったりして、いつもけだるさが取れませんでした。

 それからヨガをやりまして、若干は「変わったかな」という手ごたえはありました。しかし、それも根本的なところではまったく変わらず、結局は延々と、治療所通いを続けていたのです。

◆MRTに出会い『仙骨』の文字を見て「これだっ!」と確信

 そんな私が1988年に、とうとう内海先生のご著書に出会いました。書店で『仙骨』の文字を見たとたん、「これだっ!」と思い本を買いました。

 初めてMRTを受けた直後はまるで記憶が途切れてしまったように頭がボヤーンとして、自分の名前もわからなくなるほどでした。

 劇的だったのは、今までどんな治療法でも取り切れなかった頸椎(首の骨)の堅くなっていたところが、リーディングを受け始めてから3週間くらいに、自然に動いてきたことです。色々な治療の先生が、あれだけ難儀していたカチンカチンの首がほどけてしまうなんて、本当に「これはすごい!」と驚くばかりでした。

 それと、逆行についてですが、リーディングの直後、あちこちの痛みが極端なかたちで瞬間的に出るのです。これまでに持っていた色々な症状が出てくるのですが、お昼頃にリーディングを受けて、夕方6時くらいには、その痛みがスーッと消えるというパターンでした。

◆一緒にMRTを受けていた母の姿を見て、仙骨と法則との関わりを実感する

 また、一緒にMRTを受けていた母のことなのですが、母は、膝が痛むので光線療法を自宅でしていたのですが、MRTに通うようなってからは自然にやらなくなりました。そして、「もうMRTだけでやっていく」ということで通い続けていましたら、肩の脱きゅう癖がなくなりました。MRTを受ける前は1年に1回は肩の脱きゅうをしていましたが、リーディングを受けるようになってから86歳で亡くなるまで、一度も脱きゅうすることはありませんでした。

 それと、痛みはないけれど膝の動きが悪くなりました。これは「これ以上動いてはだめだよ」ということを身体が指示してくれていそて、自然の添え木となってくれていたのですね。

 次に劇的だったことですが、母が店番をしながら「あっ!!今、頭が空っぽになった」と言ったのです。そのときに、ある先生の本の中に書かれていた、その方が覚者になられた瞬間の様子と、母の様子とが重なったものですから、「うちの母親も覚者への入り口に入れたのかな」と思ったのです。これはもう、MRTで仙骨を調整して頂いてきた結果、こういう境地に入れたのだということは、確信が持てました。

 月刊MRT83号の巻頭のところで、内海先生が『仙骨は宇宙の法則の形態的な表現である』と書かれていたのを見て、「仙骨を法則に則って調整し終えたときには、覚者のような境地に入れるのだな」ということを思いました。ですから、母はMRTにお世話になりながら導いて頂けたのだと思います。

 本来なら年寄りに死ぬ話なんてあまりしないものですが、うちではよくしていました。それに晩年母はよく、「何を見てもきれいで、何を見てもいいという感じがする」と言っていました。ですから、最高の状態で母親は向こうに逝けたと思います。「死の恐怖もない」と言っていましたから...。

 亡くなる前は3日間、意識不明でしたけれど、親戚一同とお別れができましたし、母親が亡くなりました後、ご近所の皆さんから「お母様にあやかりたい」と、うらやましがられていました。

 私のMRTを受ける間隔は、元気になった今でこそ、2週間に1度になることもありますが、母が生きていた頃は毎週お世話になっていました。それで母に「私の身体、変わったなあ」と言ったら、「本当にそうだね、傍から見ていてもわかる、前とは動きが違う」と、涙ぐんで喜んでくれました...。私も母親が亡くなっていくまでに、そういう姿を見せることができて、「母を安心させられて、良かったなあ」と思うのです。

◆今、内海先生のお言葉をヒントに変わっていく自分...

 一方、私自身の体調のことですが、しょっちゅう症状は出ていますが、この症状が自分に自覚を持たせてくれていると思っています。先週の土曜日、満月の前後も、逆行がかなりきつかったのですが、「きてくれたなら、そのまま出していればいい」と感じていました。

 昔は頭には響かなかった『センコツくん』も、今は前頭部(蝶形骨)のところに響きます。今からすれば、「あの合宿で頭を打ったのは相当仙骨にダメージを与えていたな」と、思いますが、それがMRTへ来るもともとのきっかけとなってくれたわけです。遠回りでしたが、その間に色々なもの、大切なものに触れられたし、「辛さを知ってまた感動があるのだなあ」なんて思ったりして...。

 「これからまた、もっと自由自在にできるようになる」という期待はあります。それと、今年になってから何とも言えない幸福感がありますので、このままいったら、母親と同じ境地のところまでいけるのではないかな、と思ったりしています。毎月墓参りに行っていますが、「母親との来世での縁結びの下地作りかな」などと半ば思っているのです。

 今は、内海先生のたくさんのお言葉からヒントを頂いて、それがまた支えとなって自分を変えていくという感じです。そして、リーディングを受けて、仙骨の状態を最高に整えていくことを基本としておりますので、これからもよろしくお願い致します。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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