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本当の自分を出したくて、MRTへ行くと決める

  • (MRT梅田 51歳 女性 M.B.)
  • 掲載日:2010.06.28

◆「精神的に変わるのよ」の一言で、MRTに行くことを決める

 妹の「MRT治良を受けると精神的に変わるのよ」の一言で、MRTに行くことを決めました。当時の私は「精神的に何とかなりたい、本当の自分を出せるようになりたい」という気持ちが強かったのです。

 初めてMRT治良を受けた後、「しまった」と思いました。治りかけていた喘息に似たセキが、大変ひどくなってしまったのです。しかし、それは一晩だけで納まりました。

 そして、2回目の治良の後に、耳から膿が出ました。小さい頃から、内耳炎・中耳炎・外耳炎をしていて、耳の聞こえが悪かったので、それに変化が出てくるかもしれないと、初回時の心配は期待に変わりました。

 初回から2年後に、病院で肝臓がB型肝炎であるということと、腎臓の方は、尿がほとんど出なくて透析寸前であると診断されました。私は、病院に行かずにMRTでやっていきたいということを、主人に相談して承諾してもらったので、今まで家庭の事情で、なかなか思うように通えなかったMRTにも、週に1回は定期的に通えるようになりました。この件は、私が本格的にMRTに通い始めるきっかけとなりました。

◆糖尿病の合併症で入院、医者を否定する気持ちが偏った考え方だったと気付く

 94年に、糖尿病と診断され、血糖値が高いときは500以上ありました。このときの検査では、肝臓の方の数値は良くなっていました。腎臓の方は、あまり改善されていませんでした。

 その後、98年の9月から99年の1月まで糖尿病の合併症で入院していました。このときには、肝臓の数値は、正常値になり、腎臓の方も改善されてきました。1回に全部の逆行を出すと、耐えられないので、自分の身体は、逆行を小出しにして身体を守ってくれているということを実感しました。実際にお医者さんも、「肝臓と糖尿を、一緒にやっていたら大変だった」と言っていました。

 と言うのは、今回の入院は、脳梗塞も起こして緊急入院の形になったのです。その後、50日間、血圧が高くて一歩もベッドから降りられない状態が続きました。

 50日目に、逆行でセキがひどく出ましたが、お医者さんは逆行とわからないので、抗生物質が入った点滴を打つことになりました。看護婦さんが、私の腕の側に点滴を近付けただけで、凄く嫌な感覚があり、病院の先生にそれを訴えましたが、根拠がないということで認めてもらえませんでした。

 しかし、その晩、20~30万あった血小板が、一気に1万2千になってしまって、全身の血管から血液が滲み出ている状態で、悪寒もひどくなりました。病院の先生も慌ててしまって、私が、嫌がっていた薬に対して異常な反応を示すということも、わかってもらえました。

 そういうことがあって、今では先生と何でも話ができるようになり、薬が必要ないときは「必要ない」と言ってくれる先生だとわかったので今は安心しているのです。

 以前は、父が医療ミスで亡くなったこともあり、完全にお医者さんを拒否してしまうようになっていたのです。ですから、入院そのものも、直前まで嫌で嫌で仕方がなかったのですが、今回のことを通して、今では良かったと思えるようになってきています。

 今回の入院で、病院の仕事において、真剣に取り組んでいる人、そうでない人、どちらも呼び寄せているのは、自分自身であるということを実感し、お医者さんや病院を頭から拒否することが、すでに中心を外しているということに気付いてきました。

 MRTの治良を長年受けてきたためだと思うのですが、入院中の私には、普通と違う変化が出ていました。その一つは、入院のきっかけとなった脳梗塞の症状で、左半身が動かなくなり、それで右目が動かなくなるのは普通のことですが、私の場合、左目が左側に動かなくなり、お医者さんも首をかしげて、たくさんのお医者さんや研修医が私のところに見にきました。

 また、入院時の検査で眼底出血があり、普通は出血範囲が広がるのがほとんどなのに、退院間際の検査では出血範囲が小さくなっていました。

 他にも昔のように、セキが出たり、色々な逆行を経た後に、去年くらいから身体が変わって、状態が凄く良くなってきました。背中に重いものを背負っていたのが、なくなったように感じて、本当に楽になりました。

 しかし、ここまでひどい状態になったのは、理解に繋げることをあまりせずに、なんとなく過ごしてきたことが原因で、自分では忘れてしまっていることでもやっぱり自分に返ってくるということを改めて実感しています。

◆退院後、自分を中心にして初めての1人暮らしをする、家族皆の関係が良くなる

 また、退院後には、1人暮らしを始めて、自分の環境を整えることができました。独身のときから、ずっと1人暮らしにあこがれてきたのですが、家族が多くて、自分の経済力はなかったし、親は認めてくれなかったので、それができなかったのです。今は1人暮らしを楽しんでいるし、入院中は、あまり通えなかったMRT治良にも毎月2回は通っています。本当に全てが自分の時間みたいに感じます。

 そして、この入退院がきっかけで、家を離れて子供達が、それぞれ自分の生活を守っていけるようになったと思います。自分だけではなく、家族が皆良い形になりました。1人暮らしをすることに関しては、主人にも反対されずに、「今までよくやってくれたから」とすんなり承諾してもらいました。主人とは、たまに会うのですが、以前よりも会話ができるようになって、お互いに気持ちが通じるようになりました。

 息子の方は、広島県の呉市の大学に通い、娘も就職して家にいますが、子供達には自由にそれぞれの道を歩いていってほしいと思います。

 私にも子供にも、皆にとって良い環境が整い、本当に感謝しています。本当の意味での家族を作っていくための土台ができつつあり、凄くうれしいことです。

◆「自分があって周りがある」と気付いて、自分自身の自由自在性が広がっていく

 12年もMRTを続けていて、自分の頑固な面がやっと認められるようになりました。 本当は繊細で神経質な面があるのに、「私は呑気で図太い」と思い込んでいたのです。

 また、本当の自分の気持ちを、「こうでなくてはならない」とか「善悪」の既成概念で、押さえ込んでいたので、何かを選ぶことが、大変苦手だったのです。

 そういう不自由な自分は、死ぬまでに捨てることができれば良いと思っています。そしてゼロになって自由自在になり、本当の自分で生きていけたら良いなと思います。

 最近の身体の変化では、糖尿病の数値は、現在食後2時間で230~250くらいになっています。腎臓の方は尿にタンパクも出なくなりました。耳の方も、以前はなかった耳鳴りがあり、耳に変化の兆しを感じます。

 また、お薬の方も、少しずつ減らして、そのうちに必要なくなる感じがするのです。そうなれば、本当にうれしいですし、病院にも行かなくて良くなります。

 病院では、患者さんの言うことはあまり聞いてもらえないのですが、自分が自分のあるがままを言えば良いのではないかということに、最近気付いてきました。

 いつも、RTの先生にお話し頂いている、「結局、全部自分なのです。自分があって周りがあるのです」ということが少しずつわかってきました。色々なことがあったけれど、結局、全部自分に返ってくるのですね。そういうことに気が付いて、本当に、この入院は良い勉強になりました。これからも、理解をもっともっと広げていくようにしていきたいと思います。

 今は、MRTに出会えたことを、本当に感謝しています。内海先生、林先生・諸先生方、スタッフの皆様には、感謝の気持ちでいっぱいです。12年通っているMRTは、現在では、私の「基本」ですし、「土台」でもあります。これからも永遠に通っていきたい気持ちです。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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