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MRTに出会い、これまでの人生で身の回りに起きた様々な現象を理解に繋げる

  • (MRT仙台 27歳 男性 K.T.)
  • 掲載日:2010.06.25

◆背骨の歪み、足首の変形、対人関係の悩みから、様々な治療法を捜し求める

 私は小学5年生の春頃に、近所に住む学校の先輩のイジメにあってからというもの、一時期家に引きこもるようになってしまい、外であまり遊ばなくなってしまいました。また、それが原因で人見知りをするようになりました。

 それと前後するように、プロレスごっこをしていたときに腰を傷めたり、よく捻挫をするようになって、右足首が内側にねじれたように変形していきました。

 中学生になってからも相変わらずイジメが続き、特に中学2、3年にかけて精神的に追い詰められるようなイジメ(無視される)と、肉体的なイジメにもあっていました。

 しかし、学校へは行かなくてはいけないものだとずっと思っていましたので、イジメにもずっと耐えて学校に通い続けていたのでした。

 そして、この頃に両親から、背骨の歪みを指摘されました。恐らくその原因は、小学校の頃、プロレスごっこで傷めた腰をそのままにしていたからだと思います。

 医者へ行きましたが、治療はローリングベットでローラーをかけられるだけで、特に変化も見られなかったので、そのうち行かなくなりました。

 その後、高校受験に失敗し、技術専門学校に通いながら、通信教育制の高校に通い始めました。この高校では、新しい友人もできて、人と話をするようにもなり、自分のやりたいものがわかるようになってきて、無事に卒業することができました。

 しかし、まだ人見知りが激しく、人間関係ではいつも悩んでいたのでした。

 ですから、人間関係が改善できる方法や、背骨の歪み、右足首の変形を治す方法を見つけに書店に行き、精神世界の関連本や気功法、仙道、心理学、道教、哲学、ヨーガなどの本を読み実践しましたが、効果は得られませんでした。

 そして、半ぱ、諦めてどうでもよくなってきたときに内海先生のご著書『「仙骨」に無痛ショックを与えると病気は消える』に巡り会い、MRTに通うようになったのでした。

◆MRTを受けて数々の逆行を経験し、様々な気付きが広がる

 初めてMRT治良を受けたときは、あまりにもシンプルなのであっけなく感じたほどでした。しかし、通い出してから2、3カ月の頃から大きな変化が出始め、やたらと眠くなり、12時間余りも眠り続けたり、腹痛と高熱が出て寝込んでしまったこともありました。

 しかし、その腹痛と高熱は、自分が昔、盲腸を薬で散らしていたことや、無理をしていたことに思い当たりましたので、「これは本で読んだ逆行だ」と思い、特に慌てることはありませんでした。両親は心配していましたが「身体を治すときに起こる現象だから、時間が経てば治るので心配しないでいいから」と説明していました。

 初めのうちは、気になっていた背骨の歪みや足首の変形にはあまり変化は見られませんでしたが、精神的には、今まで自分の人生に起こっていた様々なことに対する気付きがありました。

 たとえぱ、イジメという現象に遭遇し、自分の意識が自分自身を押し込める方向、すなわち自分を押し殺す方向に向いていたため、その結果として背骨が歪んでしまっていたと気付いたのでした。

 高校受験の失敗も、ただの失敗ではなく、もしもあのまま、希望通りの高校に入学していたら、恐らく中学時代の繰り返しで、対人関係のストレスから潰れてしまっていたのではないでしょうか。これはキチンと自分の本心が取り計らってくれたのだと思います。

 そして、あれほど私を苦しめたイジメの問題も、原因は何かあると他人のせいにしていた自分の意識にあると気付くことができました。

 この精神的問題はいくら心理学の本を読んでも気付くことができませんでしたが、MRTと出会い『月刊MRT』を読んだりするうちに、知らず知らずのうちに自分の内面に目が向いていたからこそ、気付くことができたのだと思います。

 このように気付きが広がるにつれて、精神的にもどんどん楽になっていきました。

◆親からの援助がなくなり、自分で行動するようになる

 そのときは、一番近いMRTオフィスが宇都宮で、1回治良に行くために、交通費を含め約2万円かかっていました。また、精神的に楽になってきたものの、肉体的にはまだ今一つだったため、親からの理解が得られず、これ以上、MRTを受けるための金銭的援助はできないと言われてしまいました。そのため、仕方なく自分でお金を作るためにアルバイトを探すことになりました。しかし、アルバイトを始めると、すぐにいやになってしまい、長く続けることができませんでした。そして、色々な仕事を転々とする生活が数年続いたのでした。

 その原因は、どれも人間関係がうまく行かなかったからでした。どうしても他人に対して"怖い"というものがあり、人に何か言われるとすぐに落ち込んでしまうのです。

 しかし、逃げてばかりでは解決しません。

 MRTでは、"歩くことが仙骨の動きを良くすることだ"と教わっていましたので、まずは、積極的に散歩を始めました。このような気持ちに変わるまでに、MRTを受け始めて実に5、6年の歳月が流れていました。

 すると、不思議なことに「逃げてばかりでは仕方がない。とにかくやれるところまでやる」という気持ちが湧いてきて、それ以来、人見町りもなくなり、だいぶ人と話ができるようになりました。

 最近では、「相手の顔色を気にしないで話をしていこう」という気持ちに変わってきました。これも大きな精神的変化です。

 今思えば、親からの援助打ち切りも、自分の成長のためには必要なことだったのです。このことから、"人生には不要なことは起きない"ということを実感しました。

◆外に答えを求めるのではなく、「自分で理解する」という意識に変化

 しかし、まだ他人に答えを求め、理解をしていくということがわかっていませんでした。

 数年前、私は、自分のわからないことに対する答えがほしくて、RTの先生に色々なことを質問していましたが、RTの先生からは「そのように、自分の外に答えを求める行為自体が的外れなのです。全て答えは自分自身にあるのです」というお話を頂きました。

 このとき私は、世間一般の学校と同じように答えをもらえるものと思い、自分の中心感覚を使って答えを探すことをしていなかったということに気付いたのです。

 このことがあってから、「自分の中心感覚を発露させていかなくては...」という気持ちになりました。歩くときも、"もっと自分の仙骨と話をする"という意識で歩くようになり、身体もどんどん軽くなっていきました。

 そうすると気持ちも安定してきて、内側にねじれていた足首の変形もいつの間にか、だいぶまっすぐに変化してきました。

 そして、RTの先生に質問するときも、答えをもらおうとするのではなく、自分の出した答えのチェックをしてもらうつもりで「私は・・・のように思います」と自分の意見をお話するようになりました。

 また、つい最近のことですが、オフィスに来ていた女性の方と待合室で話す機会がありました。

 私は女性と話すことが苦手な方ですが、そのときは、中心を保ち、頭で考えないで中心に意識を持っていき、自然に出てきた言葉を話すようにしていたところ、その女性も私の言ったことをわかってくれたようでした。

 RTの先生が、私たちの話を聞いていてくれましたので、後で「どうでしたでしょうか?」と伺いましたところ、「キチンと中心をつかんで話していました」と言ってくださいました。今まで人と話すことが苦手で、特に女性と話すことができませんでしたが、MRTのオフィスでお話をする機会があったということも偶然ではなかったと思います。

 また、文章を書くことが苦手な自分が、体験談のお話を頂き、「書いてみよう」と思うようになったことも大きな進歩であり、少しずつ自分を表現し、顕せるようになってきたのだと思います。これからも、リーディングと道術、シミュレーションを通して中心感覚を磨いていきたいと思います。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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