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長い病気遍歴の中から、自分の中心に気付き始める

  • (MRT仙台 36歳 男性 M.T.)
  • 掲載日:2010.06.25

◆重度の蓄膿症による思考能力の低下のなか、MRTに出会う

 私は、小学校までは標準より少し太りぎみでしたが、身体が軽く今までの人生の中で一番健康だったように思います。

 中学、高校と進んで行くうちに学校で身体を鍛えるように指導され「身体は鍛えれば鍛えるほどいいんだ」という錯覚にとらわれ、自分にも暗示をかけて、無理をしてスポーツをしていくうちに身体は痩せて行き、ついに大学生の頃には、身体を壊したのでした。身体に負担をかけて内臓はボロボロになっていき、特に胃が弱いので胃腸薬を頻繁に飲んでいました。

 当時、アパートの一階に住んでいましたが、2階にドタドタ歩く人が住むようになり、身体が弱っていたせいもあって段々眠れなくなっていきました。高校の頃からポキポキ鳴らしていた首には炎症が起こり、さらに蓄膿症にまでなってしまいました。

 身体は腫れ上がったようにむくんで特に手はパンパンになりました。内臓のどこかが悪くなっていることがなんとなくわかりましたが、健康診断に行っても特に悪いところは見当たりませんでした。

 蓄膿症はMRTに出会うまで医者で治療をしました。レントゲンを撮ると炎症がはっきりわかり、手術を薦められましたが、手術自体に恐怖感があり、東京で1人暮らしをしていたので通院で治療することにしました。

 当時の蓄膿症の治療法は(今も変わっていないと思いますが)、基本的に炎症を止めることを主体としてやっているようでした。鼻から鼻腔に薬を吸引するのと、細い棒の先に消炎剤を塗ったガーゼを巻き、炎症が酷いところにこすりつけるだけの治療をするだけでした。

 蓄膿症は頭が重くなり私の場合ふけも出てきました。ふけの大きさは大きい物で親指の爪の半分位のが出てきました。ここまで来るともうふけではなく、頭皮が剥がれてきている状態でした。当然ふけと一緒に髪の毛も剥がれ落ちていました。まだ、20代なのに禿げるのではという焦りにさいなまれました。

 耳鼻科での治療効果は、良い日もあれば、悪くなっているのではないかと思う日もありよくわからない状態でした。

 特に頭が重いので普通に物事を考えることができず、このままでは将来仕事に就くこともなく一生廃人同様の生活を送るのではという恐怖感に襲われていたのでした。なんとかしなくてはという焦りのなかで、内海先生のご本を見つけたのです。

 しかし、MRTで治るという確信が持てず、2週間ぐらい迷った後に、MRTのオフィスに行ったのでした。

◆初回の治良で、全身の細胞が活性化する

 初めて治良したときの感覚はよく覚えていませんが、完全に症状にとらわれ、何回も「治りますか」と繰り返し聞いたことを覚えています。

 RTの先生のお話は、どこか和やかで神々しい雰囲気があり「騙されるんじゃないか」という不安や「全然効かないんじゃないか」という不信な気持ちが消えていきました。

 そして、治良帰りに列車を待っているとき、体中が痒くなったのを覚えています。今まで休んでいた細胞が起きて活動を始めたのだと思います。

 その後、蓄膿症は耳鼻科で薬を鼻腔に塗り続けていたので、身体が薬を鼻から排出しようとして最初の2年ぐらいはいつも鼻の中が薬臭く、また、あるとき新幹線に乗っていて眠りかけたときに薬の匂いが鼻に広がったことがありました。MRT治良による細胞の活性化によって身体に溜まっていた薬がまとまって出てきたのだと思います。

 ふけは治良を続けて6年くらい出続けました。特に頭頂部から前頭部にかけての縫合部分に多く出て髪の毛も大分抜けてしまいました。しかし、MRTでシャンプーが販売されたので、それを使うようになって抜け毛が多少減ったのが幸いです。

 私は子供の頃から活発なほうでしたが、内面に気持ちを強く押し込めたり、よく胃を悪くしたり、下痢をしていました。治良をして最初の1年間は更に下痢がひどくなりましたが、MRTを始める前の下痢と違い、下痢をするわりには心もちが良く、食欲もなくなることはなく、日を追うごとに胃腸が少しずつ強くなっていくのが感じられ、治良の効果を実感致しました。自分の仙骨が内臓の掃除を時間をかけてやっていったのだと思います。

◆就職後、違う症状が出てくる

 そして、MRTを受ける以前は、就職もできないのではと考えていましたが、大学卒業後、無事仕事に就くことができました。

 しかし、仕事でのストレスにより、新たな症状が出てきてしまったのです。

 それはアトピー性皮膚炎と音に対して弱くなったことです。

 違った角度で、理解しなくてはいけないこと、捨てなくてはいけないことが出てきていると、今ならわかるのですが、MRTを受けているにもかかわらず何故病気になったのかわからなくなり、また、MRTも現代医学を否定するものではないと知っていましたので、医者にもいってみたのです。

 アトピー性皮膚炎は、次第に顔にも広がり、医者に行ってステロイド剤を塗るとすぐ治りりましたが、しばらくするとまた発疹が強く出てきました。ステロイド剤は医者自身、治るものではないことを知っていながら使っているのでした。

 結局、医者に行くことはやめ、痒みと発疹が酷いときは会社を休み、静養するようにするとアトピーは徐々に治ってきたのです。会社を休み、静養するとアトピーが治るということは、私にとって一つの教えであり、いかに会社で無理をしていたかがわかりました。 しかし、身体に疾患を持って働き続けているうちに、転勤先のアパートで小さい音が気になり眠れなくなり、ついに身体を壊し、仕事も成し遂げられないまま、会社から解雇されたのでした。

 会社でのストレスや弱い身体の過剰反応など肉体的なもの以外に、達成できなかった仕事への罪悪感、自分を責めてしまう意識の使い方など、精神的な要素が非常に強かったように思います。

 八方ふさがりの中、2001年6月に内海先生の中心感覚講話に出席させて頂き、そのことを切っ掛けに、月刊MRTによく載っている自愛をするようになったのです。そして、今まで変化のなかった身体に変化が現れてきました。MRTを受けてきたにもかかわらず病気になって治りが遅かったり、視線がおかしくなってきた原因が、自分自身を大切にしていないことにあるのだと気付くことができたのでした。

◆道術との出会い

 治良を受け始めて何年かは中心感覚の学びも治良の一つという位置付けで参加するようにしていました。

 初めて相手の人に私の上腕から中心を掴んでもらったとき、立てた小木が倒れるように私の身体がおもむろに横に倒れていきました。 腕を掴まれたような仕草をされただけで身体が倒れたのは不思議としか言いようがありませんでした。

 身体には、こんな機能があったのか、誰もが持っている機能であり簡単にできることなのに、なぜ今まで世の中に広く認識されていないのか、また、なぜ自分が知らなかったのか少し腹立たしささえ感じたというのが最初の感想です。

 道術をすると気分が滅入ったときでもやっているうちに霧が晴れるように気持ちがすっきりしてきます。そして、身体が暖かくなってくるのです。スポーツをしても身体は暖かくなりますが、道術は筋肉運動ではないので暖まり方が根本的に違っており細胞が自分で活発になるとでもいう表現がぴったりのような気がして、身体全体の細胞が整えられていくようです。

 機会がある度に中心感覚の学びに出ていましたが、やればやるほど深くもっと先に進まなければという思いがあり、1994年に中心会に入会致しました。深く理解し中心に進もうとしている人が集まっているだけあって、独特の雰囲気があります。最初は技ができるか否かに重点を置いていましたが、続けているうちに微妙な意識の使い方の違いが影響してくることがわかってきました。今後もっと奥深い部分へ自分が移行するのが楽しみです。 MRTの治良を受けて10年が過ぎましたが、年を経るごとに頭を使っていては不自由になる現象に多く出くわすようになってきました。これもより中心が絞られてきたからにほかなりません。一歩ずつ確実にMRTを中心への指針として人生を歩んでいきたいと思います。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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