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妹の病気を通して、真剣に自分の気持ちを伝えれば、必ず相手に伝わると言うことを理解した

  • (MRT恵比寿 30歳 女性 S.S.)
  • 掲載日:2010.06.24

◆MRTとの出会い

 私とMRTとの出会いは、MRTに通っているある知人からの紹介でした。

 その方には、その頃から絶対なる信頼を置いていましたし、今でも色々とお世話になっています。(言葉にできない気持ちです)

 その知人から「あなたにはMRTが必要だと思う」と言われ、MRTとはどんなところかも知らない私は、その言葉一つで素直に通い始めました。.

 初めて訪れたMRTオフィス。一瞬の治良と4分間の『センコツくん』は、あっという間に終わってしまったという感じでした。

 それまで、大きな病気をしたことがなかった私には、1回目の治良の後、仙骨の辺りが暖かくなるなどの変化は感じたものの、なかなか自分自身が変化しているという実感は得られませんでした。ですから、はっきりとした変化が感じられるようになるまでには、かなりの時間がかかりました。

 しかし、表面的には変化を感じられなくても、治良に通い続けたのは、MRTが自分自身に必要なものなのだと、中心の自分がささやき続けていたからだと思います。

◆突然の妹の腎腫瘍

 MRTに通い始めて半年ほど経った頃のことでした。妹が、「私ね、左のおなかが膨らんでいるの。元々便秘症だから、なったのだと思うんだけど...」と言うのです。

 妹のおなかを見せてもらうと、左腹部に明らかな腫瘤、直径7~10センチ大の膨らみがありました。私は、すぐに病院に行って検査を受けるように話しました。

 診断の結果は、『腎腫瘍』でした。

 「二十四歳の妹がなぜ?」私は、自分自身がパニックを起こしていました。

 そして、「とにかく最高の医療を...」と思い、(当時、看護婦をしていたので)知り合いの医師の紹介で、T病院へ入院させました。このときの私には、なぜか、妹にMRTを紹介するという考えが全く浮かびませんでした。

 今から考えると、自分自身が、まだMRTを人に紹介できるほど、理解するに至っていなかったのだと思います。そして妹にとっても、現代医学にとことんまで頼ってみることが必要だったのだと思います。

 結果的に、妹は手術を受けることになり、左の腎臓の3分の1を切除しました。

◆妹の卵巣膿腫、気胸での入院にMRTの話をする

 それから1年後、今度は卵巣膿腫の手術を決意する妹に、MRTのことを話しましたが、全く興味を示さず、結局、手術を受けることになりました。

 2度に渡る手術と輸血に、徐々に体病は進行し、1997年3月頃より、妹は、自然気胸を繰り返すようになりました。

 そんな妹に、何とかMRTを受けさせたいと思い、その後も何度かMRTのことを話しましたが、「霊なんて信じない。そんな宗教みたいな...」と拒否されていました。

 この頃から、私は妹に対して、「このままではもう長くは生きられない」という予感を感じていました。「それも本人が選んだ道、今までも不器用で頼りない妹を見てきて、大丈夫かと心配してきたけれども、長く生きられないのなら、それはそれでいいのかもしれない。妹が自分で選んでいるのだ」と思うようになっていました。

 3度目の気胸での入院(通算5回目の入院)のときは、私も病院に行くこと、妹に会うことを避けるようになっていました。会えぱMRTのことを話してしまう自分が、相手に対して自分の意見を押し付けているようで嫌でした。それに、いくら励まそうとしても、それは言葉だけのことで、実際には妹を助けることはできない...。苦しむ妹を見ているのがあまりにも辛かったのです。

◆再び、妹にMRTのことを話し始める

 ところが、そんなある日のこと、ふと妹のことが気にかかり、久し振りに面会に行きました。

 病室に入ると、妹の真っ青な顔。身体中、管を繋がれて、精気を失った身体、今にも消えそうな息...。

 妹は私を見るなり、泣き出しました。妹の両手にそっと触れると、とても冷たい手をしていました。私は、1時間近く、泣いている妹の手を握り、ただただ見守ることだけしかできませんでした。

 「死ぬのが怖い、まだ、死にたくない」たった一言、妹が言ったとき、本人の生命力のようなものとともに、手が暖かくなるのを感じました。

 この日、私は、「まだ死にたくない。生きていたい」という妹の魂の叫びみたいなものを感じ、それからは毎日のように会いに行く日々が続きました。それからの私は、本人の考えていること、医師からの病状の説明を、ただ聞くことだけをしていきました。妹の中にたまっているものを全部吐き出させるように、何も言わず黙ってじっと聞いていたのかも知れません。本人の考え、想いを聞き、私の方からもMRTの話をしていきました。

 元々私は、重い病気のためにMRTに通い始めたわけではないので、なかなか妹に共感することができず、私自身にとっても手探りの状態でした。思い付く限りMRTの話をし、本人の望むもの(MRTの本やパンフレット)を与えました。

 するとそのうち、徐々に妹の気持ちも傾き始め、MRTに興味を持ち始めました。妹にとってはワラをも掴む思いだったのでしょう。

 本人の気持ちが少し前向きになってきているためか、病状も好転し始めました。再度、左右の気胸を繰り返しながら、その度に不安になる妹へ、「身体がパランスをとって徐々に治ってきている。Mちゃん(妹)が大丈夫と思っていたらきっと良くなる」とポジティブに働きかけていきました。

 この頃、医師から家族へ、妹の病状について話がありました。「難しい病気であるため、治る可能性は一つ、肺移植しかない。放っておけばこのままどんどん肺に穴が開くだけで、これを止めることはできない。もし本人が希望するなら、実家の側の病院へ転院することもできる。せめて親元で治療を続けてはどうか」というものでした。

 妹は、昔から大勢でいるときは自分で物事を決められず、他人に依存してきました。そうすることで自分を守ってきたような気がします。そんな性格が病気により、更に表面に出てきて、今まで以上に自分では何も決められなくなってしまっているようでした。

 これまで、自分の身体のことでさえ人まかせにしてしまっていた妹。そんな妹のことを、家族はずっとかばってきたのでした。

 妹をMRTに通わせるために、私は母に経済的な援助と理解を求めました。母にMRTの本も何冊か渡して、色々と説明しましたが、納得してもらえず、やはり本当の理解は得られませんでした。結局、医者からこれ以上の治療は無理と言われていたこともあり、最終的には「本人がやりたいということは止められない。それで本人の気が済むなら...」と、なかぱ、諦めにも似た心境で許してくれた母に、私は、「この先元気になるMの姿で証明できますから」と頭を下げました。

◆妹が初めてMRTを受ける

 気胸も良くなり、新たな治療、ホルモン療法が始まろうとしていた10月25日、MRTに対してまだ半信半疑だった妹を連れてMRT恵比寿を訪れました。

 少し緊張ぎみの妹を、まず、2階のポジティブビューティに案内し、化粧品のテスターをもらって、お茶も頂き、気持ちが和らいだところで、1階の治良室へ連れて行きました。

 しかし、やはり緊張して落ち着きもなく、初回説明ビデオも上の空、周囲の様子をうかがっています。妹は「ホルモン療法をしてからじゃ駄目かな。入院中に逆行が出て、また気胸になったら怖いし...」と不安そうな声をもらしていました。

 私は、妹に迷いがあることをRTの先生に話し、治良を受ける前にMRTの説明をしてもらいました。

 「病院の先生の話を聞くと、今度やる治療は苦しくないみたいだし、MRTは逆行があって苦しくなるかも知れないし...。MRTを受けていいのかわからないので決められません」と妹は言いました。

 更にRTの先生の説明は統き、1時間ほどの説明をして頂いた後、妹から「私は精神的に不安定な状態にあるため、それが原因で病気になったことがわかりました。今、治良を受けるか受けないかを決めることで、第一歩を踏み出せると思います。治良をお願いします」と言いました。

 「あの妹が...」

 私は感動して言葉を失いました。他人に依存ぱかりしていた妹がこんなにしっかりと自分の意志を示すようになるとは思ってもいませんでした。

 私は妹自身が選んでMRTを受けてほしかったのです。しかし、MRTに来るまでは、その選択を私に頼っていました。でも最終的に決めるのは妹なのです。

 治良前のRTの先生の導きにより、妹は自分のことを自分で決めることができました。

 それからスムーズに物事が進み、治良後には妹はすっきりした表情となり、よくしゃべり、活気が見られました。

 本人は自覚していないようでしたが、私から見て、MRTを受けると選択してから、何もかも良い方に変わったように感じられました。表情も変わりましたし、治良を受ける前、あれほど逆行を恐れて緊張していた妹が、自分から「お願いします」と言ったことも驚きでしたが、治良をして頂いた後は、恐怖から解放されて、すっかりリラックスしているのが感じられました。

 それでも、「病院の治療も続けたい」と本人が言いますので、「今はどちらも選ぺない

のなら、二つともやればいい。自然と自分で選ぶときが来るから」と話しました。

 帰り道で、妹が私に、「気胸になって、退院が延期になったときに、Sちゃん(私のことです)が、『慌てず、心を落ち着けて、MRTの本を読むように』と言ってくれたことですごく安心できた。支えになったんだよ」と言ってくれました。

 「だから私はMRTを選ぷことになったんだよ」と言ってくれたような気がしました。

 私自身、MRTに通い、自分自身を見つめることで、最初は妹の病気にパニックになっていた自分が、何が起きても冷静に状況判断ができるようになったと思います。そして、真剣に相手に気持ちを伝えれぱ、必ず自分の思いは伝わる、当たり前のことですが、今までの自分には、それが足りなかったことを実感しました。

 その後、妹も2カ月後には退院でき、最初は一緒にMRTに通っていましたが、妹自身、自分のぺースをつかみ、一人で通えるようになりました。

 母や他の姉妹は自分のぺースで生活している妹を心配し、睡眠障害だ、神経内科だと、私に相談を持ちかけてくるので、その度、真剣にお互いが納得いくまで話し合っています。お陰で家族関係が、以前より良くなっているような気がします。

 中心の道へは、まだまだ時間がかかると思いますが、今まで通り坦々と、自分自身を大切に、そして正直に、自分自身が後悔しないように歩んでいきたいと思います。

 妹の存在が私を成長させてくれました。

 また、自分自身を振り返るこのような機会を与えてくださいました、RTの先生を始め、MRTスタッフの方々、そして中心の自分に深く感謝致します。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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