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事故の後遺症が劇的に良くなり、その事故を切っ掛けに、自分自身が中真の道を歩み始めた

  • (MRT恵比寿 53歳 女性 S.I.)
  • 掲載日:2010.06.24

◆ MRTを受ける切っ掛け

 1999年に友達のお宅で内海先生のご著書を読んで仙骨の存在を知り、MRTと巡り合いました。

 内海先生のご著書を読み進むうちに、クリスチャンである私には、『聖所』、『キリストの架けられた十字架』、『神聖な』などなどの言葉の意味のご解説に凄く衝撃を受け、圧倒された感じを受けたのを覚えています。

 MRTを受ける前の自分は、特別体調は悪くはなかったのですが、医者への定期検診を怠らず、それを基準に生活をしていました。

 そして、少々疲れていても無理をし、家族のため、人のために「自分さえ我慢していればいいのだ...」と思って過ごしていました。 

 また、夫に対して不服があっても、思いっきり自分のことを吐き出すこともできないので、そんなときは、日記帳に赤ペンで大きな字で不満をぶちまけて、夫のことを理解するのではなく、心の中で責めていました。

◆MRTを受け始める

 最初にMRT治良を受けたときは、あっという間に終わった感じでしたので、ここ(MRT)に私が来た意味を感じながらも、すぐに忘れてしまっていました。ですから、当初はあまり定期的に通っていませんでした。

 急に母を預かることになったり、主人が風呂場で肩甲骨を骨折するなどの状況の中、毎日のことで頭がいっぱいで、それらが中心の生活を送っていました。

 しかし、2001年3月、薬局に母の薬を取りに行ったとき、段差のあまりないところで転んでしまい、このとき初めて「あっ、私は凄く疲れているんだ」と気付かされました。そしてその後すぐに、こたつの中から起き上がるときに、肋骨を折り、整形のバンドで整えているという有り様でした。

 そして、頭で決めた訳ではないのですが、自然とまたMRTに行きたくなり、定期的に通うようになりました。

◆ 生死をさ迷う大事故に遭う

 2001年3月30日、私は、生死をさ迷う大きな事故に遭いました。横断歩道を青信号で、左右を良く見て渡っていましたが、車の間をぬってきた2人乗りのバイクに跳ねられてしまったのです。(スピード違反・無免許の15歳の2人乗りのバイクでした)

 その事故で、くも膜下出血をはじめ、右半身の耳の骨、鎖骨、肋骨、恥骨、坐骨を骨折し、肋骨は9本折れ、2本は肺に入り込み、半月もの間、意識のない日々を送りました。

 事故後、意識のなかったときに一つだけはっきりと覚えていることがあります。小田原からロマンスカーに乗り、「あっ、新宿に着いたわ。新宿のあの階段を下り、そして上り、山手線で恵比寿に行けた。やったー」と心の中で叫ぶ自分の姿がはっきりと見え、また強く喜んだことです。自分がMRTを強く求めていたということです。

 その後、ようやく意識が回復しました。最初は状況がよく飲み込めませんでしたが、徐々にどういうことが起きたのかがわかりました。

 家族や周りの多くの人に心配をかけていました。今まで、家のことは全て私がやっていたのですが、私が倒れたことにより、皆が分担をしてするようになっていました。「私が頑張らなければいけないんだ」という思いが軽くなり、倒れたことにより、家族の関係が今まで以上に良くなりました。

 しかし、身体は痛みが続き、意識回復後から3ヵ月間は入院生活でした。その間に、「この骨折のお陰で内臓が守られ、私はここにいるのだ」と思い、自分の身体を触り、「骨さんたち、ありがとう」という感謝の気持ちがあふれ出る感じがしました。

◆事故後、再びMRTへ通い、これを切っ掛けに、自分自身が大きく変わっていくのを経験する

 事故から6ヵ月が経とうとしている2002年9月から、再びMRTに行けたときは、喜びに満ち溢れるものがありました。

 肉体的な変化は非常に目覚しいものでした。MRTを再開する前の入院中においても、非常に回復が早いことを医者から言われていましたが、MRTを再開して、その意味がわかりました。事故に遭う前、真面目には通っていませんでしたが、その10数回のMRT治良を受けていたからこそ、この早い回復があったのです。

 MRTを再開し、その後次から次へと後遺症が出てきました。骨折の跡が痛むことはもちろんですが、口の中が苦いと感じることや、耳が聞こえにくいこと、両目のまぶたがはれたり様々な症状が現れ、これらの症状が出たり消えたりが繰り返されました。それが逆行であるということもわかるようになり、一つずつ乗り越えていきました。徐々に『仙骨』の力を信じる道を、歩み始めている自分がいました。

 また、加害者に対しても憎むというところの領域とは全く別のところに自分がいることを感じました。この事故という現象が私自身のためにあり、私の通るべき道、通るべき人生の1コマだったと思えるようになり、この仙骨は私を愛してくれる存在だと思うようになり、1回1回治良を重ねるごとに確かなものを感じることができるようになりました。

 MRTに行くたびに、身体の変化だけでなく、精神的な変化、理解したことなど全てをRTの先生に吐き出しました。先生から返ってくる言葉はいつも、目からうろこが落ちるようなあっと思えるような返事でした。

 回を重ねるごとに、自分自身のことが少しずつですがわかるようになり、自分が長所だと思っていた真面目な性格が、実は逆に自分を不自由にさせていて、理解していかなければいけない部分であることがわかりました。そのとき初めて、自分の内側から、ふわっと軽くなることを経験しました。

 それからは見る見る元気を取り戻し、2002年3月までは風邪もひかず、私は快適な毎日を送りました。

 RTの先生は、私の話を聞かれた最後にいつも「無理をしないでね」と言われていました。あるとき、私を特に引き締めた言葉は、「無理をしないように、自分が変わらなければ、またこの事故のようなことを引き寄せることもありますよ...」という内容の言葉でした。この言葉で大きくスイッチが入り、本当に自分を大切にしようと思いました。

◆再び、手術の跡から膿が出始める

 二〇〇二年四月、事故後に、最も大きな現象が訪れました。肋骨を取り出した手術の跡がふくらみ始め、異変に気が付いたのです。

 最初はたいしたことはないと思っていましたが、異変に気付いてすぐに病院へ行き、主治医の担当曜日でなかったので、違う先生に切開をしてもらったところ、たくさんの膿が出ました。

 その医者が言うには「一年前の手術のときに一匹の菌が入り、一年間皮下で増えてきたのでしょう」ということでしたが、翌日、主治医の先生に尋ねると、一年後にこのような症状が出る人は今までになく、私が原因(背中を掻いたとか、痛めつけたなど)で生じたと言われました。ここで医者の矛盾を感じながらも、軽い気持ちで、すぐに膿は出てしまうだろうと思い、二ヵ月半、毎日通院を続けました。

 しかし、ある日、自分の症状が院内感染だったと知り、愕然としました。そして、「外来で通うのでは腹膜を突き抜けた肺にも入ったら大変なので、命にかかわるから手術をするしかない」と医者から言われました。 

 頭の中はグルグル回り、この一年間の通院を通して、病院でたくさんの受け入れられぬ出来事、矛盾などがありましたので、自分の身体を医者に託してよいのか、という不安が私の中をいっぱいにしました。

 そのとき、私はふと一つのことを強く問いかけられた気持ちでした。それは、「私は何を中真にしているのかしら?」というものでした。

 また、手術を受けるか受けないかだけでなく、この通院中、医者を通して、人を信用し過ぎていた(人に中真を置いていた)自分にも気付きました。

 このことを通して、手術をするかどうかという問題だけではなく、これからは自分の仙骨との対話を通して、自分の中真から答えを引き出し、それに従って行動していこう、そうしなければ、また以前のように人に中真を置いてしまうということに気付きました。

◆中真の自分との対話を続け、二度目の手術を決意する

 RTの先生からは、最低三つ以上の病院で診てもらって判断をするように言われ、いくつかの病院を回りました。そしてある病院で、お任せしたいと思う医者に出会うことができ、自分の中真との対話を続け、手術を決意しました。皮下膿切除と腐骨切除の手術で四時間半かかりましたが、部分麻酔で済みました。その手術は無事成功し、その後の経過も良好でした。

 入院生活は無味乾燥なものかと思っていましたが、そうではありませんでした。MRTに通うようになってから、知らず知らずのうちに、人を見る見方がはっきりとしてきて、以前では人への気遣いから、思っていても言えなかったことを、医者にも、看護婦さんにも、はっきりと言える自分がそこにはありました。

 入院中、朝日の昇る廊下でいつも願っていたことは、「退院して、家でお勝手に立ちたい。 家で気のあう人たちと話しをしたい。家からMRTに行きたい!」そうです。この家庭こそ、私のいるべき場所なのだと強く強く思いました。それからは、以前とは変わって、夫との会話を素直に受け入れるようになり、更には励みにしてもするようになりました。

 そして、八月二日に念願であった退院の日を迎えることができました。やはり、自分の家が一番であると感じて、嬉しさでいっぱいでした。

 退院後のある日、血液検査をしました。以前でしたら、その結果が出るまで、落ち着きませんでしたが、ふと私に思うことがありました。それは、「私は、今は元気なんだ。検査は一つの通過点であり、特別なことでもなんでもない」と思い、私の内側から検査結果に対する恐れ、心配がポロリと落ちていく感覚に気付き、消えていったものとは逆に内側から私の意志とは関係ない、力強い何かを掴んだ感じを得ました。これが中真を保つということなのだ、中真からの声なのだと思います。

 今、振り返ると治良の際のRTの先生からのお話は、例えるなら、芋ほりのように感じます。RTの先生に言われたことから自分を掘り下げていくと、自分の本当に理解しなければいけないことが見つかります。すぐに見つかるときもあれば、数ヵ月経ってから気付くこともありました。このように導いてくださったRTの先生に感謝するとともに、また自分を導いてくれた中真の自分に感謝したいです。

 今日もMRTに行きます。

 MRTの帰りにいつも寄らせて頂く友がいます。私をMRTに連れてきてくださった方です。彼女が私を受け入れてくれ、悩み、悲しみ、喜び、苦しみ、楽しみ...これらのことを共に「うん、わかるよ」と言い合える時間を共有できるとき、喜びを感じます。

 仙骨と共に喜び、仙骨を信頼する日々が生きている喜びだと思っています。

 これからも、よろしくお願いします。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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