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出産を体験して自分自身を見た

  • (MRT恵比寿 女性 K.U.)
  • 掲載日:2010.06.24

 妊娠を知ったのは今年の2月19日の日で、結婚して2年半、子供が全然できなかった私は、生命の宿りを感じて本当にうれしくなりました。またMRTの仲間にも祝福され、涙がこみあげてきました。

 当初、病院で産もうと思っていましたが、なんとなく行く気がしませんでした。つわりもほとんどなく、とても元気に仕事ができたので、2回目の検診は延ぴ延びになってしまいました。

 そして助産院で出産を体験した方の話を聞いたりするうちに、「陣痛促進剤を使ったり、出産の調整をされてしまうような病院ではなく、人間本来の力を引き出してくれ、自然な分娩をさせてくれる助産院で産みたい」という意志がはっきりと固まってきました。そこで6ヵ月後に知人から紹介を受けた助産院に行ったのです。

 私はよく働けるし、自分では元気だと思っていたのですが、血液検査の結果、実は貧血がひどく、血色素の値が9.0と出て、「こんなに血色素の値が低い妊婦はめったにいない。これでよく働けるね、普通なら今すぐ入院だ」と言われ、脅かされてしまいました。

 そして、今のままでは赤ちゃんの発育不良と出産後の大量出血等の危険のため、とても助産院では出産ができないと言われてしまい、最初に行った助産院での出産を断られてしまいました。妊娠8ヵ月目になっても出産できる場所が決まらず、のんびり屋の私もさすがにあせりましたが、助産院に相談したところ、「鉄剤の注射と飲み薬で血色素が改善されれば良い」という条件で、受け入れて頂くことになりました。貧血がひどく、胎児への影響を心配しましたが、心音がとてもリズミカルで元気に育っているということで、元気な赤ちゃんに助けてもらっていると本当に心強く思いました。

 貧血も改善されて、陣痛の始まる前日まで会社で働くことができました。

 いざこれから本番というときまで、出産に対する不安と、ある種の楽観的な思いがありましたが、本格的な陣痛が始まると、私が思い描いていた甘い考えは吹っ飛んでしまいました。

 あまりの陣痛の痛みに耐えきれず、一時は意識がもうろうとして、「もうここまで頑張ったのだから、帝王切開でも、陣痛促進剤を使ってでも早く産みたい、痛みから逃れたい、病院に行きたい」という思いが出ては消え、出ては消えていました。

 出産は夫の立ち会いのもとで行っていたのですが、心細くなって助産婦さんにすがりつきたく、ずっと付き添って頂き、励ましてもらいました。自分が自然な出産を望んでいたのに、ここでくじけてしまうと産まれ出る子供に申し訳ないという気持ちと、出産前にいろいろアドバイスを頂いた、RTの先生の元でお教え頂いている人間として恥ずかしいという思い、ここでくじけると一生後悔すると思いが錯綜しました。

 私は普段、「自分自身を信じる」という信念で過ごしているのですが、それは「信じたい」という思いだけで、実際には全然信じられていないかったということに気がつきました。「細胞次元の自分自身に従う」と言いつつも、陣痛の波を意識でコントロールしようとしていたのです。痛みを意識でコントロールしてしまうと、確かに痛みには耐えられるのですが、時間の経過のわりには子宮口の開きが全く進まず、ただただ痛みで時間が過ぎるという感じでした。しかし、陣痛は赤ちゃんを押し出そうとして働く、子宮収縮の痛みですから、その自然の法則に自分を同調させて陣痛の波にまかせると、痛みは強いのですが、子宮口が開いていくのです。

 RTの先生から、「出産のときは本当の自分の姿がでますよ」と伺っていたのですが、普段、自分を信じているようでも、信じ切れていなかった、否定的な自分の姿が本当にでたのだと思いました。恥ずかしいのですが、「本当の姿を見る」という貫重な体験をしたと思います。

 子宮口が全開になり、産道から赤ちゃんの頭が少し見えたときはうれしくなりました。それから5時間程経過して、赤ちゃんの頭が出たり引っ込んだりしながら、本当に「やっと、やっと」という思いで無事産まれました。2、992グラムの男の子でした。

 産まれてすぐに、膀の緒がついた状態でお腹の上に赤ちゃんを乗せてもらいました。無事に赤ちゃんが産まれた安堵感と、自分の力で出産をやりとげたのだという思いで、今までの産みの苦しみが全て吹き飛んでしまいました。

 出産後、同じ時期に出産した女性たちと、話をする機会がありましたが、病院で出産した経験のある人の話を聞くと、産婦人科のお医者さんは、何か人間本来の桟能を無視していると感じてしまいます。頭が見えたらすぐに吸引して産まれてしまったという女性は、ほどほどの痛みで吸引されてしまい、自分で出産したという気がしなかったと言っていて、3才になる現在も吸引の跡が頭に残っているそうです。しかし今回助産院で出産して、「初めて自力で産んだ気がした」と話してくれました。

 助産婦さんの話では、赤ちゃんは、やはり新月、満月の夜から明け方に産まれることが多いそうです。すべての医者がそうだとは思いませんが、ほとんど数値で判断されて、それから外れると危険だからとか、否定的な意識から色々な処置をされてしまうということです。しかし、助産院で産んで良かったと思うのは、出産は人間本来の生まれもった機能であるという、視点から出産をみてくれるということです。

 一時は、貧血で助産院で産めなくなってしまうかもしれないという状況の中、無事出産できたのも助産婦さんの協力、出産の経験をアドバイス頂いたRTの先生、仕事を休んでまでも主人の出産への立ち会いを許可してくださった、内海先生のお心づかい、そして、最後の最後まで働くことができたのは、スタッフの方々の協力があったからこそです。

 私に関わってくださった、全ての人の協力で元気な男の子崖むことがミたのだと思います。

 皆さん、どうもありがとうございました。

◆出産は夫婦の共同作業

※Uさんの旦那さまにお話を伺いました

 内海先生の奥様が娘さんを出産されたとき、内海先生も立ち会われたというお話しをお聞きし、また以前から一生に一度のことかも知れないので、ぜひ出産に立ち会いたいと思っていました。

 いざ本格的に陣痛が始まり、陣痛の間隔が短くなってくると、大古からの人間の営みとはいえ、痛がり方がすごくなって本当につらそうです。これから誕生する為の産みの苦しみを目の当たりにすると、いくら痛くて苦しくても、その百分の一も代わってやれないはがゆさを感じながら、自分に出来ることは、妻に声をかけたり、腰をさすってやったり、温湿布を替えてやったりするだけで、我が子の誕生の瞬間をただただ待つということでした。

 私たち夫婦の希望は、夫の立ち会い、畳の部屋での出産、そして生まれ出た我が子の膀の緒を私に切らせてもらうという希望を助産院の方に出していましたが、そのすべてを希望どおりにかなえてもらいました。

 普通ならオギャーと産まれてから看護婦さんより「男の子ですよ」と我が子を渡してもらうというパターンなのでしょうが、陣痛の始まりから、終わりまで全てを夫婦で経験するという、すぱらしい体験ができました。夫婦の絆の強さが立ち会い出産に現れるという話は聞いていましたが、まさにそのバロメーターだと感じましたし、これが私たち夫婦の今後に大きくプラスになると思いました。陣痛の痛みは男性の私には体験ができませんが、同じ空間で一人の人間の誕生という神秘を共有したことの意味は、自分の成長、今後の人生において大きく影響があると思います。

 赤ちゃんが出たり入ったりしながら、徐々に徐々に産道を通り抜けて行く場面を見ながら、以前、内海先生より、「赤ん坊は最後に母親の尾骨のパイプレーションを受けて産まれてくるのだ」というお話を思い出しました。今まさに、そのお話の通りの場面を目の当たりにすることができ、「今、尾骨のバイブレーションを受けているところだね」と妻のKと話していました。

 いよいよ頭が出て、その後全身が一気に出現すると夫婦共々、時間がかかったけれども無事産まれたという安堵感が広がりました。人間の身体は本当にしっかりつくられていると驚いたのは、膀の緒を切ったときのことです。「一回では切れないですよ」と助産婦さんから言われたのですが、実際にハサミをいれてみると、その強靭な堅さにはびっくりしました。膀の緒は柔らかく、簡単に切ることができるものと思い込んでいましたから、「これだけしっかりしているから安心して胎児は守られ、すくすくと育っているのだ」ということを身を持って体験できたのです。

 ただ見守っていただけでしたが、内海先生のご配慮、妻にアドバイスをしてくださったRTの先生、助産院の方々、MRTのスタッフの方々のお陰で、無事、元気な子を授かりました。

 皆さん、どうもありがとうございました。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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