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腱鞘炎になってピアノが弾けなくなったことにより、自分自身に目が向き始めた

  • (MRT恵比寿 25歳 女性 H.S.)
  • 掲載日:2010.06.24

◆ドイツ滞在中に腱鞘炎になり、再びMRTに通うために帰国

 私が初めてMRTを受けたのは、7年程前、まだMRT本部が目黒にあった頃でした。当時アトピー性皮膚炎などがあった私は、母の勧めでMRTに通い始めたのです。しかし、その後、特にこれといった病気もなくなったので、何となく行かなくなってしまいました。

 私はピアニストで、音大を卒業後、2年間音楽の勉強のためにドイツに留学していました。しかし、1996年末のあるときから急に、両手の親指から手首にかけて、鈍い痛みを感じるようにむり、ピアノの練習をストップしました。

 「いずれ良くなるだろう」と軽く考えて、2週間程そのまま練習を休んでいましたが一向に良くならず、病院に行くと"腱鞘炎"と診断されました。そして、軟こうを塗った後に包帯でギプスのようにぐるぐる巻にされて動かせないように処置されました。

 しかし、以前、今回の十倍はひどい腱鞘炎にかかったときに、やはり病院で治療しても治らず、鍼治療で治した経験があったので、「これでは良くならない」と思いました。

 その後、右手は症状が消え元通り動くようになりましたが、依然として左手の親指は全く良くならず、2ミリと動かすことのできない状態のままでした。

 ピアノの練習も全く再開の見通しが立たず、当然ピアノのレッスンにも行けず、どうしようか途方にくれていたときに、はっきりと「MRTに行きたい。今度こそちゃんと通いたい」という気持ちが湧き起こり、ドイツを離れて日本に戻る決心をしました。

◆腱鞘炎を通して自分自身に目が向く

 日本に帰国した翌日、早速MRT恵比寿を訪れ、以来定期的にリーディングを受けています。通い始めたころは、どこかまだのん気に構えていて、「痛みもひどくならないし、きっと治る」と軽い気持ちでいました。

 しかし、少し良くなったかと思うとまた元に戻ってしまい、1日のうちでも何度も良くなったり悪くなったりして、なかなか症状が変わっていきませんでした。

 「どうも様子がおかしい。これは普通の腱鞘炎とは違う」と一時はだいぶ焦りました。しかし、精神的に不安定なときでも、自分の意識の中では常にどこかで「これでいいんだ。今はこの状態でいいんだ。必ず治る」という安定したものを持っていることにも気付いていました。

 2月と4月に医師の診断書が必要になって、病院に行った際に、思い切って副腎皮質ホルモンの注射を打ってみました。この薬の注射で大抵の腱鞘炎は劇的に治ると言われていますが、私の症状は2度の注射にもビクともしませんでした。

 そのときに「自分の細胞が何かを言おうとしている」と感じました。「ともかく細胞が何を言おうとしているのか理解していかなくては、私はここから一歩も進めない」と思うにつれて、「指が動かないのは、まだここから先に進んではいけないからだ。自分を守るためにこうなっているんだ」ということがわかってきました。

 その後、指の関節は徐々に曲がるようになって、本当に少しずつですが動かせるようになり、痛みも少なくなってきました。しかし、まだピアノをまともに弾くことはできませんでした。

 そのときに、「どうして私の指は、こんなにじわじわと少しずつしか良くなっていかないのだろう」とシミュレーションしてみて、「もしも今パッと完治してしまったら、また私はあちらこちらへと飛び回って活動を始めてしまって、自分の中心を磨くことを再びおざなりにしてしまうだろうな」と思いました。現在、必死で「中心の自分」を見つけようとしている自分(?)を脇へ押しやってしまわないように、左手の親指の細胞が懸命に活動していることを、このシミュレーションによって感じることができ、「自分の細胞ってすごいなあ」と改めて驚きました。

 書いているとキリがない程、MRTに来始めてから気付いたこと、考えたこと、行動したことがあります。

 たとえば、私は以前から人嫌いなところがあり、対人関係で上手くいかないことが度々ありました。そのときには、相手の考えていることが、理解できなかったからだと思っていましたが、実はそうではなくて自分自身が考えていることを本当に理解していなかったから、いざこざを起こしてしまったのだということに初めて気付きました。

 今回の手の症状を通して、他にも色々と自分自身を振り返ることができ、現在では『MRTのやさしい九つの約束』にある、「病気は人生の最高の先生である」というのは本当だと、つくづく感じています。

 指が動かなくなったことによって、自分の人生も転機を迎えたと思います。そして、「これから自分はどうなっていくのだろう」ということをよく考えます。それは、あるときは自分にとって非常に心配な問いかけでもあるし、あるときはこれから自分はどんどん変わっていけるという楽しみな問いかけでもあります。

 しかし、「なるようにしかならない」と考えるととても安心感を持てるようになりました。思い起こせば20年以上、ピアノの練習をこんなに長期間休むということがなかったので、これも神様が与えてくださった時間と考えて、その時間を大切にすることにしています。

 25年間、常に"不安"を抱え込んで生活してきたのですが、MRTに通っていることで、これからは"安心"とも付き合っていけそうな気がして、それも楽しみです。

◆つきのリズムで生活するようになる

 最近は、なるべく月と同調した生活をしようと思い、満月の夜に散歩に出かけることにしています。月のリズムと自分自身に起こる変化を照らし合わせてみると、新月の晩に逆行が出てきたりするのがわかってきて、「なるほど」と納得できるようになってきました。

 この前、満月をボーッと見ていて、ふと、「大昔から月が新月から満月になって、また新月に向かっていってとやっているのと全く同じように、人間もまた生まれてきて、死んでまた生まれ変わってきて、死に向かっていって...と、気の遠くなるような繰り返しを行っているけれども、一体なぜこんなことをやっているんだろう」と思い、ぼんやりとシミュレーションらしきことをしてみました。そして、「これは、全ての人間が一つの中心というか調和というかに向かっていこうとしているからなのかな...」と漠然とそんなことを思い浮かぺていました。そう思うと自分の、人に対する強すぎる讐戒心がなくなるようだし、少しは不安も解消されるので、もうちょっとこういう気持ちを持ち続けることができるようになりたいなと思います。

 この日、満月を眺めながら散歩していて、急にふと、「幸せだなあ」と思いました。そして、もし私の手がどこも悪くなくて、病気でも何でもなかったら、夜遅くまでピアノを練習しているか、その他の様々なことに追われて、あまり満月を眺めながら歩くという時間を持つことはなかっただろうと思いました。

 また、こんなにたくさん歩くことも、月刊MRTを何度も読み返すことも、月のリズムに気付くことも決してなかっただろうし、"自分自身を中心に置く"という最も大切なことにも気付かなかっただろうと思います。

 そして、私はそれらを、別に努力してやっているのではなく、全て"もっとやりたい"と感じるような大変楽しい事柄です。

 最近は、自分にとって最も大切なことに気付かせてくれた自分の細胞に対して、「本当にありがとう」とお礼を言っています。結局、理解しなくてはいけないたくさんのことに、私がいつまでたっても気付かないので、もう一人の自分が「今すぐ気付きなさい」と言って、急に手を動かなくさせたのだろうと今では考えています。

◆自分自身に目を向けるうちに病気という概念がなくなる

 要するにこの症状は腱鞘炎という"病気"ではなく、"日本で今しなくてはならないことがあるから早く帰ってそれをやりなさい"ということで、指が動かなくなっている"現象"なのだと思うようになりました。

 この間テレビを見ていて何かの拍子で"腱鞘炎"という言葉を耳にしましたが、そのときすぐにはそれが自分の病気と思い出せなかったほどです。

 自分の細胞が何が言いたいのかをわかりたくて、必死に自分自身に目を向けるうちに、ふと気が付くと、私は以前と比べて格段に快適な生活ができるようになっていました。

 指の方も、まだ完治したわけではありませんが、だいぶ良くなりましたので、現在はピアノの教師をしています。この先、指が治ってからも、ずっとMRTを受けながら、自分の内側の声に従って、坦々と進んでいこうと思います。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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