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MRTを通して得た"自分中心"で行動した結果、右手中指切断をまぬがれる

  • (MRT恵比寿 29歳 男性 T.S.)
  • 掲載日:2010.06.24

◆MRTと出会い、苦しんでいた蓄膿症がウソのように消える

 MRTのことは、大学時代、気功などの好きな先輩から聞いて知りました。その人の家に行ったとき、本棚に内海先生のご著書『中心感覚を磨け!』があったのです。これが私とMRTとの出会いでした。

 実際にMRTオフィスを訪れたのは、本を読んでからしばらく経った大学4年のときでした。その頃わけもなく胸にストレスがたまり、夜眠る頃になると呼吸困難を起こして、もう息が止まりそうになるのです。さらに、それまで何年も患っていた蓄膿症が悪化して、冬になると目の奥がひどく痛むようになり、大学病院の耳鼻科に通ったのですが、良くなるどころか症状はさらに悪化し、ついには医者から「手術をしたとしても、これは治らない」と診断されてしまったのです。

 「現代医学でダメならば・・・」と、整体などにも通いましたが、一時的には良くなるものの、根本的な解決にはならず、また元に戻ってしまうので、「もうここしかない!」と思い、ついにMRTを訪れたのです。

 そして、治良開始後わずか10回目で、あれほど苦しんだ5年来の蓄膿症が、あっけなく治ってしまったのです。同時に、締め付けられるように苦しかった胸がスッと開くようになり、まるで、詰まっていたものが取れたかのように、息も楽になったのです。

 それからというもの、MRTは私の生活の一部となり、週1回のペースで治良を受け続けてきました。

◆仕事中に機械に指を押し潰される

 その事故は、昨年の7月27日に起こりました。当時、私は地質調査の仕事(ボーリングの担当)をしていました。その日、ボーリングの機械の歯車の近くで、採取した地質サンプルの入った筒を持ち上げる作業をしていると、突然同僚が、「お前、手から血が出ているぞ!」と叫ぶ声を聞きました。慌てて自分の手を見ると、手袋の外側まで血がにじんでいて、手袋を外してみると、右手の中指から血があふれ出て、骨が見えていました。

 仲間と加勢しあって、地中から地質のサンプルを抜き取る仕事なのですが、そのときに限って一緒に働いていた仲間との息が合わずに、私は、機械の歯車に、右手の中指を押し付けられてしまったのです。その時点では、全く痛みがなくて気付きませんでした。

 即、救急車が呼ばれ、病院へ運ばれました。途中、徐々に痛みが出てきましたが、神経が通っていることに逆に安堵感を覚えました。

 病院に到着し、レントゲンを撮って診断を受けました。医師が言うには、「この状態では即、手術をしなければならない。右中指切断の可能性もある。ケガをした指を残すにしても、付着した機械油を完全に取り除かないと、骨髄炎になる恐れがある。それに、第1関節の骨が欠損しているため、指の可動性が失われるので、少し指を曲げた状態で、ワイヤーで固定しておかないと、おかしな形のままで固まってしまう可能性がある」ということでした。

◆医師の診断よりも自分の中心感覚に従い、即MRTへ・・・

 そのとき、私の頭に浮かんだのが『MRT』でした。そして、「切断されるくらいなら、後悔しないようにMRTに行きたい・・・」と思い、担当の医師に、この自分の気持ちを正直に打ち明けました。医師は私のことを信用してくれましたが、「私には、すぐに手術をする義務がありますので、どんなことになっても異議申し立てしないという念書を一筆書いてください」と言うので、その通りにし、包帯を巻いて止血だけしてもらって、MRT恵比寿へタクシーを飛ばしたのです。

 希望通りリーディングを受けた後、病院へ戻り、傷口の洗浄をしてもらいました。傷口に付着した機械油を取り除くため、麻酔をかけて、洗浄液に浸した指の骨をゴシゴシとこすられました。最初の診断では「切断するかもしれない」と言っていた医師も「切断して丸めてしまうのは簡単だが、なるべく指は残したいので様子を見る」ということで、消毒と、最小限の抗生物質を使うだけにとどめて、傷口を縫ってもらいました。

 その後、右手は上に挙げたままで固定され、点滴を受けながら、1週間は身動きの取れない状態で、入院を余儀なくされました。

 次の週からは、病院をこっそり抜け出して、タクシーでMRT恵比寿へ毎日通いました。2週間の入院の後に退院しましたが、事故から2ヶ月間は、ほとんど毎日治良を受けていました。というのも、指の状態がかなりひどかったこともありますし、そのころは、仕事を無理してやっていたこともあって、精神的にも不安定な時期だったのです。肉体的にも、精神的にも、早くこの状態を脱したいと、期間をつめてMRTへ通うことにしたのです。

◆MRTの集中リーディングを受け、驚くべき速さで傷口が癒される

 病院では「どうなっても責任を持てない」と言われていたものの、「MRTを受けていれば必ず変わってくる」と信じ、毎日MRTオフィスへ通い続けました。

 病院には、退院後も3日に一度、消毒のために通い、1ヵ月後に抜糸したのですが、そのとき、封じ込めていたものが急にドッと出てきたという感じがして、気分が悪くなったのを覚えています。

 約1ヵ月半経ったころにはカサブタもきれいに取れ、「やはりMRTの効果は素晴らしい・・・」と改めて感じました。

 事故から2ヶ月目で、医師から「これ以上は、治せない(病院ではこれが限界)」と、言われたので、通院するのを止めて、MRTだけにしました。

 3カ月が過ぎた11月頃には、骨を欠損した中指の第1関節は動かないものの、指を折り曲げて動かせるようになりました。

 事故の後には曲がっていた指も、徐々にまっすぐになり、傷がふさがった時点とでは、はっきりとした違いが現れ、形が整ってきました。今では、骨が欠けている部分がへこんでいる程度で、ほぼきれいになっています。

 初めのうちは何をするのにもケガをした指に気を遣って、ひどく疲れを感じたものですが、今では違和感なく右手を使えるようになりました。

 MRTを受けることによって、傷の治りや骨が元に戻るなどの回復が早いことは、今までに月刊MRTで読んだり、リーディングセラピストの先生からお聞きしていましたが、この事故を体験して、自分の身体の変化が早いのには本当に驚きました。

◆事故に遭って気付きを広げる

 そして、この事故が起きたことも偶然ではないと思い、この約9ヶ月間、色々とふり返り、気付くことが多くありました。

 私は気が弱く、しなければいけないことからいつも逃げていたため、人にも言いたいことを言えずにいました。しかし、この事故が起きたときには、医師に対しても、自分が後悔しないように、自分の思っていること、こうしたいということを伝えることができ、これまでで一番冷静に物事が見え、実際に行動することができました。

 このときに、本当に自分を中心に行動していなかったら、医師の言う通りに手術をして、指を切断されていたかもしれません。それを思うと今でもゾッとします。医師の判断を鵜呑みにせず、自分の感覚を最優先した結果、大切な指も無事に残り、私は今、後悔していないのです。これは、これまでMRTを続けて、理解を深め、自分を見つめることをしてきたお陰だと思います。

 私は、これまで、自分では自由に行動しているつもりでいました。でもそれは頭の中で焦ったり、考えたりしているだけで、実際には何も行動できていなかったことに気付きました。この事故がきっかけとなって、"自分が行動できないのは、実は面倒がったり、逃げ腰になったりしているからなのだ"と改めて気付き、"思いを巡らせるだけでなく、自分が本当に動かないと何も変わらない"ということを、もっと深いところで気付いたのです。

◆この体験をこれからの人生に生かしていく

 "自分のやりたいことを本音でやる"これがこの事故を通して得た、一番大切なことです。これまでは、お金などを優先したり、周りの人に言われて自分を変えてきたものが合ったのです。たとえば仕事でも、自分のやりたい職種があっても、人から言われたことや、周りの情報に流されて、色々と頭で考えた末、「やめておこう・・・」と諦めたりしてきたのです。

 地質調査の仕事は、事故後辞めました。事故をきっかけに、これが本当に自分のやりたい仕事でないということに気付いたのです。今度は、自分の本当にやりたいことをしようと、心に決めています。

 これからは、自分を偽らず、自分のやりたいことを一所懸命やっていきたいと思います。また、チャンスがあれば、MRTにも、もっと積極的に関わっていきたいと思っています。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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