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腹膜透析をしながらMRTを受け、皮膚の色が白くなり、気力、体力が戻ってきた

  • (MRT恵比寿 55歳 女性 H.Y.)
  • 掲載日:2010.06.24

◆透析を始める

 私は平成元年の5月から血液透析を行うようになりました。しかし、延命のための透析は嫌でした。ちょうど作家としてデビューを目指していたときでしたので、「原稿を書いて本を出版するという目的が果たせるなら透析を受けても良いけど、それができないなら死にます」と言って医者に抵抗しました。それでも病院の医者が全員で「Yさん、絶対に大丈夫ですから」と言うので、透析を開始しました。

 しかし、いざ血液透析を始めると、その恐ろしさは想像を絶するものでした。まず2週間後に、全身が老婆のようになってしまいました。もともと色白だった私が、2週間後には全身の皮膚がコゲ茶色になり、手の甲、足の甲がシワだらけなのです。特に顔の目の下はシミだらけで、自分で鏡を見るのが怖く、ショックという言葉では表現できないほど落ち込み、体力も激減しました。

 透析を受けている人は誰でもこうなってしまうのですが、いざ自分の身に振りかかると本当にショックで、ほとんどの人はここで生きる気力をなくしてしまうようです。

 お水も1日300CCしか飲めないので、おいしいものなんて食べられませんし、そもそも血液透析をすると口の中がずっと苦いのです。

 半年後の11月からは血液透析より楽だと言われている腹膜透析に切り替えました。口の中の苦味が消えて、お水も1日600CCまで飲めるようになりましたので、食事がおいしくなりました。

 4年間、腹膜透析を続けた後、主治医の先生が転勤でいなくなるというので「先生、私が腹膜透析を続けていく上で何か注意することはありますか?」と聞いてみたところ、「Yさんの場合は順調に推移していますので、このまま行けば、おそらく7~8年目までは大丈夫でしょう。しかし、その後どうなるか、医者にも一切わかりません」と言われました。

 そうすると、だいたい7年目ぐらいのときに、「これはおかしい」という症状が出てきたのです。まず最初は足首が象の足のように大きく腫れ上がりました。病院でレントゲンなども撮ってもらいましたが、全く原因はわかりませんでした。それで、炎症止めの薬を飲むと治まるのですが、しばらくするとまた腫れてしまうのです。

◆代替医療を探し回った末、MRTに出会う

 もう医者のことはあてにできないので、それ以降は透析と併用しながら代替医療を探し回って試すようになりました。

 まず、全身に高電圧をかけるものや、光線を当てて細胞を活性化させる治療、ある超能力者のところに行ったり、ヒーリングの一種のある健康法に通ったり、あるいは波動水を飲むことなどもしましたが、一時的には変化がありましたが、決して治るものではありませんでした。

 その後、2年前になりますが大学病院でレントゲンを撮ると、「腹膜硬化の兆候が出ているから血液透析に代えてほしい」と言われました。これについては、私は今でも納得がいっていません。

 腹膜透析を何年も続けると、本来はポリエチレンの膜より薄い腹膜が、段々厚くなってきます。さらに続けると、今度は腹膜全体が収縮して、腹膜内にある胃や腸が一切の食物を受け付けなくなり、最後は餓死するのです。

 昔の腹膜透析だと、早ければ4~5年でそういう状態になったのです。それが段々と医療の進歩で延びてきて、今では平均10年と言われています。

 私はもう13年になりますけど、データが悪くなったことはありませんので、自信を持っていました。それなのに先生からそういうことを言われたので、本屋でいろいろな本を探しました。そこで見つけたのが「中心感覚」のご本でした。走り読みをしながら感じたことは、「この治療法は、ひょっとすると脳に変化が出るはずだ。脳に変化が出せるものなら、腎臓にも必ず変化が出るはず」ということでした。それと、仙骨を通しての物理的な効果と、ヒーリング的な効果が合体していることも感じました。

 私の場合は物理療法に於いてもヒーリングに於いても、現在の最高のものだけを選んできたつもりですので、それらの限界も十分に感じていました。ですから、MRTに出会ったときは「もう、これしかない。これで駄目ならあきらめて、(死を受け入れる)覚悟を決めるしかない」と思っていました。

◆MRTを受け始めて、劇的な変化が顕われる

 初めてMRTを受けたとき、本当に瞬間に終わってしまう治良でしたが、直感的に「これは効くかもしれない」と思いました。

 次に治良を受けたとき、当時は内海先生の治良だったのですが「私は延命のためにMRTを受けるつもりはありません。原稿を書く気力、体力が戻ってくれなくては意味がないのですが、大丈夫でしょうか?」と単刀直入に質問してみました。

 普通、医者にこういう質問をすると「あなたは人間の命を軽んじている」と言って怒られるのですが、内海先生は「あなたの命ですから。細く長い生き方もあれば、太く短い生き方もある。ここで治良を続けていけば、そういう生き方もできますよ」と答えてくれましたので、「よし、MRTでやっていこう」と決めました。

 治良を受けた後でいつも乗っている「センコツくん」も良さそうだったので購入しました。最初の1ヶ月間は週2回、その後は週1回の治良とセンコツくんを併用するようになって3カ月ほど経ったとき、足の甲を見て驚きました。シワだらけだった足の甲が元通りになっているのです。皮膚の色も白っぽくなってきていました。本当に信じられないことでした。

 次に驚いたのは、MRTを受けて8カ月後に病院で血液検査を受けたときでした。骨細胞の代謝を司っているホルモンがあるのですが、その数値が透析患者は通常の数分の一に減ってしまうのです。骨がボロボロになってしまって、ちょっと転んだだけで骨折してしまうのです。そのホルモン値が、何と正常値近くになっていたのです。今まで、どんな物理療法でもヒーリングでも変化がなかったものが、MRTを受けて変化したわけです。

 それで嬉しくなってしまい、ますますMRTで大丈夫だという気持ちになりました。さらに続けていくうちに、全身の皮膚の色も白くなってきました。もう、他の透析を受けている方とは皮膚の色が全く違うのです。

 次に変化が出たのは足首です。これも透析を受けている人は全員そうなのですが、足首の皮膚がこげ茶色のウロコ模様になるのです。重力の関係で一番水が溜まりやすい場所だからという理由のようなのですが、透析を受ける人は皆驚いてしまい、皮膚を軽石で削ってしまった人もいました。でも削って赤くなった後はまた同じウロコ模様の皮膚に戻るだけなのです。皮膚の塗り薬なども試したのですが全く変化なく、12年間あきらめていたのですが、それが跡形もなく消えていました。この変化は本当に奇跡と言って良いほどです。

 私の場合は透析患者としては優等生でしたので、危険水域に入っている検査数値はありませんでした。でも、12年も続けていますので、危険水域より少し良いというものばかりでしたが、今はもっと健常人に近い検査値のレベルになっているのです。

◆MRTを受けて、気力、体力が戻ってきた

 今、こういった私の治療の遍歴を本にまとめようと思って原稿を書いています。原稿を書く作業には非常に体力がいるのですけれども、MRTを受けて体力も気力も充実していますので、そういう作業もできるのです。

 最初の透析を始める目的が、13年目にしてようやく達成できたかなという状態です。もともと私の場合は病気だからと言って深刻になるのは嫌だったので、笑って生きていく主義だったのですが、透析で体力が落ち込んでいたときは、笑い飛ばせる気力もありませんでしたから...。

 本当にいろいろな治療法を試して、治療費のために家まで売り払ってしまったほどですが、最後の最後でMRTに出会えました。最初からMRTに出会えていればとも思いますが、それではMRTのことも理解できていなかったかもしれません。

 これからもMRTを続けて、自分自身の変化を見ていきたいと思います。

※体験談は個人の感想であり、MRT治良の効果を説明・保障するものではありません。

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