体験談のご紹介
MRT博多の体験談(9件)
MRT治良を続けていくうちに、生きることの目的を真に識り得た
◆突然訪れた母の死により、生きることさえ辛く感じた日々 今から一三年前のある日、母から突然電話が掛かってきました。「お母さんは、これからもうあなたには何もしてあげることができなくなるからね。でも、子供達もいるから大丈夫ね」と、それだけ言って切れた電話のことが少しは気にはなっていたのですが、その予感のとおり、それから一週間後に母は自宅で倒れました。前の日から「お腹が痛い、痛い」と言っていた母は、搬送先の病院であらゆる検査を受けるもはっきりとした原因が分からぬまま、その日の夜、帰らぬ人となりました。 母親っ子で母が大好きだった私にとって、突然訪れた母の死の衝撃はあまりにも大きく、生きていることさ・・・
- (MRT博多 59歳 女性 M.H.)
- 掲載日:2012.05.02
『霊止乃道』の御本に出会い、命を懸けて霊止に孵ろうしたときから自分が変わり、そして家族が大きく変わり始めた!
◆息子と娘の幸せこそが自分の幸せだと信じていた大きな誤算、そして家族の崩壊 私は二一歳で結婚し、三人の子供に恵まれました。結婚当初、主人は真面目に働くサラリーマンでしたが、仕事や職場での人間関係のストレスからか、次第にアルコールに溺れるようになっていきました。 子供達がまだ幼い頃、「子供の幸せこそが、私の幸せ」と信じていた私の願いは脆くも崩れ去り、アル中の主人が辺りかまわずわめき散らすという環境の中で、子供達三人を育てていました。 その後、主人は職場のストレスから逃れるようにして四〇歳で脱サラし、事業を立ち上げましたが、その後も主人のアルコール中毒は深刻さを増していくばかりでした。 時は流・・・
- (MRT博多 67歳 女性 M.S.)
- 掲載日:2012.01.13
死の間際に永遠なる魂の存在であることを理解し、「OKサイン」を出して逝った主人
◆MRTに出会い、人間の本体は霊魂であることを識る 私の主人は、今年(二〇一一年)の三月二一日に、八○年間使い続けた肉体を脱ぎ捨てて、あの世へと一人旅立ちました。この度、月刊MRTに私の体験談を掲載させて頂くまたとない機会を頂きましたので、主人があの世に旅立つ前の話を綴らせて頂こうと思います。今から一三年前、私が六〇歳を過ぎた頃、行きつけの美容室の先生からMRT良法の話を聴かされ、そのとき直感的に、「ああ、長年私が探し求めていたものは、これだった!」と感じて、MRT治良を受け始めました。MRT治良を重ねるに連れ、絶対なる中真感覚というものが自分の中にも備わっていることを識るようになり、更には二・・・
- (MRT博多 75歳 女性 H.F.)
- 掲載日:2011.10.11
死に逝く前に死後の世界を見て来た父親の姿から家族全員が理解を深めた
◆壮絶な介護の始まりは、理解への入口となる 年の瀬もいよいよ押し迫まり、お正月の準備に追われていた昨年(二〇一〇年)の暮れ、同居している私の父と母が時期を同じくして脳梗塞で倒れ、入院致しました。幸いにも二人とも症状は軽く、後遺症が残ることもなく、年明けには二人揃って退院できることになり、ほっとしたのもつかの間、父が癌であることがわかり、引き続き、病院で癌の治療を受けることになりました。ところが父は、「すぐ退院して自宅で療養したい」と言いましたので、本人の希望通りに、母と一緒に父も自宅に連れ帰りました。父と一緒に脳梗塞で倒れて入院していた母も認知症を患っていましたので、私と二男が中心となって、自・・・
- (MRT博多 58歳 女性 M.K.)
- 掲載日:2011.09.07
自分を取り巻く家族に顕れた様々な変化から理解を得て、自分を中真とした生き方に変わる
◆二〇年前、父から聞かされていた「仙骨」の治良に巡り合う 私は幼い頃から、いわゆる素直で良い子として育ちました。親の言うことに反抗することもなく言われるがままに育ちましたので、親にとってはとても育てやすい、良い娘だったと思います。私自身も我慢して親の言う通りにしてきたという感覚はなく、そのことに何ら疑問すら感じることはありませんでした。そんな私でしたが、成長するに従い、自分であって自分でないと言いましょうか、どこか心もとない自分に不安や憤りを覚えるようになり、対人関係においても他人にいつも気を使い、なんとなくギクシャクするものを感じるようになっていました。この違和感は何だろうと思いながらも、い・・・
- (MRT博多 39歳 女性 H.M.)
- 掲載日:2011.01.05
35年間にも及ぶアレルギー性鼻炎が治良を受け始めた一年後には完治。そしてアルコール依存症から脱出し、本来の女性らしさを取り戻すことができました
◆三歳で発症したアレルギー性鼻炎 私の身体の不調は、三歳のとき北海道から九州の宮崎に移り住んだことから始まりました。その当時、私たち家族は父の転勤で引っ越しを余儀なくされていたのですが、宮崎に引っ越したときを境に突然アレルギー性鼻炎を発症し、それ以降、私は次第に慢性的な鼻詰まりとハウスダストに悩まされ続けることになりました。 ◆鼻中隔湾曲症と蓄膿症の手術を受けるも、一向に改善されることがなかった鼻炎と鼻詰まり 三歳の頃に始まり一向に良くなる兆しのない鼻炎や鼻詰まりの症状は、小学生だった私を終始悩ませ続け、子供心にも、なんとかしてこの不快な症状を治す方法はないものかと、いつも思いあぐねていました・・・
- (MRT博多 41歳歳 女性 A.S.)
- 掲載日:2010.08.03
B型肝炎を切っ掛けにMRTに出会い、一六年間治良を続けることで、真に中真感覚で生きることを自覚できるようになった
◆妻と子供を残して死ぬ訳には行かない、MRTに懸けてみよう 私は一九九一年、三八歳のときにB型肝炎で、GOT・GPTが急激に上昇して共に六〇〇を超える数値になり、二ヵ月間の入院を余儀なくされました。薬と点滴で何とか数値が両方とも五〇前後まで落ち着いて退院しましたが、体調もあまりよくならず、家でゆっくりしていました。 そんなとき、MRT池袋で治良を受けていた姉から「MRTで私もB型肝炎が消えたから行ってみなさい」と言われ、また、「『仙骨』に無痛ショックを与えると病気は消える」の御本を送ってもらいました。御本を読み、早速MRTを受けてみることにしました。 一回目の治良後、「たったこれだけ?こ・・・
- (MRT博多 55歳 男性 E.K.)
- 掲載日:2010.06.28
メニエルによるめまいが消え、二五年前の骨折でへの字に曲がった鎖骨も、重なってくっついた肋骨もきれいにつながり治った
◆精神的ショックで、メニエル症候群に 私は大きな病気もせず、満六〇歳で定年退職しました。趣味のサークルで友人達のために力を尽くしていたのに、長年付き合っていた友人に裏切られ、大きなショックを受けました。 一人住まいで、しかも退職後なので、外出しないと話す相手もなく、一人で考え込んで、ますます落ち込んでいました。 そしてとうとう、凄いめまいに襲われ、医者からメニエル症候群と診断されました。薬を服用することで、強いめまいは起きませんでしたが、また、いつめまいに襲われるかという恐怖と不安がいっぱいで、精神安定剤を服用する毎日でした。 そんなとき、MRT横浜で治良を受けていた妹に「メニエルだけ・・・
- (MRT博多 70歳 女性 I.A.)
- 掲載日:2010.06.28
旧MRT博多のRTだった義父が他界、そして今はMRTの本で理解を深め、MRTは私共夫婦にとって、生活の羅針盤として欠かせない存在となりました
◆MRTを受ける切っ掛け 私がMRTに出合った切っ掛けは、今はなき、旧MRT博多でRTをしていた(H先生)(故人)からでした.。 その頃は、勤め先の関係で山口県に住まいがあったため、めったに治良を受けることはありませんでしたが一九九〇年三月に(H先生)が亡くなってからは、内海先生のご著書や月刊MRTを読むようになりました。 その後、一九九五年に北九州に住んでいた両親の老いが気になるために、実家に近い距離に家を新築いたしました。今度は北九州から山口県までの通勤が始まったのです。早朝五時起き深夜に帰宅の生活でした。 そんな生活の中で月一回の治良間隔で再び治良を受け始めました。夏の真っ盛りの・・・
- (MRT博多 63歳 女性 A.M.)
- 掲載日:2010.06.28




