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    <title>ＭＲＴ本部オフィシャルウェブサイト ～ＭＲＴ仙骨瞬間無痛良法（仙骨療法）の専門治療院～</title>
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    <updated>2010-08-03T02:46:12Z</updated>
    <subtitle>ＭＲＴは、微弱な磁気で人体の中心に位置する『仙骨』のわずかな変位を正確に読み取り、瞬間・無痛に調整する元祖仙骨療法です。1981年の創設以来30年以上にわたり、全国14ヶ所のＭＲＴで延べ300万人以上の実績があります。</subtitle>
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    <title>首・肩・背中・腰・足が痛いのは全身が曲がっているから？　とＭＲＴに来たら、全身の症状が消え、二五年前からの黒皮症まですっかり消えた！ - 体験談のご紹介</title>
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    <published>2010-08-03T02:41:34Z</published>
    <updated>2010-08-03T02:46:12Z</updated>

    <summary>◆全身の歪みを治したい私に「ちょっと面白いところがあるわよ」と友人に誘われて　私...</summary>
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        <name>アイディデザイン</name>
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        <![CDATA[<p>◆全身の歪みを治したい私に「ちょっと面白いところがあるわよ」と友人に誘われて<br />　<br /><img class="mt-image-right" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 20px 20px" height="220" alt="愛媛体験談イラストのサムネール画像" src="http://mrt-jp.com/experience/assets_c/2010/08/252%E3%80%80%E6%84%9B%E5%AA%9B%E4%BD%93%E9%A8%93%E8%AB%87%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88-thumb-250x220-51.jpg" width="250" />私は、一八歳と二〇歳のときに、蓄膿症の手術を二回受けました。しかし、その後も鼻の通りが悪く、特に飛行機で東京に向かうときには、ちょうど富士山が見えるあたりから鼻が詰まり出し、めまいや頭痛が起きるほどでした。ただでさえ高所恐怖症の私にとっては、ほんの一時間ちょっとのフライトがもの凄い精神的ストレスでした。</p>
<p>二五歳のときには、自転車に乗っていたところで車と正面衝突して転倒し、腰と頭を強打しました。頭にできた大きなたんこぶ（腫瘤）を診た医者からは「そのたんこぶのお陰で命が助かったのです」と言われましたが、全身を打撲していましたので、回復するまでかなり辛い時期が続きました。　<br />そして、四五歳のときにも、自転車に乗っていたところを車に引っ掛けられ、足首にざくろのようにぱっくり裂けてしまうほどのケガをしました。幸いにもアキレス腱は切れていなかったので、時間は掛かりましたが、何とか元気を取り戻すことができました。<br />その後、四七歳で三度目の交通事故に遭いましたが、そのときはとっさに自転車から飛び降りたので、以前の事故のような大きなケガをすることなく難を逃れました。<br />私は、何度も事故に遭いながら、それでも販売の仕事（立仕事）を長年続けてきましたので、気付いたときにはいつも首から肩にかけて張っておりました。そして、背中と腰に痛みが出るようになり、しだいにふくらはぎまで広がり、普通に歩くのさえきつく感じるようになっていました。<br />その後も、身体が辛いながらも仕事を続けてきたことで、六八歳になる頃には、とうとう背中が丸くなって姿勢も悪くなり、立っていること、歩くことがますます辛くなっていました。</p>
<p>そんなある日、上向きに寝ている自分の姿勢にフッと目をやると、何と身体全体が足に向かって右に大きく曲がっていることに気付いたのです。「これは骨盤が大きく歪んでいるからに違いない。全身の歪みを治したい」と思いましたが、若い頃、看護助手をしていた経験から、病院に行っても治らないことはわかっていましたので、「どこか整体の良いところがないかしら？」と友人に相談しました。そして、ＭＲＴ愛媛やＭＲＴ博多に通っている友人から「ちょっと面白いところがあるわよ」と教えてもらったことが切っ掛けとなり、整体治療のつもりでＭＲＴ愛媛を訪れました。</p>
<p><br />◆一回目の治良の翌朝、大量の真っ黒い便にビックリ！</p>
<p>初めてＭＲＴを受けた日はぐっすり良く眠れ、翌朝トイレに行くと、思わず「洋式トイレが詰まって流れないのではないか！」と心配するほど、真っ黒い便が大量に出てとてもビックリしました。私はもともと軟便で一日に四～五回も排便していましたので、腸の中に宿便が溜まっているなんて思いもしなかったのです。身体もやせ型なので、こんなにたくさんの便がどこに溜まっていたのかと本当に不思議に思いました。<br />そして、ほんのちょっとですが、腰痛が楽になったのを感じ、ＭＲＴに行くのが楽しみになりました。ＲＴの先生から「仕事の帰りに毎日でも『センコツくん』に乗りに来てくださいね」と言われ、治良を受けない日も仕事の帰りに時々『センコツくん』に乗るためにＭＲＴに立ち寄るようになりました。　</p>
<p><br />◆二回目の治良の翌朝、今度はきれいなバナナ便にまたビックリ！</p>
<p>二回目のＭＲＴ治良を受けた翌朝の便をトイレで見たときは、今度はきれいな黄色のバナナ便だったので、またビックリしてしまいました。私は若い頃から腸が弱く、いつも軟便で形がない状態が当たり前でしたので、何十年振りに理想的な便の状態を見て本当にうれしくなりました。<br />一回目のＭＲＴ治良後に腸の大掃除が行われ、身体中がきれいになってきたことを実感し「これで私は元気になれる」と確信したのです。<br />その後、三回目のＭＲＴ治良後には腰の痛みがジワーッと出てきて驚きましたが、反対に左のふくらはぎの痛みは取れていました。そして四回目の治良後には、腰の痛みは消えて腰が伸びるようになってきました。<br />五回目の治良を受けた辺りから、とても良く眠れるようになって身体が軽くなり、立っていることもどんどん楽になってきました。そうして周りの友人から「あなた、姿勢が良くなったわね」と言われるようになったのです。<br />その後も、「今日は頭痛がするわ」と思ったら翌日はすっかり消えたり、目がウルウルして涙が出たりしました。それから、急に一〇分間だけ手が痒くなって、その後、嘘のように消えてしまうなどなど、次から次に身体中に変化が出ては消え、出ては消えを繰り返しました。<br />そして、一〇回目の治良が過ぎた頃には、過敏だった腸が落ち着いてきて一日に二回ほど良い感じの便が出るようになってきました。体調も良くなり、精神的にも明るい気持ちになれて、やる気が出てきました。</p>
<p><br />◆治らなかった黒皮症の顔のシミが濃くなった後に、薄くきれいに！</p>
<p>一番驚いた変化は、一〇回目の治良が過ぎた頃に現われました。<br />実は、私は四五歳のときにＰ化粧品を使い始めたのですが、しばらくすると「あれっ、鼻の下にひげが...」と気になるくらい鼻の下の皮膚が黒く見えました。それからしょっちゅうひげを剃るようになったのですが、剃っても剃ってもきれいになった感じがしないのでよく見てみると、それはひげが濃くなったのではなく、鼻の下の肌の色が黒く変わってきていたのです。最初はその化粧品を使っていることが原因と気付かずに、その後も一年くらいは使い続けましたが、化粧品をやめたときにはもう遅く、顔の皮膚が黒くなるのを止めることはできませんでした。さらに、日焼けでそのシミはどんどん顔中に広がり、シミと言うより顔全体が黒ずんで見えるようになっていたのです。<br />その後、約二五年間、ずうっと黒皮症で顔が黒いことを気に病み、なんとかして治せないものかと医者に行ったり化粧品を変えてみましたが、一向に良くなることはありませんでした。「これはもう仕方がないこと」と諦めていましたので、ＭＲＴを受けるようになっても、さすがにその黒皮症まで変化するとは夢にも思っていませんでした。<br />ところが、ＭＲＴ治良一〇回目辺りから、そのシミが急に濃くなり始めたのです。今までの治良の変化を経験して、症状が表に出ると、その後は消えていくことを実感していましたので、「いよいよ、逆行がおいでなすったな。ひょっとして、これもきれいになるかもしれない...」とひそかに期待が持てるようになっていました。<br />それから二ヵ月が過ぎ、ＭＲＴ治良一五回目の頃には、一時的に濃くなっていた顔の黒ずみが薄くなり、徐々に顔が白くなっていきました。<br />何より、白くきれいな私の肌を見た友人達は驚きを隠せずに、「化粧品変えたの？」「何をしたの？」と口を揃えて次から次に質問をしてきました。</p>
<p><br />◆一二月にメニエール病になり、つい無理する自分の癖に気付く　</p>
<p>そうして最初の三ヵ月間は順調に良くなっているのを実感していたのですが、一二月中旬に急にめまいがするようになり、病院に行くと「メニエール病」と診断されました。医者から処方された薬は、一回飲んだだけで下痢をしてしまい、やはり薬は駄目だと気付き、ＭＲＴに行きました。そのときの一回の治良でめまいはすぐに取れましたが、自宅に帰ってから、何かしなければと逸る気持ちが起き、腹筋を三回したところで、まためまいが起きてドキッとしました。<br />そこですぐに仙骨を意識したら、スーッと症状が消えるという体験をして、本当に仙骨の大事さを感じました。そして、「自分には何があっても仙骨を意識すればいいのだ」ということがわかり、それからは慌てずに真に自分を中真にできるようになってきたことを実感しております。<br />そして自分を振り返り、このめまいの原因はマンションの下の階に住む人とのトラブルがストレスとなって現れたことに気付き、また、仕事でも何でも頑張り過ぎて無理をしてしまう自分の癖に気付きました。<br />その後、めまいやふらつきの症状は出たり消えたりしながらも、三ヵ月後の二〇一〇年二月にはすっかり消えてしまいました。</p>
<p><br />◆ムチウチの逆行後、首が回るようになった</p>
<p>三度の交通事故による後遺症と言えるものの一つですが、後ろから声を掛けられてパッと振り向こうとしても、首だけを回すことができず、身体ごと後ろを向かないと振り向くことができませんでした。それが四月になって首が痛くなってきましたので、「これも、逆行かな...。次はムチウチの後遺症も消えるのかな...」と思っていましたら、全くその通りで、その首の痛みが消えてからは、首の可動性が戻り、スムーズに首を回して後ろを振り向くことができるようになりました。<br />そうして、今では「症状（逆行）が出てきたら、もうしめたもの。またＭＲＴ（仙骨）で消えるぞ！」と本当に確信が持てるようになりました。</p>
<p>　<br />◆中真感覚がわかり始める</p>
<p>今回、ムチウチの症状が出たことから、物を持つと首に痛みを感じるようになったため、物の中真を意識して持つようになりました。このことから仙骨を意識したり、中真を意識して行動すると、身体への負担が掛からないことに気付きました。<br />実際に、今まではたとえ軟便でも、力まないとお通じが出ませんでしたが、仙骨を意識すると、力むことなく、スーッとお通じが出ます。脳溢血などで倒れるのはトイレが多いと聞いていましたが、中真感覚を知ったことで、力むことが脳血管の負担となることがわかりました。<br />仙骨を意識することが余病を防ぐことを知り、中真感覚の奥深さと面白さに自分の人生に期待が持てるようになりました。<br />そんな楽しそうに過ごす私を見て、友人達は「肌がきれいになったね。化粧品変えたの？」「姿勢が良くなったね、何をしたの？」「若返ったわね...」などなど、私の話題でもちきりです。<br />子供達も独立して、私は一人暮らしをしていますが、仕事をしながら、踊りや洋裁などの趣味と、楽しい友人とのおしゃべりに花を咲かせながら、何の心配もなく暮らせることに本当に感謝しております。</p>
<p>＊黒皮症：顔面などの皮膚が色素沈着のために黒ずんで、褐色や紫灰色などを呈する症状。化粧品などに含まれる化学物質や、過敏な体質などが原因とされる。女子に多く、女子顔面黒皮症ともいう。<br /></p>]]>
        
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    <title>35年間にも及ぶアレルギー性鼻炎が治良を受け始めた一年後には完治。そしてアルコール依存症から脱出し、本来の女性らしさを取り戻すことができました - 体験談のご紹介</title>
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    <published>2010-08-03T02:37:40Z</published>
    <updated>2010-08-03T02:39:31Z</updated>

    <summary>◆三歳で発症したアレルギー性鼻炎 私の身体の不調は、三歳のとき北海道から九州の宮...</summary>
    <author>
        <name>アイディデザイン</name>
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        <![CDATA[<p>◆三歳で発症したアレルギー性鼻炎</p>
<p>私の身体の不調は、三歳のとき北海道から九州の宮崎に移り住んだことから始まりました。その当時、私たち家族は父の転勤で引っ越しを余儀なくされていたのですが、宮崎に引っ越したときを境に突然アレルギー性鼻炎を発症し、それ以降、私は次第に慢性的な鼻詰まりとハウスダストに悩まされ続けることになりました。</p>
<p>◆鼻中隔湾曲症と蓄膿症の手術を受けるも、一向に改善されることがなかった鼻炎と鼻詰まり</p>
<p>三歳の頃に始まり一向に良くなる兆しのない鼻炎や鼻詰まりの症状は、小学生だった私を終始悩ませ続け、子供心にも、なんとかしてこの不快な症状を治す方法はないものかと、いつも思いあぐねていました。<br />更に中学に入学する頃には、脊椎側湾症との診断を受け、「もう少し側湾がひどくなったら、手術するしかない」とまで医者に言われたのですが、説明を聞いただけでも恐ろしい側湾症の手術だけは何としてでも避けたいと思う一心から、整体やカイロプラクティック、そして鍼や灸など、ありとあらゆる治療所に通いつめる毎日を送っていたのです。<br />そして高校生の頃には、アレルギー性鼻炎と鼻詰まりが高じて鼻腔に膿が溜まるようになり、「これらの症状は鼻中隔湾曲症に起因するので、それを治すには手術しかない」と診断され、医者に言われるがままに、鼻中隔湾曲症の手術、そしてそれに追い打ちを懸けるように、蓄膿症の手術を受けました。<br />それでも鼻詰まりの症状が改善されることはなく、その後も常に口で呼吸をする状態が続いていたせいか、今度は扁桃腺が腫れて熱を持つようになり、夜も深く眠れない状態が続いていました。</p>
<p>◆ストレスと過労で極限状態に陥り、そして自分を見失い...</p>
<p>時は過ぎ、私は大学に進学するため猛勉強に明け暮れる毎日を送っていたのですが、ある日ふっと、「勉強も進学も、もういいや！」という思いが自分の中から湧き上がり、その感覚のままに大学進学をあっさりとやめてしまいました。元々、私は絵や美術、そして音楽が大好きで、その方面に進みたいと願っていたのですが、学歴を重んじる家族や学校など、周りの期待に何とか応えようとして始めた受験勉強でしたので、大学に未練はなかったのです。そして高校を卒業と同時に、私は窮屈で居心地の悪かった実家を出ました。<br />相変わらず、慢性的な鼻の症状を抱えつつも、実家を出てやっと手にした自由と解放感に浸りながら、自分の望む道をまっしぐらに歩き始めた私は、二〇歳の頃、グラフィックデザインの仕事に就いたのです。<br />締め切りに追われる日が毎日続く中、自分が納得のいく良い仕事がしたいと思う一心で、身を削るようにして夜遅くまで仕事に没頭する日々が何年も続きました。<br />その当時、仕事のストレスと過労で何度も倒れるほどに極限状態に陥っていた私を見かね、「もう無理をしなくてもいいから、僕が君の分も働くから...」と言ってくれたのが今の夫でした。その一言に救われた気がして、今から七年前（二〇〇三年）、三四歳のとき、私は専業主婦になったのです。</p>
<p>◆自分の中から湧き上がってくる得体の知れない何ものかに突き動かされて...</p>
<p>仕事を辞め、苦しい状態から解放された私は、本来の自分を取り戻せるはずでした。<br />ところが、「みんな頑張っているのに、私だけが家でこんなにゆっくりしていていいのだろうか？　もっと頑張らなければ、人並みの生活を送ってはいけないのだ。こんな私は生きている価値はないのだ...」との思いがどんどん募りゆくばかりで、私はまたしても、仕事をしていた頃の自分と同じように、不安と焦りの狭間で自分を追い込み始めたのです。<br />そして、仕事をしていない自分に存在価値を見出すことができなくなった私は、その穴埋めをするかのように、次第にアルコールに依存するようになっていきました。<br />その一方、「今、本当のことを識らなければ大変なことになる」という得体の知れない何ものかに突き動かされ、その正体を突き止めるべく、本屋に行ったり、図書館めぐりをしたり、インターネットで調べたりと、答えを探し求める日々が続いていました。<br />しかし探しても探してもその答えは見つからず、悶々とした日々を過ごしていたある日、友人からの紹介でＭＲＴの治良を受けることになったのです。</p>
<p>◆一年間にわたる鼻汁と痰の排出後、三五年間悩み続けたアレルギー性鼻炎が消えた！</p>
<p>二〇〇八年四月、初めて治良を受けた後、「こんなに凄い治良が世の中にあったのか！　これは凄い！」と、言葉にならない感動を覚えた私は、それから夢中になって治良に通い始めました。<br />一回目の治良の後、今まで経験したことがないほどの強い眠気に襲われ、二回目の治良を受けたときには水分が異様にほしくなり、食事をすることも忘れて、乾いたスポンジが水を吸収するかのように、来る日も来る日も水分を摂り続けました。<br />発熱と眠気とだるさが相まって、一日中眠っていることもしばしばでした。<br />また、治良を受け始めて一ヵ月目から始まった鼻汁や痰の排出は、これでもかと思うほど、それから一年余りにわたって続きました。<br />その後、三歳の頃に端を発したアレルギー性鼻炎や鼻詰まりの症状がぴたりと消え、鼻でスースー呼吸ができるようになったことに、ＭＲＴ良法の凄さを実感したのです。<br />三歳の頃から患い、鼻中隔湾曲症や蓄膿の手術を受けても一向に良くなることがなかった三五年間にも及んだ症状が、ＭＲＴ良法を受け始めてから僅か一年余りで消えてしまったことの感動は、言葉で言い尽くせるものではありませんでした。<br />また、治良を重ねるごとに味覚や臭覚が敏感になり、自分の細胞のあらゆる感覚が呼び覚まされ、それと共に、本来の自分が少しずつ蘇ってきていることを実感するようになってきたのです。</p>
<p>◆アルコール依存からの脱出！</p>
<p>治良を受け始めて半年が過ぎた頃から、アルコールの量が次第に減り始めていました。それと同時に、仕事に没頭していた頃の過去の自分は相当無理をしていたのだということに、私はようやく気付き始めたのです。<br />それから更に半年余りが過ぎたころ（四〇回目を迎える頃）、ふと、お酒をやめてみようと思い立ち、それっきり二度とお酒を口にすることはありませんでした。<br />そして気が付けば、アルコールで疲れ切っていた肝臓の痛みもいつの間にか消えてしまっていたのです。今にして思えば、アルコールに頼るのではなく、頼るべきは自分の中真であることを、そして無理することなく、自分の細胞の声を聴いて自分を大事にする生き方こそが本来の生き方であることを、肝臓が痛みを出すことによって私に教えてくれていたのだと思います。</p>
<p>◆ずっと探し求めていたもの...それは「霊止乃道」</p>
<p>治良五〇回目を迎える頃には、あんなにひどかった生理痛や貧血もなくなり、それどころか生理が来る度に、言いようのない至福感に満たされるようになってきたのです。<br />それは私にとっては思いもよらぬ自分の変化であっただけに、ますます仙骨の凄さを実感するようになりました。さらに、治良を受け始めて一年が過ぎた頃に発刊された『霊止乃道』のご著書を拝読させて頂いたことにより、ＭＲＴに巡り合う以前、私が必死で探し求めていた「今、本当のことを識らなければ大変なことになる」という、内から湧き上がってきていた得体の知れない何ものかの正体こそは『霊止乃道』であったことを確信するに至ったのです。<br />そして、「ああ、もう自分は大丈夫だ。このままこの道を歩んでいけばいいのだ」と、心の底から思える自分自身の中真に従い、これからも仙骨を調えつつ理解を重ね、坦々と霊止乃道を歩んで参ります。<br /></p>]]>
        
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    <title>ＭＲＴホームページがリニューアルしました。 - TOPICS</title>
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    <published>2010-07-31T15:00:01Z</published>
    <updated>2010-08-02T06:09:54Z</updated>

    <summary>ＭＲＴホームページがリニューアルしました。 更に、この度、モバイル版も完成しまし...</summary>
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        <name>アイディデザイン</name>
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        <category term="ＭＲＴからのお知らせ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/topics/">
        <![CDATA[<p>ＭＲＴホームページがリニューアルしました。</p>
<p>更に、この度、<a href="http://mrt-jp.com/mobile/index.html">モバイル版</a>も完成しましたので、是非、ご覧ください。ＱＲコードで簡単にアクセスできます。モバイル版でも、ＰＣ版同様に、ＭＲＴ仙骨瞬間無痛良法を受けられて変化された方の体験談450例以上を見ることが出来ます。</p>]]>
        
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    <title>腰椎椎間板ヘルニア、坐骨神経痛が完治、毎日『センコツくん』に乗り健康な生活を実感！  - 体験談のご紹介</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://mrt-jp.com/experience/../m/experience/post_449.php" />
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    <published>2010-07-22T09:14:12Z</published>
    <updated>2010-07-22T09:16:01Z</updated>

    <summary>◆三〇代でギックリ腰になったが、すぐに良くなるので大丈夫と過信していた私　私の仕...</summary>
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        <name>アイディデザイン</name>
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    <category term="センコツくん" label="センコツくん" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="坐骨神経痛" label="坐骨神経痛" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="腰椎椎間板ヘルニア" label="腰椎椎間板ヘルニア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/experience/">
        <![CDATA[<p>◆三〇代でギックリ腰になったが、すぐに良くなるので大丈夫と過信していた私<br />　<br />私の仕事は、四トントラックの運転手で、四国近辺から大阪まで毎日運転することでした。荷物の積み込みなどの肉体労働もありましたが、運転は好きなほうなので、苦にならずに仕事に励んでいたました。<br />大きな病気の経験もなく、頑丈な私でしたが、三六歳のとき（一九九八年）、初めてギックリ腰を起こしました。かなりの痛みではありましたが、病院に行くほどでもないと思い、近所の整体で施術を受けたり、薬局で買った湿布で乗り切り、いつのまにか良くなりました。<br />それからも二～三年に一度の割合でギックリ腰になることはありましたが、「仕事も休まずできるし、たいしたことはない」と病院にも行かずに、元気な自分を過信していました。</p>
<p>◆すぐに良くなるはずのギックリ腰が腰椎椎間板ヘルニア、坐骨神経痛の診断</p>
<p>今でも忘れられないのは二〇〇七年の九月のことです。いつものように仕事で積み荷の上げ降ろしをしていて、二〇ｋｇの肥料を持ち上げたときに、一瞬「あれっ」と、腰に違和感を感じました。しかし、痛みはなかったので、その後もいつもと同じようにバリバリ働いていました。<br />それから日に日に腰痛がひどくなり始めたので、最初はいつものように、湿布を貼ったり、近所の整体に行って施術を受けていましたが、全く良くなる兆しがありませんでした。それどころか、症状は腰痛だけに止まらず、右足にまで痛みが広がり、今までの治療に限界を感じてとうとう一一月には整形外科を受診しました。その結果、「腰椎椎間板ヘルニア、坐骨神経痛」との診断を受け、痛みがひどいために、その場で鎮痛剤の注射（神経ブロック）をし、コルセットを付けての帰宅となりました。<br />その後、ひどい痛みが続いていたので病院で二～三回、痛み止めの注射をしてもらいましたが、全く効果はなく、反対に、医者からは「これ以上、今の仕事は続けられませんよ。少し休養したほうがよいです」と言われてしまいました。<br />コルセットをしながら仕事をしている私を見た同僚が、「病院より効く治療所があるから、ぜひ行ってみたら」と整体治療院を紹介してくれました。</p>
<p>◆友人によく効くと聞いた整体治療で、症状はさらに悪化の一途をたどることに･･･</p>
<p>仕事を休まずにこの辛い痛みが良くなることを期待して、紹介された整体治療院に行きましたが、痛い腰を吸引されたり（しばらく内出血が残るほど痛かったのを覚えています）、背中から腰を足で踏まれたりとかなり激しい治療で、施術後も腰の痛みは治まるどころか悪化する一方でした。<br />それでも何とかそのうちに良くなるのではないかと期待し、週一回は整体に通いましたが、良くなるどころか、いつの間にか右足先が冷たくなり、足の感覚まで鈍くなってしまいました。痛みも一向に治まる気配がなく、とうとう痛みのために寝返りが打てなくｎって、夜も眠れない日が続くようになりました。<br />そしてついに、それまでは何でもなかった運転席に乗ったり降りたりする動作まで痛くてできなくなってしまいました。それでも右足を引きずりながら、コルセットで身体をきつく締め付ける苦しさで痛みを紛わせ、身体に鞭打って仕事を続けました。そんな自分の姿に、「これはいかん･･･、どうしたものか･･･」と悩んでいたとき、仕事中に車のラジオから、ＭＲＴ良法の案内が流れてきて「無痛・仙骨」の声に藁をもすがる気持ちですぐに電話予約をしたのです。</p>
<p>◆一回目はたった一瞬の治良に驚き、「本当にこれで大丈夫かな･･･」と思ってしまった</p>
<p>二〇〇七年の一二月に初めてＭＲＴ良法を体験したときは、正直な話「何これっ、こんなんで終わり...？ それにしても料金は高いし...」と、治良後、『センコツくん』に乗りながらも頭の中は疑問だらけでした。しかし、ＲＴの先生からの丁寧な初回説明に、疑問は消えないながらも次の予約をしっかりと二日後に入れている自分がいました。このときの自分は今でも不思議でなりません。<br />二回目の治良のときにＲＴの先生より「何か変化はありましたか」と聞かれても、正直なところ、症状は変わらず、痛くて眠れないので「本当にこの治良で良くなるのですか？」と、逆に質問していました。ＲＴの先生はいやな顔一つせずに身体の根本土台である仙骨の働きと、よほど無理をしてきた自分の原因に気付くように時間を掛けて説明してくれました。それから週二回の治良を一ヵ月間、真面目に通いました。</p>
<p>◆一ヵ月後に右足痛が消え、治良への疑問から「仙骨で大丈夫」との確信に変わる</p>
<p>ＭＲＴ治良を受け始めてから、二～三回目までは、症状の変化を感じられず、また治良後、『センコツくん』に乗ると、腰や右足の痛みが増すために四分間立っているのも辛かったことを覚えています。<br />「本当にこの治良で良くなるのですか」と、毎回のように質問していましたが、ＲＴの先生からの「大丈夫ですよ」の自信のこもった言葉に、妙な安心感を覚えました。<br />それから一ヵ月が経った頃には、右足の痛みが次第に楽になってきて、麻痺していた足の感覚も戻っていました。腰の痛みはまだありましたが、症状が楽になったことで寝返りを打てるようになり、夜もよく眠れるようになりました。<br />このまま順調に良くなることを期待していましたが、今度は左足に痛みが出るようになってドキッとしました。しかし、運転自体は苦にならず、「これも逆行かな」と、精神的には落ち着いて過ごしている自分がいました。左足の痛みは、出たり引っ込んだりしながら、右足よりも時間は掛かりましたが、結果的には二〇〇八年四月にはすっかり消えました。<br />また、ＲＴの先生から、それまで使用していた低反発の布団がかえって身体の自由性を奪っていることがあると聞き、「高かったのにもったいないなぁ」と思いながらも普通の布団に変えた途端、目覚めが良くなり、更に良い眠りに就くことができるようになり、これにも驚きました。<br />最後まで残っていた腰痛は、ＭＲＴを受け始めて半年後の二〇〇八年五月頃に、腰から足に足からつま先にスーッと抜けるように消えてしまいました。そして、いつも手放せなかったコルセットを外しても楽に仕事ができるようになっていました。<br />結果的に腰痛、足の痛み・痺れが完全に消えてしまうまでに半年間かかりましたが、その間、ずーっと仕事を休まず続けられたのは本当にありがたかったなと実感しています。</p>
<p>◆自宅で毎日『センコツくん』に乗ることで、一ヵ月に一回の治良で安定した生活を送ることができています！</p>
<p>その後、二週間に一回のペースで定期的に治良に通い続けることで、その後は、腰痛が出ることもなく、元気に仕事を続けていました。<br />受付の方やＲＴの先生に「『センコツくん』毎日乗ると良いですよ」と薦められても、最初は「本当かな～」と、また疑う自分がいましたが、治良を開始してから一年後（二〇〇八年年末）に思い切って『センコツくん』を購入しました。<br />『センコツくん』には、起床後に一回、仕事から帰宅してすぐに一回、そうして寝る前にも一回、一日最低三回は乗っています。特に寝る前にゆっくりのスピードで乗ると、夜は本当に深い眠りに就くことができることを実感しています。<br />そして、毎日『センコツくん』に乗ることでその日の疲れが早く取れ、段々疲れにくくなっており、二〇〇九年三月からはＭＲＴ治良も月一回のペースでも体調を維持できるようになりました。<br />今では仕事に行くのと同じくらい、毎日真面目に『センコツくん』に乗っています。すっかり元気になった自分を知っている家族も今では毎日、『センコツくん』に乗っています。</p>
<p>◆今は中真感覚を仕事に活かすことを意識しています</p>
<p>最近ではＲＴの先生より、「肉体の力で荷物を持つのではなく、『中真感覚』を生活で活かしましょう。同じ重たい荷物でも軽く感じるようになり、腰痛が出にくくなりますよ」と言われました。そして実際にＲＴの先生が治良後、ＭＲＴテーブルで寝ている状態の人を、力で起こすやり方と中真感覚で起こすやり方の違いを体験させてもらいながら教えてもらいました。<br />治良後、何気なく起こしてもらっていましたが、その動作の中にも中真感覚が使われていることに驚き、自分も仕事で荷物の積み込みが多いので中真感覚を活かしたやり方を実行していこうと思いました。<br />生まれたとき、すでに自分に備わっている中真感覚を知って、肉体の力を超えた『中真感覚』をもっとが日常生活に使えるようになることを楽しみに、これからもＭＲＴに通いますので、今後ともよろしくお願い致します。<br /></p>]]>
        
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    <title>重度偏頭痛に大量の薬、一○○回以上もの神経ブロック注射、さらに後遺症で右顔面の歪みと右半身麻痺。ＭＲＴによってその苦しみから解放されました - 体験談のご紹介</title>
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    <published>2010-07-22T09:11:45Z</published>
    <updated>2010-07-22T09:14:11Z</updated>

    <summary>◆出産して三年後からひどい頭痛に悩まされ、医者からどんどん強い薬を渡される 私が...</summary>
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        <name>アイディデザイン</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/experience/">
        <![CDATA[<p>◆出産して三年後からひどい頭痛に悩まされ、医者からどんどん強い薬を渡される</p>
<p>私がＭＲＴで初めて治良を受けたのは、二○○七年九月のことです。<br />若い頃より、頭痛があり、鎮痛剤を飲みながら生活を送っていましたが、出産して三年後、一九九五年の三五歳のとき、突然以前にも増してひどい頭痛に悩まされるようになりました。<br />最初の頃は、市販の鎮痛剤を服用すれば効いていたものの段々効かなくなり、近くの病院で診療を受けても原因がわからず、大病院の脳神経外科でＣＴ、ＭＲＩの検査をしても「特に悪い所はなく原因はわかりません。治療法はありません」と同じことを言われるだけで、処方される薬の量も日増しに増えていきました。しかし一向に効果はなく、薬もどんどん強いものに変わっていき、一日に十数錠を飲むこともあり、副作用で頭はボーッとして、身体も痺れる毎日でした。</p>
<p>◆治らない頭痛に投薬された大量の薬で胃潰瘍に。さらに神経ブロック注射で顔面に麻痺症状が出る</p>
<p>その後、医者の勧めで心療内科にも通うようになり、精神安定剤と睡眠薬も手放せなくなりました。あまりの薬の量で今度は胃潰瘍になり、何ヵ月も治療を受ける始末です。そんな私を見兼ねた医者に、今度は神経ブロック療法を受けることを勧められ、大学病院を紹介されました。<br />神経ブロック療法とは、首に注射器で麻酔を打つ治療法で、頭痛を根本から改善するのではなく、麻酔で癌や痛風、神経痛などから起きる強い痛みを一時的に止めるという対処療法の一つです。<br />私の場合は、主に右に打っていたので副作用として、顔面の右側だけ歪み、しゃべることも食べることもできにくく、右半身だけが熱くなり、麻痺した感じになりました。<br />それでも少しでも良くなればと週に一～二回、数年に渡り一○○回以上の治療を受けました。この治療は回を重ねていきますと首の筋肉が固くなって、注射針が入らなくなり、液漏れしたりすることも増えてやめざるを得なくなりました。<br />　<br />◆友人の勧めで初めて受けたＭＲＴ治良は特に変化なし。しかしその後どんどん逆行がひどくなる</p>
<p>その後は、何年も鎮痛剤に頼り、騙し騙しで毎日を過ごしておりました。そんなとき、友人に勧められＭＲＴ梅田に初めて行かせて頂きました。初回治良後は、特に変化を感じることもなく、身体的にも何も変わらずでしたが、二回、三回と通ううちに、逆行でしょうか頭痛が日に日にひどくなり、強い頭痛が起き、更に神経ブロック療法のときの副作用と同じ症状で寝込むこともありました。ＲＴの先生からお聞きして、元気になるためには、逆行が必要なことと頭ではわかっていても、治良する度に症状がひどくなるので、一四回目の治良の後には、とうとう通うことが辛くなってしまい、何ヵ月も治良の間隔があいてしまうこともありました。<br />そんなとき、ＲＴの先生は「あなたのように長年に渡り神経ブロック療法を受けた人は、時間が掛かるけれども必ず良くなります。自分の仙骨を信じて頑張ってください」と優しく言ってくださいました。また、私の周りにはＭＲＴに通われていた方がたくさんいて、折に触れて様々な実体験を聞く機会がありました。<br />　<br />◆様々な症状のアプリカントの方々から、ＭＲＴで良くなったお話を実際にお聞きして、もう一度治良を続けることに</p>
<p>首のヘルニアで手術をするところをＭＲＴで完治した方、交通事故の後遺症で苦しむ毎日から良くなった方、正座ができない毎日から足の痛みが取れた方、精神的に落ち込む日々が一回の治良で変化があった方々からの体験をお聞きして、本はあまり読まない私でしたが、皆さんの体験をお聞きすることができたことで時間は掛かっても、もう一度きちんとＭＲＴを受けてみようと思い直し、昨年（二○○九年）五月一六日より、週一回のペースで通うようにしました。そうして五月二三日、治良再開二回目、通算二五回目の治良の後、どうしようもない頭痛が丸一日続いた後、その日を境に嘘のように頭痛のない元気な日があってビックリしました。<br />　<br />◆二四時間続いてきた頭痛が段々消えていっていることを感じるこの頃です</p>
<p>今まで、何年も朝起きたときから二四時間ずっと頭痛と付き合っていた私です。それが今では朝一番に、目が覚めたときに痛みがなく快く起き上がれる日々にただ感謝です。それでもたまに頭痛になることがあります。そんなとき、ＲＴの先生は、「頭痛が悪いのではないですよ。病院に行けば病気が悪いから薬を処方して症状を取り除こうとしますが、あなたのは日頃のオーバーワークが原因ですから、無理をせずゆっくり自分に向かい合ってください」と教えてくださいます。<br />ついつい元気な自分に戻れたことがうれしくて、あれもこれもと欲をかいて頑張り過ぎてしまいます。そんなとき、私の身体は正直に頑張ってやり過ぎていることを教えてくれているのだと思い直して、修正するようにと教えて頂きました。<br />　<br />◆義母が初回ＭＲＴの帰りに、杖をつかなくなりビックリ</p>
<p>あんなにひどい症状の私でも元気になれたのだからと同居の義母にも勧め、ＭＲＴに通い始めています。義母は、長年足が悪く、靭帯を何回も切っていて、初回は杖をついて通いましたが、帰りは杖をたたんで私と同じスピードで歩いて帰れるほどの変化があり、ＭＲＴ良法の凄さには本当にビックリしました。<br />その人、その人で治るスピードは違っても、ＭＲＴ治良は元気な頃の自分に戻れるよう、毎回仙骨に働き掛けることで、逆行はあっても少しずつ頭痛のなかった頃の自分に戻っていくことができます。<br />最近は、また新たにアレルギー症状が出たり、強い薬を飲み続けたことで胃潰瘍になったときの胃痛の逆行も出てきていますが、それでも一年前の五月を境として、朝起きたときに頭痛がないことに日々感謝して、教えて頂いたことを生活に生かしていこうと思っています。</p>
<p>本当にありがとうございました。<br /></p>]]>
        
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    <title>交通事故と骨粗鬆症で背骨がグニャリと歪んで真下しか見えなかった状態から、三ヵ月で背筋が伸びて視界が広がり、元気になると実感できるようになった - 体験談のご紹介</title>
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    <published>2010-07-22T09:09:34Z</published>
    <updated>2010-07-22T09:11:15Z</updated>

    <summary>◆交通事故で車にはね飛ばされ、フロントガラスが割れるほど肩を強打する 　私は長年...</summary>
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        <name>アイディデザイン</name>
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    <category term="コルセット" label="コルセット" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/experience/">
        <![CDATA[<p>◆交通事故で車にはね飛ばされ、フロントガラスが割れるほど肩を強打する</p>
<p>　私は長年、音楽の教師をしていましたが、定年後の二年間は、のんびりと海外旅行を楽しんだり、国内外を問わず好きなコンサートを聞きに、あちこち飛び回っていました。<br />そして、「よし、これからピアノを教えながら、好きな音楽を中心にした生活に入っていこう」と決心した矢先、横断歩道で車にはね飛ばされてしまいました。ボンネットに乗り上げた私は、フロントガラスに肩から激突し、その衝撃でフロントガラスがクモの巣のようにひびが入って割れてしまったほどでした。そして更に二メートルほど飛ばされ、道路に放り出されたのです。<br />救急車で病院に運び込まれ、レントゲンの結果、フロントガラスに強打した肩の骨はものの見事にグシャッと潰れたように折れ、頚骨は衝撃で側湾してしまっており、即入院となりました。<br />　それから二ヵ月後に退院しましたが、ピアニストにとっては致命傷ともいうべき左腕が上がらなくなり、ピアノを弾く際、左手で一番多く弾く基本の『Ｃ』のコードである「♪ド・ソ・ミ・ソ♪」が弾けなくなってしまったのです。<br />それでも私は音楽との関わりを諦めることはできず、好きなコンサートに行ったり、第九のコーラスに参加するなどして、好きな音楽と関わり続けていました。<br />　七〇歳のとき、中国（広州）旅行の帰りの飛行機の中でトイレの故障を見つけた私は、スチュワーデスにそのことを知らせました。どんなものかと気になって作業するスチュワーデスの様子を後ろから覗き込んでいたところ、そのスチュワーデスがふいに立ち上がったため、その瞬間、私は後ろに大きくのけぞってしまいました。そして、バランスを崩し背中から倒れ込んだところがちょうどカーテンで区切られたギャレー（台所）でしたので身体を支えることができず、そのまま思いきり引っくり返ってしまい、頭と腰をいやというほど打ちつけてしまいました。<br />　更に七一歳の夏、イタリア旅行に行った際には、大風邪をひいてしまいました。<br />日本に帰ってからは、とにかく早く風邪を治したい一心で、病院をいくつも変え、三日おきに違う薬を飲んでみましたが咳と喉の痛みは一向に良くならず、食事もまともに摂れないまま、寝たきりの状態が一ヵ月間続きました。<br />そのときに飲んだ薬の副作用でカルシウムがどんどん溶け出してしまったようで、七二歳のときに、医者から「骨粗鬆症」と診断されて「なんだか歩きにくいな」と思っていたら、みるみる間に腰が曲がっていきました。<br />　そんな状態でしたので、好きなコーラスでも、胸を張って立っていることが辛くなってきて、とうとう胸が詰まって発声ができなくなってしまいました。<br />実はこのコーラスの指導をしてくれていたのは私の元教え子で、とても厳しい指導をすることで有名な人だったのですが、さすがに私には厳しいことが言いにくいと察して、自ら辞めることを申し出ました。<br />　それでも、何とかして背骨が伸びて以前のような姿勢に戻りたいと思い、医者が薦めるままにコルセットを作ってもらいましたが、良くなるどころか作り直す度にどんどん悪化していきました。良い医者がいると聞いては藁をも掴む思いで訪ねることを繰り返し、医者に言われるまま三回もコルセットを作り直し、どんどん頑丈で大きなコルセットになって、着けると腰から胸辺りまでガッチリと固める状態で過ごしましたが、背骨はどんどん曲がっていきました。<br />そして七四歳のとき、歩行中に足が絡まって二回も転んでしまい、医者からは「痛いときは歩かないようにしなさい」と言われ、それからというものはほとんど歩かなくなってしまいました。<br />　以来七五歳までの三年間、寝ているとき以外、一日中コルセットを着けたままの生活を続けていました。<br />　そのような状態でも好きな音楽会だけは何とか参加し続け、東京や長野まで聴きに行っていました。<br />しかし、昨年末、大好きな指揮者が体調不良で指揮を降板されたとき、とうとう私も精も根も尽き果ててしまい、外出する気力もなくなり、「いったいこの先どうなってしまうのだろう」と不安な日々を送っていました。</p>
<p><br />◆元気な三人連れの観光客（霊止乃道参加者）に勧められＭＲＴに</p>
<p>　そんなある日、気分転換に出かけて行った道後のお煎餅屋さんで、東京から来たという三人連れの観光客に会い、その場で話が弾んで意気投合し、一緒に喫茶店で話を聞くことになりました。<br />　その三人は「明日、講演会（霊止乃道講話）があって、それを聴きに東京から来ているのよ。とにかくＭＲＴという治良法があるから行ってみなさい。私達も地元で通っているのよ」と熱心に薦めてくれました。私が「ＭＲＴって何？」「どんな治良法なの？」と聞いても三人は「ここでいろいろ説明してもわからないと思うから、とにかく気楽に行ってみなさい」と一点張りでしたが、余りに熱心に、しかもみんな満面の笑顔で薦めてくれましたので、それならとにかく行ってみようと思い立ち、二〇一〇年一月一五日にＭＲＴ愛媛を訪れたのです。</p>
<p><br />◆一回目の治良後、身体中がポカポカと温かくなった</p>
<p>　一回目の治良を受けるとき、ＲＴの先生から「コルセットを早く外せるようになるといいですね」と言われ、私は「何ということを言う先生だろう」ととても驚き、思わず「そんなことしたら、腰が痛くて一歩も歩けませんよ！」と言ってしまいました。<br />　大きく腰が曲がっているので治良台（ＭＲＴテーブル）に乗って上向きに寝ることさえ大変で、「あっ、痛っ、痛ったった！」を繰り返しながら、大きな枕を頭の下に置いてもらい、やっとのことで上向きの治良を受ける体勢になりました。<br />　コトッという音がしただけの一瞬の治良で痛みも全くありませんでしたが、治良後すぐに身体中がポカポカと温かくなり、何だか気持ちも良くなって、とにかく続けてみようと思いました。<br />ＲＴの先生に「歩けないのなら、家からＭＲＴオフィスまでそんなに遠くないのですから、毎日『センコツくん』に乗りに来なさい」と言って頂き、私も家にこもっているとますます気が滅入ってしまうと思い、毎日『センコツクくん』に乗りにＭＲＴオフィスまで通うことにしました。</p>
<p><br />◆『センコツくん』に乗ると背筋が伸びて視野が広がる</p>
<p>　二回目の治良後に『センコツくん』に乗ると、乗っている間は背中が痛いのですが、降りたときには少し背筋が伸びて前方が見えるようになっていました。それからは、定期的に週二回の治良を受け、毎日ＭＲＴオフィスに行っては『センコツくん』に乗るのが日課となり、そのうち腰の痛みがピタッと止まって歩くのが楽になり、思わず「やった！」と叫びたくなるほどうれしくなりました。<br />　しかし、一月二二日（四回目の治良後）、家で着替えているときに尻もちをつき仙骨をぶつけてしまいました。「病院に行ってレントゲンを撮ってもらおうか」とも思いましたが、結局、病院へは行かず、翌日、ＭＲＴに行って治良を受けたところ、痛みは半減し楽になったのでホッとしました。<br />　六回目の治良のときには、尻もちをついたときの腰の痛みはまだ残っていたものの、身体は少し軽くなっていました。特に『センコツくん』に乗った後は、背筋が伸びて視界が広がることを実感し、少し希望が湧いてきました。<br />　それでも、毎日毎日、背中のあっちこっちが痛くなったり、また、肩や腰まで痛くなったりするので、次々にその痛みが移動することが辛くて、ＲＴの先生に「この痛みはなんとかならないでしょうか？」と訴えたこともありましたが、ＲＴの先生より「症状が悪化するときの痛みは、同じところの痛みが段々増してくるのですが、治っていくときの痛みは必ず出たり引っ込んだりすること、痛い場所が移動することが特徴です。痛いのは辛いでしょうが、治すために出ている痛みですから心配いりませんよ。この痛みでどんどん修復作業をはかどらせていることがわかりますよ」と言って頂いた言葉に、「辛いけれども頑張るしかない」と自分に言い聞かせました。</p>
<p><br />◆背筋が伸びて相手の顔を見ながら話せるようになった</p>
<p>そして一〇回目の治良を受ける頃には、背筋が伸びて相手の顔を見ながら話せるようになっていました。<br />治良は週一回のペースになりましたが、『センコツくん』に乗ることだけは、毎日欠かさず続けました。<br />その後、段々元気になってきたことをいいことに、一気に家中、掃除機をかけてしまったところ、また背中が以前のように曲がってしまってビックリしましたが、ちゃんとＭＲＴ治良を受けて、毎日『センコツくん』に乗っていると背筋がまたスッとまっすぐになるのがわかり、今では症状に一喜一憂することなく安心していられるようになってきています。<br />そして、治良を受け始めてからちょうど三ヵ月が経つ頃、『センコツくん』に乗る私の後ろ姿を見た人が「背中がまっすぐになっている」とビックリして言ってくださったのです。<br />治良を受け始めた当初、「三ヵ月経ったら、必ず背筋が伸びてきて、元気になると自信がついてきますよ」とＲＴの先生から言われた言葉の通りになってきていることに、「私は本当に元気になるのだ」と確信が持てるようになってきました。<br />そして今では、寝るとき以外は片時も手放せなかったコルセットを着けなくても外出できるようにまでなりました。今はまだ外出の際には、いつでも着けられるようにコルセットを持ち歩いていますが、それもいずれ必要なくなる日が来るという自信もついてきています。<br />　人から見れば、背骨はまだ曲がっていると思いますが、以前は人と話すときも、真下しか見れなかった自分の視野が、最近では、相手の顔を見ながら話せるようになったことはとてもうれしいことです。<br />まだまだストレスがあったり、忙しくて無理をし過ぎたりすると背骨が曲がってしまうこともありますが、依然として肩、背中、腰の痛みがあっちこっちに移動し続けていますので、これからもっともっと良くなっていくと信じて、ＭＲＴを続けていきたいと思います。<br /></p>]]>
        
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    <title>長年の腰痛を切っ掛けに出会ったＭＲＴから腰痛・鼻中隔湾曲症から開放され、さらに一歩進んで霊止乃道を学ぶようになりました！ - 体験談のご紹介</title>
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    <published>2010-07-22T09:04:49Z</published>
    <updated>2010-07-22T09:07:57Z</updated>

    <summary>◆同じように練習していても気力、体力が出ないのは自分の体質と諦めていました 子供...</summary>
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        <name>アイディデザイン</name>
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        <![CDATA[<p>◆同じように練習していても気力、体力が出ないのは自分の体質と諦めていました</p>
<p>子供の頃から内向的で、中学、高校と運動部に所属していましたが、他の人と同じように練習していても、いまひとつ気力が湧いてこない状態でした。高校を卒業してすぐに旧国鉄に就職して、職場の野球部に入りましたが、身長は人より高いほうですが、やせていて、背骨も歪んでいることから体力、気力が伴わず、これも自分の体質なのかと、半ば諦めの気持ちがありました。しかし、身体を動かすことはとても好きなので野球はやめずに続けていました。<br />勤務先であるＫ駅は、大きな荷物が頻繁に出入りする駅でした。駅に集まってくる荷物の配送の業務に携わっていた私は、毎日荷物との格闘の日々をおくり、一つ一つの荷が大きいことと重たいのが特徴で、気を使うことも多く大変な作業でした。<br />長時間の立ち作業、階段の昇り降りが多いためにそれに加えて、私の勤務は徹夜がほとんどで肉体的にもきつく、ストレスでイライラが高じていつも胃腸の具合が悪く、胃痛と下痢で落ち込んでいたのです。</p>
<p>◆何カ所も治療院に通うが症状は改善せず</p>
<p>二九歳の頃に、仕事中三〇キロ前後の荷物を持ったときに生れて初めてギックリ腰になり、それ以来、腰痛との付き合いが始まりました。ギックリ腰になっても仕事で荷物の配送をしなければならず、痛いながらも腰をかばいながら我慢して働いておりました。仕事の合間に良い治療院があると噂を聞けば遠くまで通院し、世間では良いと言われている治療院を何カ所も転々としながら治療に通っていました。<br />そんな治療院めぐりを繰り返しているうちに、腰痛だけでなく頻繁に鼻が詰まるようにもなってきました。はっきりした鼻の不調の原因は思い当たりませんが、年齢とともに鼻の症状が強くなり、頭がボーッとするようになり鼻汁が喉に詰まるようになってしまいました。鼻と口腔が鼻血と鼻汁で、不快でいてもたってもいられない状態になってしまい、限界を感じ、三一歳のときに鼻中隔湾曲症の診断を受け鼻の手術をしました。術後しばらくは良い感じがしていたので、これで鼻の不快な症状とも決別できると思っていましたが、やはり鼻が詰まり出し症状は完全には治らず、優れない気持ちで日常を過ごしておりました。</p>
<p>◆限界を感じていた矢先に、「仙骨」の本が眼に入ってきました</p>
<p>体調が優れず気持ちも沈んでいたある日、本屋に立ち寄った際に内海康満先生のご著書『神秘の骨　仙骨に無痛ショックを与えると病気は消える』が眼に留まり、早速購入し夢中で一気に読み終えました。そしてこれは自分が求めていたものではないかと感じ、一九九二年七月にＭＲＴ恵比寿に予約を入れて治良を受けさせて頂きました。あっという間の治良でしたが、帰りの道すがら、仙骨の辺りにチクチクとした刺激を感じて、電車に乗ったときには、引き込まれるような深い眠りに陥ったことを、まるで昨日のことのように思い出します。時を経てもしっかりと覚えていますので、それだけ初回の治良で受けた身体の変化が強烈だったのです。そして、短期間のうちに腰の痛みが消えてしまい、歩く足どりが軽くなると、これだけでも精神的にずいぶんと楽になりました。手術しても完治しなかった鼻は、寝ていると鼻汁が喉に入り、息がしにくい状態だったのですが、治良を受ける度に鼻の通りが良くなるのを感じ、それ以来、一七年以上、今までＭＲＴ一筋で通っています。</p>
<p>◆ＭＲＴ治良を受けてからは身体が軽くなるだけでなく気持ちに余裕ができました</p>
<p>ＭＲＴ治良を受け始めて数カ月が経った頃には、仕事中に階段を昇り降りしていても、足がとても軽く動いていることを実感し、知らず知らずのうちに身体が大きく変化してきていることがわかりました。接客業務に携わっているときは、相手の気持ちをゆとりをもって聞いている自分がいました。相手を思いやる余裕が出てきて、イライラすることも少なくなって精神的にも変化が現れていました。<br />そうして、今までは胃痛や下痢の症状を抑えるために薬を常用していたのですが、自然に薬に手が伸びることもなくなり、以前のように症状にも囚われることがなくなり、気付くと症状が消えているという状態です。<br />現在も治良の帰りは足どりがとても軽く気持ちも充実していて、ＭＲＴに通っていて本当に良かったと、つくづく感じております。</p>
<p>◆妻の死から、見えない世界があるのを感じてきました</p>
<p>ＭＲＴを受け始めたのが一九九二年からで現在まで職場が転勤になり、それにともない三つのオフィスと治良先が変わりました。一九九六年には長年連れ添った妻が亡くなり、かなり気持ちが落ち込んでしまいました。　　　　<br />それまでも、神霊の世界に関心はあったのですが、妻の死を境に今まで以上にそのことが頭に浮かぶようになりました。しかしながら、なかなか行動に結び付かず、ＭＲＴオフィスでの中真感覚の学びや、御講話にも参加することもなく、ただひたすらにＭＲＴ治良だけを続け、月刊ＭＲＴや『霊止乃道』の御本を読むことで納得していました。そしてＭＲＴ大宮に通いだすようになってから、「中真感覚の学びに参加してみてはいかがですか」とのＲＴの先生の薦めもあり中真感覚の学びに参加するようになったことが切っ掛けとなり転機を迎えました。<br />中真感覚の学びに参加してみて、初めて身体で中真感覚を実感しました。そして参加するごとに、自分の中の感覚器官が鋭くなってくるのを感じました。また東京で行われておりました御講話にも参加させて頂くようになり、精神的に気付かせて頂ける世界が広がっております。<br />今までは他人を批判しても、自分に返して自分はどうであったか、振り返ることなどあまりなかったように思います。『霊止乃道』に参加するようになってからは、すぐに気付き自分に返して自分の内面を見るようになり、周りを冷静に見つめている自分がおります。常に中真、中真と日常でも自分の身に起きる現象の中真を意識するようになり、人間から霊止になることの大切さを強く意識するようになりました。<br />これからは、仙骨をはっきりと意識し自分の中真を信頼し益々理解を深めて坦々と霊止としての人生を歩んでいきたいと思っておりますので、これからもよろしくお願い申し上げます。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
    </content>
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    <title>メディア掲載情報 - TOPICS</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://mrt-jp.com/topics/media/06-000550.html" />
    <id>tag:gs827.ggsv.jp,2010:/~w827037/topics//2.550</id>

    <published>2010-07-06T03:52:51Z</published>
    <updated>2010-07-16T07:24:08Z</updated>

    <summary>MRTおよびMRT良法が雑誌や書籍・テレビで紹介された実績をご紹介します。   ...</summary>
    <author>
        <name>アイディデザイン</name>
        <uri>http://mrt-jp.com/profile1.html</uri>
    </author>
    
        <category term="メディア掲載情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/topics/">
        <![CDATA[<p>MRTおよびMRT良法が雑誌や書籍・テレビで紹介された実績をご紹介します。</p>
<div class="topics-mediaparagraph">
  <h5>TV</h5>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-tv03.jpg" alt="はなまるマーケット" width="300" height="156" /></dt>
    <dd>「はなまるマーケット」<br />
      TBS　 2000.07.18<br />
      <br />
      ゲストで出演した石原都知事がセンコツくんをご愛用になっているとお話になりました。</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-tv02.jpg" alt="愛川欽也のサンデーＰＭ" width="308" height="105" /></dt>
    <dd>「愛川欽也のサンデーＰＭ」<br />
      東京MXTV　1997.06.15 <br />
      <br />
      MRTテーブル、センコツくんを持ち込んでの撮影となりました。</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-tv01.jpg" alt="いきいき健康サロン" width="308" height="104" /></dt>
    <dd>「いきいき健康サロン」<br />
      テレビ大阪　 1997.03.24 <br />
      <br />
      渡嘉敷勝男さん司会の様々な療法を紹介する番組です。</dd>
  </dl>
  <div class="clear"></div>
</div>
<div class="topics-mediaparagraph">
  <h5>書籍</h5>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-book06.jpg" alt="脳を超えてハラで生きる" width="100" height="145" /></dt>
    <dd>村崎那男<br />
      『脳を超えてハラで生きる』<br />
      （発行：2002年6月10日）</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-book05.jpg" alt="サムライ 世界の常識を覆す日本人アスリートの身体感覚" width="100" height="145" /></dt>
    <dd>村崎那男<br />
      『サムライ 世界の常識を覆す日本人アスリートの身体感覚』<br />
      （発行：2002年6月10日）</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-book04.jpg" alt="女の肩こりが治る本！" width="100" height="143" /></dt>
    <dd>女の肩こりが治る本！<br />
      （発行：1995年5月）<br />
      <br />
      MRTとMRT恵比寿の紹介 </dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-book03.jpg" alt="ボディワーク・セラピー" width="100" height="140" /></dt>
    <dd>ボディワーク・セラピー<br />
      （発行：1992年8月）<br />
      <br />
      MRT治良についての解説</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-book02.jpg" alt="ボストンクラブ　no.9" width="100" height="151" /></dt>
    <dd>ボストンクラブ　no.9<br />
      （発行：1988年2月）<br />
      <br />
      MRT治良についての解説</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-book01.jpg" alt="ボストンクラブ　no.7" width="100" height="148" /></dt>
    <dd>ボストンクラブ　no.7<br />
      （発行：1987年10月）<br />
      <br />
      MRT治良についての解説</dd>
  </dl>
  <div class="clear"></div>
</div>
<div class="topics-mediaparagraph">
  <h5>雑誌</h5>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-magazine10.jpg" alt="エレホン" width="207" height="146" /></dt>
    <dd>エレホン<br />
      （発行：2003年4月15日）<br />
      <br />
      MRT良法の紹介</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-magazine09.jpg" alt="ラビエ　157号" width="207" height="119" /></dt>
    <dd>ラビエ　157号<br />
      （発行：1999年12月）<br />
      <br />
      MRT良法につていの解説</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-magazine08.jpg" alt="グラフ日本　第26巻9号" width="207" height="135" /></dt>
    <dd>グラフ日本　第26巻9号<br />
      （発行：1997年8月）<br />
      <br />
      MRT良法につていの対談</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-magazine07.jpg" alt="ホスピタウン　1997年8月号" width="207" height="138" /></dt>
    <dd>ホスピタウン　1997年8月号<br />
      （発行：1997年8月）<br />
      <br />
      生島ヒロシ氏による、<br />
      MRT良法についての体験レポート</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-magazine06.jpg" alt="コンパ　No.432" width="207" height="146" /></dt>
    <dd>コンパ　No.432<br />
      （発行：1995年9月 ）<br />
      <br />
      月のリズムとMRT良法についての解説</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-magazine05.jpg" alt="家庭画報　4月号" width="207" height="131" /></dt>
    <dd>家庭画報　4月号<br />
      （発行：1995年4月）<br />
      <br />
      月のリズムとMRT良法についての解説</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-magazine04.jpg" alt="パワースペース　1992年第6号" width="207" height="144" /></dt>
    <dd>パワースペース　1992年第6号<br />
      （発行：1992年8月）<br />
      <br />
      MRT良法につていの解説</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-magazine03.jpg" alt="アサヒ芸能　1989年5月18日号" width="100" height="101" /></dt>
    <dd>アサヒ芸能　1989年5月18日号<br />
      <br />
      輪島功一氏とMRT良法についての対談</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-magazine02.jpg" alt="月刊　剣道日本　1989年1月号" width="207" height="135" /></dt>
    <dd>月刊　剣道日本　1989年1月号<br />
      （発行：1989年1月）<br />
      <br />
      仙骨についての解説</dd>
  </dl>
  <dl>
    <dt><img src="/topics/media/images/media-magazine01.jpg" alt="トワイライトゾーン　11月号" width="207" height="147" /></dt>
    <dd>トワイライトゾーン　11月号<br />
      （発行：1985年11月）<br />
      <br />
      MRT良法についての体験レポート</dd>
  </dl>
</div>]]>
        
    </content>
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<entry>
    <title>一歩間違えば、命をなくしていた事故から生きようとしている自分を知る - 体験談のご紹介</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://mrt-jp.com/experience/../m/experience/post_445.php" />
    <id>tag:gs827.ggsv.jp,2010:/~w827037/experience//5.505</id>

    <published>2010-06-29T06:20:25Z</published>
    <updated>2010-07-22T07:52:19Z</updated>

    <summary>◆ＭＲＴの帰り、トンネル内での事故 　その出来事は、ＭＲＴを受け始めて、１年と５...</summary>
    <author>
        <name>アイディデザイン</name>
        <uri>http://mrt-jp.com/profile1.html</uri>
    </author>
    
        <category term="PC" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="mobile" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="交通事故" label="交通事故" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/experience/">
        <![CDATA[<p>◆ＭＲＴの帰り、トンネル内での事故</p>
<p>　その出来事は、ＭＲＴを受け始めて、１年と５ヶ月、４２回目のリーディングを受けての帰り道で起きました。毎回、私は富山から、名古屋まで車で片道６時間を掛けてＭＲＴを受けているのですが、その日、２００３年７月５日は、帰り道、東海北陸自動車道のサービスエリアで仮眠を取った所、二時間以上寝てしまい、インターを出て国道を１時間ほど走った午後７時ちょうど、岐阜県白川村地内の鳩ヶ谷トンネル走行中に反対車線から追い越しをかけようとした車が私の車線に出てきたのでした。至近距離であったため私が急ブレーキを掛けたところ、車がスリップして時計方向に回転して横向きになって止まり、そこへ、その反対車線から追い越しをかけようとした車が私の車の後部目掛けて衝突するとすぐに私の車から火が出たのです。私は何も持たずにすぐ車外に出て、両車線の後続車両を止めた後、相手車両から人が脱出してきたので安否を確認し、警察、消防に連絡をして、消火をしようと思いトンネル内の消火器を取り出してピンを抜いて車に向かいましたが、ガソリンタンクに火が回ったようで爆発が始まったので、あきらめて相手に逃げるよう促して私も逃げたのでした。まもなく消防車が到着し、消火活動に当たってくれましたが、私の車は全焼し、現場は約４時間に渡り通行止めになりました。相手は煙を吸っており高齢（８０歳）でもあったため救急車で病院に運ばれ入院。私は擦り傷、打ち身程度であったので現場検証等で午前０時近くまで現場に残ることになり、警察車両で富山に戻ったのは午前２時過ぎでした。その事故では、眼鏡が衝突のショックで飛び、また首から下げていた携帯電話も飛んで、本当に身体一つで逃げたため、財布、免許証、カード類等の所持品一切を焼失したのでした。</p>
<p>◆あと９年では、自分は変われないと思っていた</p>
<p>　事故当時に最初に思ったのは「仙骨はやる気だ」ということでした。他人事のようですが、自分自身は、フォトンベルトが到来する９年後までに仙骨のバイブレーションを高めることが間に合わせられなくて死ぬだろうと思っていました。事故の当日も、オフィスで、「３０年近くも掛けておかしくしてしまったのだから、９年では足りない」などと申し上げていたのでした。</p>
<p>　ＲＴの先生からは「何年かの分が短い期間でギュッと凝縮して逆行として出るから、３０年分は３０年掛かって出る訳ではありません」という内容のお話を伺っていましたが、まだ自分のこととして受け止めてはいませんでした。</p>
<p>　私は、２８歳のとき、会社の検診で糖尿病と診断されて以来、１０年の間「自分は、無理のきかない身体である」と思い込み、病気や将来の生活について、漠然とした不安を抱えながら生きてきました。ＭＲＴ治良も不定期にしか受けていなかったこともあり、１年以上受けていても、これと言って目立った逆行は出ていませんでした。</p>
<p>　しかし、１ヶ月くらい前からいろいろな逆行が出始め、眼窩が痛かったり、顎が痛くてご飯が食べられなかったりしました。でも、それが９年後に間に合うに足る現象だとは思えませんでした。</p>
<p>　しかし、事故後、自分次第では次の瞬間に今までできなかったことも、できるのではないかと、思えるようになったのでした。仙骨は「こんな恐ろしい手も使うが君が望むのであれば納期は君の要望どおりにするぞ」と言っているように思えてなりませんでした。</p>
<p>◆思い通りに事故は起きた？</p>
<p>　もう一つ思ったのは思念の現実化です。以前から車も眼鏡も携帯電話も新しいものにしたいと思っていました。事故により、確かに思っていたものは全て新しいものに変わりつつありますが、それはもしかしたら死と引き換えだったかも知れないのです。</p>
<p>　ＲＴの先生に、「良いも悪いも、想いは必ず現象化しますから、中真でないことを考えてはいけませんよ」と言われたことがありました。あさましいことですが「誰かがちょっと車をぶつけてくれないかな。そうすればタダで車が買えるな」と思った時期があります。確かにぶつけてくれたのですが、ちょっとでありませんでした。思った通り車が買えるだけのぶつけ方をされました。</p>
<p>　事故現場で思ったことはもう一つあります。「何もかも失ったけれど、それはあとで取替え、あるいは再発行が利くものばかり。取替えの利かない自分の身体は残った」ということでした。実際、事故で眼鏡が飛んで夜でもあり歩くのにさえ不自由しましたし、携帯が焼けてすぐに家族に連絡ができませんでした。現金、カード類は財布ごと焼けました。でもそれらは全て大切なものには違いありませんが、後で復旧ができるものばかりでした。ブレーキ操作を誤ってスリップしたと思いましたが、側面に衝突された形になったから打ち身程度で済んだのであって正面衝突していて、腕や足を失っていたら、あるいは車のハンドルなどで挟まれて脱出できなかったら、いくら医者に再発行をお願いしても無理であったなと思います。</p>
<p>　そして、警察の事情聴取の際にあれだけの事故でありながら双方に大したケガがなかったのは珍しいとも言われました。また、後続車両を止めて、すぐに通報したことも良かったそうです。あとは相手のおじいさんに声を掛けるだけでなく手を引いて一緒に逃げてくれていれば、完璧だったとは言われました。中真感覚を身に付けている先輩の方々なら事故そのものを起こされなかったでしょうが、以前の私でしたら、これだけのことさえできていたかどうかわかりません。とりあえず取替えの利かないものは残すことができました。</p>
<p>◆今後の自分の生き方</p>
<p>　ほしいと思ったものは、なるべく早めに買おうと思います。今まではお金があっても何となく我慢していました。それが今回の事故の一因であったとも思えます。眼鏡など普段の収入の範囲で買えたはずで、お金を惜しんで先延ばしにしていたためにこのような恐ろしい目に会ってでも仙骨が実現させてしまったのではないかと思うのです。車も保険で保障される金額よりいくらか持ち出しになっても自分がこれならと思う車を買おうと思っています。</p>
<p>　それまで自分は９年後に生き残れなくてもいいと思っていました。「じたばたするな、９年でそんなに変わるものではない」という内海先生のお話も、その通りだと思っていたはずでした。でも事故では、火が回ったとき、すぐに何も持たずに脱出しています。この事故から、本能的には、生きようとしているということを実感しました。もちろんＭＲＴは生き残るために行く所ではありませんし、英会話教室のように興味本位で行く所でもないと思います。やはり縁があって自分が自分で求めた所である以上、名古屋に行くのは、まだ少し怖いけれども行くしかないのだと思います。</p>
<p>　これは今回の事故と直接関係がないことですが、治良の前後にＲＴの先生に黙礼をします。そのとき、ＲＴの先生は必ずこちらをじっと見ておられる。「これは武道の試合などでする、それと同じではないか」、それに気付いて、自分も礼のとき、ＲＴの先生の目を見るようになったのは、五月ぐらいからであったような気がします。１年以上も気付かなかったのは本当に恥ずかしいことですが、逆行が出始めたのは、その後からだったように感じています。今はむしろ、テーブルでガチャンよりも、先生との黙礼のほうが大事なもののようにさえ思っています。身体を使うのは苦手ですが、中真感覚を磨いていくために、中真感覚の学びにももっと積極的に参加していきたいと思います。今後ともご指導のほど、よろしくお願い致します。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ＭＲＴの治良を通し、自分をうまく表現できるようになった - 体験談のご紹介</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://mrt-jp.com/experience/../m/experience/post_444.php" />
    <id>tag:gs827.ggsv.jp,2010:/~w827037/experience//5.504</id>

    <published>2010-06-29T06:19:34Z</published>
    <updated>2010-07-16T01:55:34Z</updated>

    <summary>　体調が悪いとき、寝ると良くなるかと思って寝てみるのですが、スッキリしないのです...</summary>
    <author>
        <name>アイディデザイン</name>
        <uri>http://mrt-jp.com/profile1.html</uri>
    </author>
    
        <category term="PC" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="mobile" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="体調維持" label="体調維持" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/experience/">
        <![CDATA[<p>　体調が悪いとき、寝ると良くなるかと思って寝てみるのですが、スッキリしないのですね。そんなとき、ＭＲＴに来て、カタンと治良してもらうと、スッと体調が良くなります。また、今までのマイナス思考が、途端にプラス思考に変わってしまうのです。</p>
<p>　そして、１日の仕事がはかどるのです。治良を受け始めて、まだ２～３年しか経っていないと思っていましたが、もう６年が過ぎ去りました。</p>
<p>　子供の頃から自分をうまく表現することができませんでしたが、今ではしっかり自分を表現できるようになっています。</p>
<p>　家族に色々な出来事が起こっても、「オッ、私に何を理解させようとしているのだろう」と思うと、何でも楽しくて仕方がない今日この頃です。</p>]]>
        
    </content>
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    <title>ギツクリ腰さえ治ればいいと思って来たＭＲＴで、仕事・日常生活にまで顕れた変化 - 体験談のご紹介</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://mrt-jp.com/experience/../m/experience/post_443.php" />
    <id>tag:gs827.ggsv.jp,2010:/~w827037/experience//5.503</id>

    <published>2010-06-29T06:13:13Z</published>
    <updated>2010-07-16T01:55:34Z</updated>

    <summary>◆ＭＲＴに通われるようになったキッカケは何ですか？ 　もともとは、腰痛でＭＲＴに...</summary>
    <author>
        <name>アイディデザイン</name>
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        <category term="PC" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="mobile" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="ギックリ腰" label="ギックリ腰" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="椎間板ヘルニア" label="椎間板ヘルニア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/experience/">
        <![CDATA[<p>◆ＭＲＴに通われるようになったキッカケは何ですか？</p>
<p>　もともとは、腰痛でＭＲＴに来ました。何度かギックリ腰になって、医者からは「椎間板ヘルニアのようになっている」と言われました。</p>
<p>　仕事柄、早出、残業も当たり前で、休日も少ないですから、やはり身体に無理をしてきたのだと思います。でもその分、収入は良かったのです。</p>
<p>　そうすると世間的には評価されるわけです。"あの人は根性がある"とか"働き者だ"とか思われますから。</p>
<p>　そうして無理を重ねてきて、１ヶ月に３回もギックリ腰になるようになった時点で、ようやく"これではダメだ"と痛感しました。それで以前から本を読んで知っていたＭＲＴに来るようになりました。</p>
<p>◆ギックリ腰に関しては、どのような変化がありましたか?</p>
<p>　ＭＲＴに通い初めの頃は、物足りなさを感じました。</p>
<p>　実際に、ＭＲＴに通うようになっても、ギックリ腰になったことが３回あります。海外旅行の途中の船の中と、ホテルのお風呂の中でギックリ腰になった時は、さすがに辛かったですね。それで"ＭＲＴもあまり効かないかなあ"とも思ったのですが、通っているうちに、だんだんギックリ腰になる回数が減ってきました。</p>
<p>　そして、ギックリ腰になりそうな時に、あらかじめ自分でわかるようになってきたのです。腰の辺りが少し張るような感覚があって、"ここで無理をしたら、またギックリ腰になってしまうな"ということがわかるのです。そんな時は、１週間ぐらい無理をしないでいると治ってしまうのです。</p>
<p>◆ギックリ腰という症状を通して、何か理解されたことはありますか？</p>
<p>　治良を続けながら、内海先生のお話をお聞きしたり、月刊ＭＲＴを読んでいると、"ああ、自分の身体には今、必要があってこの状態を作っているのだ"ということがわかるようになりました。自分が無理をしているから、"このままではダメになるよ"と痛みを作って知らせてくれていたわけだなあと思います。</p>
<p>　今は、"仙骨を調整して、無理さえしなけれなおば必ず消える"と思っていますから、本当に無理をしないで、身体の要求することに従うようにしています。</p>
<p>　自分にとって、ギックリ腰という現象は、世間の評価を上げる方向に自分を仕向けていったら不自由になるということを、身体が知らせてくれたのだと感じています。</p>
<p>◆お仕事の方で顕れた変化についてお聞かせ下さい。</p>
<p>　まず、世間の常識にとらわれなくなってきました。私は芝生の庭園管現の仕事をしているのですが、今年の夏の状態というのは、いわゆる異常気象でしたよね。雨が降らない、気温が高い、日照時問が長いということは、芝生にとっても、管理している我々にとっても非常に辛いものです。</p>
<p>　もともと、広い芝生の庭園を維持するには、サイパンや台湾のようにスコールがよくある所は楽なわけです。そういう所であれば、適当に草でもむしっていればいいわけです。</p>
<p>　ところが、日本ではスコールがありませんので、夏は長時間、炎天下にさらされて、カラカラになってしまいます。</p>
<p>　そんな時でも、一般的には朝と夕方だけ水を撒けぱいいということになっています。園芸関係の本などにも、昼間の暑い時間帯に水を撒くのは、お湯を撒いているようなもので良くないと書かれているのです。</p>
<p>　私もこれまでは"本当は昼間でも水を撒いた方がいいだろう"と思いながらも、常識にとらわれて朝と夕方だけ水を撒いてきました。</p>
<p>　しかし、植物の身になってみると、当然、カラカラに乾燥したら水が欲しいわけです。</p>
<p>　ですから、常識にとらわれないで、自分の感覚に従って、昼間に水をたくさん撒くようにしたところ、一気に水を吸って元気を取り戻してきたのです。</p>
<p>◆中心感覚を仕事に活かされる中での変化はありますか?</p>
<p>　芝生の上に立ってみると、感覚的に、その芝生が元気なのかどうかわかるようになってきました。元気な植物というのは、たくさんの水を吸収して、太陽の光を浴ぴて、光合成を活発にしています。</p>
<p>　ですから、自分が管理をしている家の芝生が、朝、水撒きが足りなかったら、あまり元気がなくなっていることを感じますので、その日は多めに水を撒くようにしています。</p>
<p>　また、中心感覚を意識して、仕事中に腰に負担を掛けないことも心掛けています。芝生というのは、芽が伸ぴてくると見た目には一定の長さに見えるのですが、地面の下がデコポコになっていたり、固さにも変化があって、足を着いてみないとわかりません。ですから、目で見て歩いていると、結構、フラついて腰を痛めることがあります。</p>
<p>　ですから、足が地面に着いた時の感覚でとらえていかないといけません。それを中心感覚で感じるように心掛けていると、かなり安定して歩けるようになってきました。</p>
<p>◆日常生活では何か変化がありましたか？</p>
<p>　毎年２回、船で旅行に行っているのですが、そこでもゼロというものを知って良かったことがあります。</p>
<p>　船の中に４日間いると、３日目ぐらいまではそれぞれが殻に閉じこもってしまって、表情も硬く、全然、楽しんでいないわけです。毎年、私と同じツアーに参加している人もいるのですが、みんな高いお金を払って、お互いにツンツンしているわけです。</p>
<p>　それでみんな、船から降りる時に「最初の３日間がもったいないことをした」と言っているのです。</p>
<p>　私はもう、澄ましていても楽しくないから、"ダンスが下手なのに上手なふりをしよう"とか"上品ぷっておこう"なんていうことを考えないようになりました。</p>
<p>　波長の合う人も合わない人もいますが、とにかく気軽に誰とでもあいさつを交わして、上品ぷらないで楽しく会話をすることができるようになりました。</p>
<p>　ダンスパーティーが好きで船の旅をするのですが、他の場所では全然ダンスをしませんから、上手ではありません。でも、下手な人は下手なりに踊ればいいのですね。</p>
<p>　そこでも、"自分は下手だから、ちょっとあの方とは踊れないなあ"と思って、踊りたい人が目の前にいるのにジーッと我慢している人がたくさんいます。これでは"何の為にシルク１００％のシャツを着てきたのだろう"という想いがずっと残ってノイローゼになってしまいますよ。（笑い）</p>
<p>◆他の部分での変化もあれば、お聞かせ下さい。</p>
<p>　以前から趣味で俳句の会に入っているのですが、そこでも感性が良くなってきたことを感じます。海を眺めても山を眺めても、自分の細胞が蘇るような気持ちになれるのです。例えば、グアムやサイパンに旅行に行った時、以前でしたら"ああ、こんなものか"だけで終わっていたのですが、今は"この海の青さは何て素晴らしいのだろう"とか"このハイビスカスの燃えるような真っ赤な花と、濃い緑の葉がとても美しい。そこに価値があるのだ"と深く感じるようになりました。ただ遊びに行って終わるのではなく、その場に自分の細胞が浸って喜ぴを感じることが好きになりました。</p>
<p>　また、俳句では、他人の作品でも良いものがあればすぐに吸収できるし、また手放すことも簡単にできるようになりました。</p>
<p>　地位でも名誉でも、それを掴んでしまうと手放せなくて不自由なだけですよね。何かを手放せなくなって固くなってしまうと、お酒も食事もおいしくないですからね。（笑い）今の自分は、稼ぎはたいしたことはなくても、どうにか食ぺていけて、自分の好きな船の旅もできて、そこで出会った見ず知らずの人々とダンスを楽しんだりもできます。</p>
<p>　ＭＲＴに通い始めて２年になるのですが、そういうこともこだわりなくできるようになって、細胞が快適で喜んでいる感じがします。</p>
<p>　月刊ＭＲＴは毎月読んでいても、内容はすぐに忘れてしまうのですが、段々、言葉ではないところで理解したものが、細胞に染み込んできた感じがします。</p>
<p>　最初は、ギックリ腰にさえならなければ、これに越したことはないと思っていましたが、今はゼロというものを知って、どこへ行っても、それぞれの場所に合った楽しみ方ができるようになりました。これもゼロというものを知ったおかげだと感じています。</p>
<p>◆最後になりますが、今後もＭＲＴを続けていかれる上で、何か目指しているものがありましたらお聞かせ下さい。</p>
<p>　今、一つの目標があります。小さなクルーザーを持っているのですが、ここ３～４年、丘の上に放りっぱなしにしてあるのです。腰痛で、揺れる船の上でイカリを手繰ることができなくなったからです。</p>
<p>　ですから、ずっと乗っていないのですが、このまま調子が良くなっていけば、数年後にはもう一度、イカリを手繰れるようになるだろうと思っています。年齢的には、その頃はもう定年になりますが、もう一度クルーザーを海に浮かぺて、伊豆の海を突っ走りたいですね。</p>
<p>◆ありがとうございました。</p>]]>
        
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    <title>自分自身不在を気付かせる為に不倫は引き起こされた - 体験談のご紹介</title>
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    <published>2010-06-29T06:10:27Z</published>
    <updated>2010-07-16T01:55:34Z</updated>

    <summary>◆夫の不倫発覚後、体調を崩していった 　２度目の外泊で、不吉な予感は的中し、夫の...</summary>
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        <name>アイディデザイン</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/experience/">
        <![CDATA[<p>◆夫の不倫発覚後、体調を崩していった</p>
<p>　２度目の外泊で、不吉な予感は的中し、夫の不愉は発覚しました。この日を境に、平穏だった家庭は修羅場と化し、地獄そのものでした。</p>
<p>　結婚２０年目の出来事です。真面目だった夫を信頼しきっていた私にとっては、まさに、晴天の霹靂（へきれき）でした。</p>
<p>　不倫は周りの人々をも巻き込み、個々の人間模様は本性を現し、その一つは無言電話という形で現れました。無言電話は週４～５回、番号を替えるまで１年半位続き、夫の後ろにちらつく女性の影が完全に消えるまでには２年近くかかりました。</p>
<p>　また、私の身体は不倫発覚後、３ヶ月を過ぎた頃から、鼻炎、歯槽膿漏、椅子に腰掛けられないほどの腰痛と、状態が悪くなっていきました。</p>
<p>◆ＭＲＴに出会い意識が変わる</p>
<p>　そんな私が８年前、夫への怒り、恨み、不信、健康への不安、死への憧れを持ち合わせ、巡り巡ってＭＲＴに出会いました。</p>
<p>　５回目のリーディングの翌朝のことです。毎日歩いている公園は、真冬だというのに春の日のようで、景色はとても明るく、まるで後光が差しているようでした。私は、ベンチ、木、雑草、目に映る全てのものに「おはよう」と声をかけたくなるようなウキウキした気分で、世の中の全てのものを、慈しむ気持ちになりました。</p>
<p>　「生きていることは、すばらしい」、心から本当にそう思える初めての経験は、『すごい』の一言につきました。</p>
<p>　人を信じられず、生きる希望もなく「死ねたらいいな」とさえ思っていた私に、ＭＲＴは生きる勇気を与えてくれました。こうして精神的苦痛は消えていったのです。</p>
<p>　また、肉体的には鼻炎、歯槽腹漏、腰痛、冷え性、等々全て消えてしまい、体力もついてきて顔も明るくなり、ＭＲＴに出会ったことを本当に喜んでいます。</p>
<p>　まだ不自由を感じているところもありますが、中心感覚に全てをゆだねて、あるがままにしています。</p>
<p>　「病気」という概念は、今では全くありません。</p>
<p>◆自分を中心にした生活を送る</p>
<p>　それまでの私は全ては不倫をした夫が悪いと思っていましたし、事あるごとに不満な気持ちを持ちながらも、最終的には我慢することが多く、正しい問題解決をしてきませんでした。</p>
<p>　不満は心の疲労を蓄積し、また、内なる細胞の声も抹殺し、自分をないがしろにして、より中心を外していったのでした。</p>
<p>　ＭＲＴを受け始めてからは、夫だけではなく、全てが２人の問題であったことに気付いてきました。</p>
<p>　そして、今では私も変わり、我慢することなく不満があれぱ自然にそれを口にし、諦めることなく良い方向に解決できています。</p>
<p>　また、相手の内面まで良く見えるようになり、相手の気持ちになって接することができ、優しさが増しました。</p>
<p>　人間的にひとまわりもふたまわりも成長し、中心に向かっていく自分を自覚しています。</p>
<p>　「自分自身不在」を気付かせる為に、２０年間の結婚生活で、歪んだ中心を軌道修正する為に、不倫は引き起こされたのだと思います。全て必要があって起きたことでした。</p>
<p>　私には不本意な事件でしたが、ＭＲＴに出会うきっかけを作ってくれた夫に、今では感謝しています。</p>
<p>　「いつか仕返しを」と考えていた愚かだった私は全て消え、夫とも以前のような表面だけ平穏な関係ではなく、真におなかの中をさらけだせるより良い関係になって、穏やかな家庭にもどり、坦々とした日々を過ごしています。</p>
<p>　自分自身を中心にすることで、楽で快適な人生に導いてくれるＭＲＴを一生の友としてこれからも暑を目指していきたいと思います。</p>]]>
        
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    <title>がんになったことにより、色々と自分自身を見直す機会が増えた - 体験談のご紹介</title>
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    <published>2010-06-29T06:08:44Z</published>
    <updated>2010-07-16T01:55:34Z</updated>

    <summary>◆概要 　生活状況は、がん研病院で看護婦をし、８歳になる長男と暮らす。現在独身。...</summary>
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        <name>アイディデザイン</name>
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    <category term="子宮頸部癌" label="子宮頸部癌" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/experience/">
        <![CDATA[<p>◆概要</p>
<p>　生活状況は、がん研病院で看護婦をし、８歳になる長男と暮らす。現在独身。</p>
<p>◆診断名［子宮頸部がん］</p>
<p>　不正出血により血液検査を受け、がんと診断される。「生検をして百パーセントがんと出れぱ、手術を受けるように」と言われる。</p>
<p>◆本人の意向</p>
<p>　手術は受けたくなく、病院以外のところで治したい。</p>
<p>◆ＭＲＴ初回時の状態</p>
<p>　がん判明にかなりの精神的シヨックを受け、かなりの疲労感。がんによる痛みはないが、精神的に不安定で、疲れ切った状態。</p>
<p>◆ＭＲＴを受ける目的</p>
<p>　がん治療を薦められるが、ＭＲＴを受けられている方の紹介で、自分自身の身体で治すことを決意して来訪。</p>
<p>◆変化状況</p>
<p>・初回治良後、ぐっすり眠れた。疲労感が増した。身体が重くなった。自分自身を追い詰めているという話をして、泣かれる。</p>
<p>・５回目より、身体が軽くなり、立っているのが楽になる。症状が出たり消えたりする。痛みが増す。精神的に落ち着き、病気や症状が気にならなくなった。明るい気持ちになり、対人関係が良くなった。仙骨の大切さがわかってきた。</p>
<p>・１０回目より、痛みが減ってきた。脱力感強く、非常に眠く、動きたくなくなる。</p>
<p>　現在、検査はしていない状態なので、がんがなくなっているかどうかはわからないが、がんになったことにより、色々と自分自身を見直す機会が増え、症状が気にならなくなった。</p>]]>
        
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    <title>２日ほど前から耳が痛くてちょっと腫れた状態なのですが... - 体験談のご紹介</title>
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    <published>2010-06-29T06:04:40Z</published>
    <updated>2010-07-16T01:55:34Z</updated>

    <summary>ＲＴの先生：　最近、調子はどうですか？ アプリカント：　２日程前から耳が痛くて、...</summary>
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        <name>アイディデザイン</name>
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    <category term="顎関節症" label="顎関節症" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
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        <![CDATA[<p>ＲＴの先生：<br />　最近、調子はどうですか？</p>
<p>アプリカント：<br />　２日程前から耳が痛くて、ちょっと腫れた状態なのです。</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　それは今まで、顎関節がずれていたのです。顎関節がずれると、側頭骨もずれるのです。だから耳が腫れて痛むのです。</p>
<p>　例えば、頭をゴンと打ったとします。すると頭蓋骨は１５種２３個と言われるように、小さな骨がたくさん組み合わさってできていますから、真ん中にある蝶形骨を通して顎関節と側頭骨もずれるのです。これまで顎関節がずれた状態でずーっときていたわけです。</p>
<p>　実は顎がずれると、精神的にも不安定になるのです。それがＭＲＴを受けて元に戻って来ているから、精神的なものも変化してきます。非常に顎関節というのは大事な要素を持っているのです。</p>
<p>アプリカント：<br />　最近、寝るのに時間がかかるのです。昨日も午前３時頃までよく眠れなくて、もう嫌になってしまいます。</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　そんなのは、心配しないで起きていればいいのですよ。</p>
<p>アブリカント：<br />　そうですか。何日か続いているのですけど...</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　そのわりには元気そうな顔をしていますよ。逆行しているのです。西洋医学的な考えで、寝なくてはいけないとばかり思ってしまうわけですが、寝なくてはいけない時があるということは、起きてなくてはいけない時もあるわけです。</p>
<p>　もう寝てばかりいてごらんなさい。寝たきりになってしまいますよ。起きていてバランスを取ることが必要な時もあるのです。</p>
<p>アプリカント：<br />　それが必要ならばですか？</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　そうですよ。ご飯でも一緒で、食ぺたくないのに食べることはないし、食事の時間ではないのに食べたいのであれば、その時に食べれぱいいのです。</p>
<p>　それが、こと睡眠となると、何かおかしいなという感じになってしまうだけなのです。</p>
<p>アプリカント：<br />　それでは、そんなことに囚われない方がいいということでしょうか？</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　そうです。実際にすごく若返って、顔色もよいし、以前より元気そうになっていますよ。本当に全く寝ないでいるなら、顔にクマができてしまいますから。</p>
<p>　今は身体の中のバランスをどんどん変えているところです。</p>
<p>アプリカント：<br />　これを抜けるとずっと状態がよくなって行くような感じがするのです。</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　そうですね。それは感じではなくて、本当にわかるのです。細胞が活動を始めると、自分の身体のことだからわかるようになっているのです。それが中心感覚なのです。そんなことは、人に聞く必要はないのです。</p>
<p>　人から「良くなりますよ」と言われても、まさかと思いますよ。でも自分のことはわかるようになっているのです。もう全部、あなたの身体のことは自分がわかているのです。</p>
<p>アブリカント：<br />　ただ、痛風がなんかややこしいのですが...</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　それは、今はまだ治らなくてもいいのです。</p>
<p>アプリカント：<br />　医者は薬を出すのですけど、胃の調子が悪くて...</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　医者から何か言われて困るなら、初めから「私はこれでいいのです」と言っておいたらいいのですよ。それが言えれぱ、無理やり飲ませるようなことはしないですよ。</p>
<p>アプリカント：<br />　それと、あと１週間ぐらいで仕事の内容が変わるのですよ。</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　同じ社内で変わるのですか？</p>
<p>アプリカント：<br />　いえ、完全に違う仕事です。自分でも不思議なのですが、全然関係がなかったような仕事がいきなり巡ってきたのです。</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　そういう展開になってきたのですね。それは、ご自分がやりたかった仕事なのですか？</p>
<p>アプリカント：<br />　はいそうなのです。ずっと望んでいた仕事なのですよ。</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　ちゃんと自分の中心が定まってきたから、仕事の方から回って来るようになったのです。</p>
<p>　これは、自分から探して走り回ったらいけないのです。まず自分がちゃんと準備をしなけれぱいけないのです。順番が逆なのです。「私はプールに行きたい。水泳を習いたいんですけど」と言っても、服を着たままではダメですね。ちゃんと水着を着て、スキューパダイビングをしたいのであれぱ、ちゃんと装置を着けてからでなければ行けません。それと同じです。</p>
<p>アプリカント：<br />　私は別に、その仕事を探していたわけではないのです。</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　今までは準備できていなかったから仕事も来なかったのです。それが、知らないうちに整ってきたわけです。ちゃんと自分が中心になって、肉体的にも本来の姿に戻ってきたわけです。</p>
<p>　準備ができたら向こうから来るのです。世間の人は、その順番を間違えて、自分で準備ができていないのに、捜し回って外に中心を求めてしまうのです。ＭＲＴで仙骨を調整していくと、自分でも知らないうちに、段々準備が整ってくるのです。でもそれはあなた自身が理解しようとしていたからであって、実際あなたのようにＭＲＴを受けて仕事が変わる人はたくさんありますよ。</p>
<p>アプリカント：<br />　自分ではその仕事はやりたかったのですが、本当にやることになるとは思わなかったのです。どういうふうに仕事をしていけばいいのか、わからなかったのです。</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　それはわからないのではなく、自分の中で準備ができていなかったのです。精神的なものも含めて、言いたいのに言えないようなこともあったでしょうし、しんどいと思いつつしていたところもあったでしょう。</p>
<p>アプリカント：<br />　でも、この年になって変わるのも実際にしんどいですよね。</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　それが既成概念なのです。ケンタッキーフライドチキンのお爺さんなんか、ずっと失敗ばかりしていて、７０才を過ぎてからあれだけ成功したのですね。だから、自分はもう年だからと考えてしまうことが一つの既成概念だということもいえるわけです。</p>
<p>　人間が持っている種にも、色々な種があるのです。３日で花咲く種もあれば、いちょうの木なんか何十年もかかるのですから。</p>
<p>アプリカント：<br />　ただ、いつも自分を中心にもってきていれぱいいのですね。</p>
<p>ＲＴの先生：<br />　そうです。自分が準備をしたら、仕事でも他のことでも必要なものは向こうから来るのです。</p>
<p>　ですから、あなたが知らないうちに自分を中心にしてきたから、その仕事が回ってきたわけです。自分が周りを展開させるのですから、自信を持って新しい仕事に臨んで下さい。</p>
<p>アプリカント：<br />　ありがとうございました。</p>]]>
        
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    <title>ＭＲＴで、痛風にも変化がはっきりと見られた - 体験談のご紹介</title>
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    <id>tag:gs827.ggsv.jp,2010:/~w827037/experience//5.499</id>

    <published>2010-06-29T06:03:29Z</published>
    <updated>2010-07-16T01:55:34Z</updated>

    <summary>◆駅のキヨスクで何げなく見つけた内海先生の本 　内海先生の『仙骨に無痛ショックを...</summary>
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        <name>アイディデザイン</name>
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    <category term="痛風" label="痛風" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://mrt-jp.com/experience/">
        <![CDATA[<p>◆駅のキヨスクで何げなく見つけた内海先生の本</p>
<p>　内海先生の『仙骨に無痛ショックを与えると病気は消える』を何げなく駅のキョスクで見つけ、買って読んだのがＭＲＴを知ったキッカケでした。そして、いつかＭＲＴに行くこともあるかなと思っていました。</p>
<p>　ところが昨年の夏、喫茶店に行った時に立ち上がろうとしたら、腰がどうも伸びず、立ち辛くなってしまいました。そこで、これはＭＲＴに行ってみようと決心して駆けつけたわけでした。</p>
<p>　実際に来てみて、説明のピデオ・アンケート・リーディングと進むうちに、これはきっとよいだろうなと直感しました。</p>
<p>　その場で、内海先生の他の３冊の本も求めたのですが、神秘的でありながら、とても合理的で、『病気が消える』というのは深い意味合いがあると感じながら通いはじめました。</p>
<p>◆初めてＭＲＴを受けた２日後、逆行で半絶食状態に</p>
<p>　私は、もともと痛風で尿酸値が高いのと、心臓も一昨年、狭心症の症状が出るような状態で、また血圧も高くなっていた。内科医の治療、検査を継続しストレスを波らせとも言われていました。</p>
<p>　特に痛風は持病で、３０数年来の病歴があって治療といえば尿酸抑制剤の服用でそれも限界で、特に酒を飲むとてきめんに症状が出やすく数値も高めでした。</p>
<p>　ＭＲＴを初めて受けた２日後、発熱し食欲がなくなりました。しかし、日常生活を行う上では支障なく、何となく半絶食状態になりました。しかし３日後には元に戻りました。本に書かれてある逆行らしく、不快感も不安感もなかったのが、我ながら不思議でした。それからはＭＲＴに通う前よりもずっと身体が軽く感じられるようになり、気分が爽快になり、そのうち心臓と痛風の薬は止めることにしました。</p>
<p>　それは、ＭＲＴの説くところにはいろいろな面で共感を覚えたからです。必ずよくなると思いながらコンスタントに通うことになりました。</p>
<p>◆通風が気にならなくなり、また決断力もついた</p>
<p>　振り返ってみると、痛風については効果がはっきりとみられます。以前は、症状がひどくなると右足に激痛が起こり、歩けなくなり、会社にも行けなくなるほどでした。かつて最悪の時は松葉杖も必要なことがありました。</p>
<p>　それがＭＲＴを受け始めてからは、酒を飲み痛風の予兆が出ても、また症状が現れてもそれ以上に悪くなることはなくなりました。右足が腫れることはあったのですが、靴を履くと少し違和感がある程度で、発熱したり歩けなくなるようなことはなくなっています。</p>
<p>　そして、その状態もすぐに消えて元に戻るようになりました。また今は、息切れすることもなくなりました。</p>
<p>　自然と歩こうという気持ちが強くなり、最近は毎朝、散歩をするようになりました。新しい発見があり面白く感じています。最初の頃は散歩をするのも楽ではなかったのですが、今は身体の動きがずいぶんと敏捷になり、以前のように出合い頭に人や自転車に当たりそうになっても、たたらを踏むこともなくなり、サッサと対応できるようになり、歩くことそのものも楽しくなりました。</p>
<p>　これらは体験しないとわからないと思いますが、ＭＲＴを受け始めてから考えずに行動できるようになりつつあり、嬉しい変化だと思っています。今では、痛風や心臓の具合も、高血圧については必要以上に気にすることなく快適に毎日を過ごせています。</p>
<p>　また、仙骨の働きがよくなったことによるせいか、決断も速くなり、楽観的になりました。自分の周辺の状況もよくなってきたようです。また、自分の考えを明確にすることの大切さを感じるようになりました。</p>
<p>　今後もＭＲＴを続けて行きたいと思います。</p>]]>
        
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